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眠れば眠るほど強くなる、肥満少年の英雄譚  作者: コヨコヨ


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許嫁

 ヴィミは女のため、オリオンと一緒に風呂場に入るわけにはいかなかった。

 主がうまく着脱出来るか心配しながらも彼の部屋にお湯が入った桶を持ってくる。

 布を湿らせ、体を拭く生活が続いた。

 屋敷にいた時は主の体を洗う役目を担い、使用後にお湯に浸かるのが許されていた。

 ゴミに近い扱いを受ける場合が多いバーラト王国の奴隷にとっては身に余る好待遇。

 今ですらお湯が使えているだけで他の奴隷と比較しても好待遇なのは変わらない。

 バーラト王国にいた時よりも明らかにいい暮らしだ。

 主の痴漢さえ我慢すれば普通に暮らすより質が高い生活が送れるのだから、文句一つ言わない。

 体を拭き終えた後、明日、オリオンが使う制服を衣装棚から取り出す。

 もちろんオーダーメイド。ブクブク太っている豚が着ても破れないくらい大きい。

 皴や埃がないか最終確認。


「私、オリオン様に捨てられたら、どうなっちゃうんだろう……。まあ、生きづらい生活になるのは目に見えているか」


 ヴィミはオリオンの制服を衣装棚に戻し、彼が戻ってくるまで部屋を掃除して待つ。

 メイドが主より先に眠るわけにはいかないのだ。


「ぐぬぬー、腹がつっかえて靴下に手が届かん」

「リオン、足をこっちに向けて」

「いつもすまん」

「気にしないで。どんな時も助け合っていかないとね」


 彼女が心配した通り、オリオンは自分で靴下が脱げず、いつもライアンに脱がしてもらっていた。

 周りの貴族たちは、彼が公爵家だと理解している中、ライアンは未だに同じ階級の貴族だと思っている。

 そのせいか、誰よりもオリオンと距離が近く、仲を深めた。


 ――ライアがいなかったら、自分で服も脱げなかった。友に感謝だな。


 すでに貴族の階級を取っ払って親友と言っても過言ではない。


 ☆☆☆☆


 九月一日、ドラグフィード学園の入学式が執り行われる。

 広い聖堂の中に集められた新入生の数は八〇〇人近く。

 数が多いため、卒業まで知り合うことなく終わる者も少なくない。

 だが、その中でもひときわ横に大きく、誰よりも目立っている、いや、浮いている男がいた。


「むふふ、むふふふふっ、実に良い、実に良いぞっ」


 オリオンは二週間ぶりにヴィミや食堂のおばちゃん以外の女を見て、鼻息を荒らげる。

 ヴィミは寮で待機しているため、今の彼を止められる者は一人しかいない。


「リオン、場をわきまえなさい。貴族としての礼儀がなっておりませんわ」


 純金を糸状に伸ばしたのかと思うほど綺麗な金髪の少女が、ドラグフィード学園の一年生を表すリボンをつけた制服を身に着け、オリオンの前に現れた。

 女神、精霊、聖女を思わせるほど整った顔立ちは、多くの男の視線を釘付けにした。

 全身から光の粒が溢れるような雰囲気がある。

 身長はオリオンとほぼ同じ。同年代の女子と比べれば大きい方。

 ただ身長と成長が比例しない慎ましい胸は、愛らしいの一言だった。


「おおっ、愛しのアルティっ、会いたかったよ~」


 オリオンは両手を持ち上げる。そのままルークス帝国第三王女のアルティミス・エリザベス・ルークスに抱き着きにかかる。

 三カ月の間、一度もお茶会に呼ばれることはなく、ドンロンスクールの卒業式以来の再会。

 彼女が周りからはるかに格下に見られているオリオンの許嫁である。


「その名は本当に親しい者にしか呼んでほしくありませんわ」


 アルティミスはオリオンの抱き着きを、異国の闘牛士のように華麗に躱した。

 その先に橙色髪の少年が立っており、視線が合う。


「アルティミス様、お初にお目にかかります、ライアン・パワー・ハートフルと申します」


 ライアンは片膝を床につけ、アルティミスの手を取る。

 甲にキスするふりを見せ、紳士的に挨拶を決める。オリオンの肉弾攻撃とは真反対だった。


「橙色の髪に、太陽のような瞳、鍛え抜かれた体。そう、あなたがライアン様なのですね。辺境に現れた勇者様と言うのは」

「いえいえ、僕は勇者なんて呼ばれるほどの者ではありません。ですが何かあれば、命に代えても姫を守る一人の騎士となりましょう。では、のちほど」


 ライアンは軽く頭を下げる。アルティミスから素早く距離を取った。

 これ以上、彼女と拘われば他の貴族から疎まれると察し、手短に挨拶を終わらせた。

 だが、その利口で紳士的な態度はアルティミスに好印象を持たせるには十分だった。


「リオン。ライアン様を見習いなさい。そうすれば、もう少し真面になれるでしょう」


 アルティミスはオリオンの抱き着きを躱す際に乱れた自慢の長い金髪を手で払う。

 それだけで髪は綺麗にまとまった。

 当たり前のように最前列に座る。

 周りから見ればオリオンに大変冷たい態度をとっているように見えるが、


(も、もう、リオンのバカバカ。こんなところで抱き着こうとしてくるなんて。そうなったら、また豚公爵に抱き着かれて大変でしたね姫様なんて言ってくるバカ共を相手しないといけなくなるんですのよ。ほんと、リオンの良さをわかっていない女たちですわ。でも、三カ月前より健康そうで何より。お茶したかったけれど、あなたといると美味しそうにお菓子を食べるからわたくしもついつい食べ過ぎてしまうのよ)と長い独り言を心の中で呟くほどオリオンにべた惚れである。


「アルティミス。はぅ……、その厳しい所が実に良いっ」


 大好きな許嫁にあしらわれ、アルティミスの気品を再確認できた。

 だが、どうせなら、もっと優しくしてくれてもいいんだよと思い、入学早々気分が落ち込む。

 オリオンはすねた豚のように縮こまった。

 そんな時、背後からライアンに肩を叩かれる。


「リオン、相手はお姫様だよ。もっと、丁寧に接さないと」

「そうだなぁ、俺様、友達感覚で話しかけちゃった……」

「まあ、姫様も寛大な方だと思うから、気にせずに行こう」


 聖堂に並べられた長椅子に各自座るわけだが、前に行くほど高貴な者たちが座っている。

 本来なら、オリオンも最前列に座るところだが、アルティミスに軽くあしらわれたダメージが大きく、座る席などどうでもよくなっていた。

 結局、ライアンの隣に座る。そのせいで周りの者たちから引かれた。

 誰もオリオンの行動が理解できない。

 だからといって「前に行け」と言える立場でもなく、冷や汗をかいた状態で入学式を受ける羽目になった。

 中には、公爵が息を吹けば飛んで消えてしまいそうな貴族の出の者もいる。そのため、気が気ではない。

 実際、ライアンの家くらいならば、小指で潰せる。

 そんな男を隣に居座らせ、微笑みかけている男も周りから引かれた。

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