聖典式の夜
「あ、アルティミス、すまなかった。えっと今日は色々あってだな。聖典式パーティーは中止になったから、これだけでも渡したくて……」
アルティミスは黄色の瞳をウルウルと潤わせる。シーツで体を隠した。起き上ったオリオンに警戒する。自分を助けたのが、オリオンだと一切思っていない。
酷い目に合っていたのに許婚は何も知らず今更やって来て、自分の肌着を見て、鼻血を噴いて倒れた男という認識だ。
だが、彼が巻き込まれなくてよかったとも思っている。
「こ、これ、よかったら使ってくれ。俺様が倒した魔物から取れた魔石で作った品だ」
オリオンは紫色の袋をアルティミスにそっと手渡す。
彼女は一応受け取った。袋から綺麗な櫛を手に取る。上質な品で、不機嫌な表情が和らぎ、顔がほころぶ。
――すごく小さな魔石。リオンは相当弱い魔物しか倒せなかったのね。でも、運動を始めたばかりのリオンが私のために魔物と戦ってまでこの品を作ってくれたなんて。あぁ、私は何て幸せ者なのかしら。部屋は寒いはずなのに、体がすっごく熱い……。
アルティミスはオリオンから受け取った櫛を両手で包むようにして胸に当てる。あまりに胸が一杯になり言葉が出てこなかった。
オリオンからしてみれば、しんしんと降る雪のように冷たい時間が流れた。
アルティミスがあまりに無反応なため、気に入ってもらえなかったのかと思ってしまった。
やはり、魔石が小さかったのか、センスが悪かったのかと、自問自答していく。
「アルティミス様の診察がありますので、オリオン様はご退席ください」
頬に湿布を張っているメイドが、オリオンの肩に手を置く。出口の方に向かせた。
オリオンは、医務室を出ようとする。その前に、アルティミスに一言伝えておこうと思った。
「アルティミス、俺様は君にふさわしい男になる。もっと偉業を成し遂げて、誰もが認めるカッコいい男になって見せる。今は不甲斐ない男かもしれないが君を愛する気持ちは今も昔も変わらない。大好きだ!」
オリオンは彼女に危害を加えてしまって申し訳ない気持ちで一杯だった。自分がもっと賢くて強ければ彼女に危害が加わる前に守れたのにと思わずにいられない。
さらに成長するんだと自分を戒めるつもりで宣言した。
「…………ぼふっ」
アルティミスはオリオンに愛を唱えられ、興奮の影響で血圧が上昇した。脳が限界に達する。またもや意識を失った。今度は迫りくる恐怖ではなく、この上ない幸せに支配された。
オリオンから見れば「あっそ……」といわれたような感覚だった。まだ、自分はアルティミスに期待されていない。もっと頑張らなければと、やる気を奮い立たせる。
ヴィミは回復ポーションで体が動くまでに回復した。オリオンと共に皇城を出る。
シャイヤーの背中に二人で乗った。オリオンが手綱を握り、ヴィミが主の体を抱きしめるようにして支える。
大きな胸がオリオンの首や背中に当たる。実に愉快な時間だった。
「オリオン様……、兄さんを止めてくれてありがとうございました」
「別に、ヴィミが感謝する必要はないだろう。俺様はリプバリク王国に踊らされるのが嫌だっただけだ」
ヴィミはいつの間にかオリオンの背中が大きくなっていて、男らしさが増したからか、雪が降るほど寒い冬場なのに胸の奥が暖かくなった。
いつもより脈拍が大きく速い。無性にドキドキしている気がする。
「ヴィミ、もっと抱き着いた方がいい。落ちてしまうぞ」
「は、はい」
ヴィミはさっきまでも十分抱き着いていた気がした。だが、馬に乗った覚えがなかった。オリオンに言われた通り、さっき以上にぎゅっと抱き着く。
前を向いているオリオンは鼻の下を伸ばす。口角を緩やかに上げる。むふふふっと笑っていた。おっぱいに挟まれて伝わってくる彼女の温もりが実に心地いい。
「カルティクに会わなくてよかったのか?」
「……昔と変わっていないって知れたのでもう、十分です」
「相手の嘘はすぐにわかるのに、自分で嘘をつくのは下手だな……、まったく」
オリオンはヴィミの頭に手を置く。慰めるように優しく撫でた。
その度、ヴィミの心はストーブに薪を足して行くように熱くなっていく。
屋敷の前に到着。オリオンはヴィミをエスコートしながらシャイヤーの背中から降ろす。
「じゃあ、俺様はレディーを家まで送ってくる。料理長に、美味い料理を沢山作っておくように伝えてくれ」
「わかりました。オリオン様はお気をつけて」
オリオンはイーグル冒険者ギルドに向かう。シャイヤーを馬房に戻した。
ギルドの中を覗く。仕事終わりに酒をあおりながら飲む冒険者たちの姿が見える。
アレックスとライアンも無事だ。冒険者たちと一緒に聖典式を楽しんでいるようだった。
仲間と共に過ごすのも悪くないなと感慨深くなりながら実家に向かう。
数時間前まで悲鳴と恐怖に満ちていたリージェントストリートだが、夜の帳が降りてくると鈴や楽器の音で聖典式の華やかな雰囲気に満ち溢れていた。
日中は酷いありさまだった。今晩くらい陽気に楽しく盛り上がりましょうとでもいわんばかりに、ルークス帝国民が歌い踊る。大切な人と一緒に笑顔で過ごしている。
活発に仕事しているのは政治をこなしている者や治安維持のために出動している騎士達くらいだろう。
聖典式くらい休みたかっただろうに。どれだけ大変でも夜だけはしっかりと眠ってもらいたいものだ。
屋敷に戻って来たオリオンは、冷え切った手を擦りながら建物の中に入る。
「お、お帰りなさいませ、オリオン様……」
「お、おぉ……」




