死闘
オリオンは体力を消費しにくい『シアン流斬』を使っている。だが、体力が無現にあるわけではない。
カルティクの攻撃を一撃でも食らえば死ぬとわかっている。放たれる攻撃を連続で防いでいくたび、精神と体力が大きく削られた。
この戦いだけは譲れなかった。さっきまでカルティクを止めるために戦おうと思っていたが、今は違う。それ以上に譲れない信念があった。
――女を傷つけるような男に負けるわけにはいかない。
息つく暇もなくイナンナを振るう。頭に血が上る。目が真っ赤に充血した。攻め手に掛けた。今は死に物狂いで攻撃を防ぐ。
シアン流斬を極めようと思っていなければ、カルティクに対抗する手段がなかった。誰かを守りたいと思えた自分が誇らしい。
カルティクが剣にだけ意識を向けている中、細く小さな一瞬の隙を見極めようとする。だが、自分の体力の限界が近いと悟る。
――イナンナを握る手に握力がなくなって来た。体中、筋肉が悲鳴を上げている。だが、あと少し。あと少しで何か突破口が開けそうな気がする。カルティクならば足が地面についていなくとも俺様の剣に反応するだろう。カウンターも勘で読んでくるだろう。これほどの速度が出せるならば、魔法すら躱すかもしれない。
勝てる方法を一秒にも満たない思考速度で探る。
カルティクは人生最後の晴れ舞台とでもいわんばかりに笑た。体力は未だに底が見えない。その中、一撃で即死しうる威力の攻撃を放つ。
オリオンは敵を前に「勝てないのではないか」と嫌な思考が脳内で巡る。
できない、勝てない、無理だ、負ける、死ぬかもしれない。負の感情に支配されそうなほど、追い込まれた。
「おらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらおらっ」
完全に押され始めた。オリオンの攻撃が引き気味になる。隙を狙うはずが、少しでも楽したいと体が勝手に下がった。
流れを相手に握られた。挙句、持っていたイナンナが握力の低下と手汗により、手からすっぽ抜けた。
「しまった」
カルティクは上空に放り投げられた剣を見る。直感は目の前のオリオンではなく剣の方に対し、危険だと言っている。
剣がない状態の太った子供に負ける想像ができない。ならば剣を奪えば勝ちが確定すると考えた。
跳躍するために膝を曲げる。だが、空中に飛べば無防備になる。右腰に見える杖から、オリオンが魔法を使えると判断した。
蹴りをオリオンに放つ方が剣を取りに行くより安全。何かあってもすぐに対処できる安定行動だと考えた。
今まで何度も攻撃し、一度も当たっていない。今、当てられるのかと疑問が浮かぶ。
人の考えは行動に迷いをもたらす。一瞬の躊躇いを作る。
オリオンは針の穴のような小さな隙を見逃さなかった。
「まず、奥の手を潰させてもらう」
彼は上を見ていたカルティクの腰に付けられたウェストポーチを蹴りつける。剣を手放してから一秒も経たっていない。
内部の瓶が割れる音が聞こえた。赤い液が布越しから溢れ出る。
カルティクは反応できなかった。また懸念点が増える。
皇帝を殺してから帝都で暴れるために取っておいた毒物が入っていた瓶が破壊された。
目の前の男は自分が反応できない蹴りが放てるほど体術に手慣れている。
今だ空中で剣が躍るように舞う。危機感が乱される。
魔法が使われるのか。そのまま蹴り込んでくるのか。剣がなければ殺傷能力のない攻撃しか放てないのか。
強者ゆえに巡る思考は多い。選択肢が木の根のように別れる。
状況からかんがみて、目の前の男は強いとわかり切っていた。無我で戦っていたら、いずれ切られる。
頭の中の中で思考が巡りに巡る。行きついたのは、目の前にいる男の攻撃を受けるという、取った覚えのない戦法。
――ここだ。
オリオンは肺を目一杯膨らますほど息を吸う。一瞬で鳩胸になる。全身に巡る血液の流れが手に取るようにわかる。
その瞬間、剣先を下に向けたイナンナは天から舞い降た。彼の目の前に現れる。
神風でスカートが一瞬浮かび上がり、下着がちらついたかのようだった。
彼がそれを見逃すわけもない。女の括れを撫でるように柄を的確に掴んだ。ともに躍るように華麗にイナンナを振るう。
パーティー会場で氷のような表情の女性に手をさし出し、踊りながら色気を引き立たせる紳士のような滑らかな動き。
攻撃に一切の迷いがない。オーケストラが延々に音をかき鳴らすように、オリオンの攻撃も切れ間がない。
カルティクは勘と己の思考が混ざる。一拍子遅れる。受け身で戦うことを選んでしまった弊害だ。
だが、オリオンも攻めているためカルティクの攻撃を全て防げているわけではない。
敵が受け身のため、攻撃力は落ちている。それでも掠ったり当たったりすると骨身に染みる激痛が走る。
骨や内臓にどれほどのダメージが入っているかは無駄な思考だ。カルティクを倒す。そのために、今まで身に着けて来た全てを出し切る。
無詠唱にまで極めた『滑らせる魔法』でカルティクの足場を悪くする。隙を作らせる。
だが、当たり前のように反応される。『縛る魔法』で手足を結ぶ。だが、腕力で引き千切られる。
魔法は旋律のアクセント。流れを作るための道具に過ぎない。
オリオンとイナンナの剣舞はカルティクの体に鈍傷を増やした。こちらも致命傷に至らない。
男と男の意地のぶつかり合いが続いた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
オリオンは口から血を吐くほどダメージを負った。
カルティクは体力が消耗するほど血を流した。
許婚と大切なメイドの前なので簡単に倒れられず意地で立っているが、オリオンは限界が近い。
「なんで倒れない。もう、立っているのも難しいだろ」
「悪に手を貸すような男に負けては、カッコ悪いだろう。生憎、俺様は天才で超イケメンだからな。後は強くなりさえすれば、モッテモテの男になれるんだ」
オリオンは笑いながら答える。自分が信じている強さを貫き通す。そのために必死に鍛えた。屈強な戦士を倒すまでいかなくとも、ここまで戦えている自分が誇らしい。




