良い話
カルティクは警戒し一歩距離を取った。
同胞ならまだしも、ぼろ雑巾のような服を着ている自分に話しかけてくる他国の者がいると思わなかった。
話かけて来た者は背筋がピンと伸び、立ち振る舞いが洗練された大柄の男だった。軍人かと思うほどだ。
「良い話があるんだ。君のような闘志あふれる者にとって無駄にならない時間だと保証しよう」
カルティクはルークス語ではなく、バーラト語で話しかけられ、目を細めた。
怪しげな男の口ぶりや瞳の動き、汗のにおいからして嘘ではないと直感する。
イラだっていたが、話を聞くだけならタダだと思い、怪しげな男の話に耳を傾けた。
「な……、そんな上手くいくのかよ」
「それは君たちの頑張り次第だ。失敗しようと成功しようと君の望みをある程度かなえると保証しよう。なんなら、決行前にかなえてやってもいい。どうせ、このままじっとしていてもバーラト王国は崩れる。ならば、武器を持つべきだとは思わないか?」
怪しげな男は口角を吊り上げ、黒いグローブを嵌めた手を差し出した。
カルティクの八年近く前にルークス帝国に売られた妹の行方を知りたい気持ちは、長い年月をかけて膨らんでいた。
それは怪しげな男を頼りたくなるほどだった。
彼はぼろ雑巾のような上着に、手の平に着いた赤い血を擦りつける。その後、怪しげな男の手を握った。
「交渉成立だな。では、具体的な話合いといこうか。私が提案するのは、これを使ってルークス帝国を落とし入れたい」
怪しげな男が胸もとから取り出したのは、赤色の液体が入った小瓶だった。
見るからに毒々しく、カルティクの鋭い直感が危険物だと警鐘を鳴らす。
「これは、わが国で開発された毒物で、ルークス帝国の有力な資源である魔物の成長を阻害する効果がある。これをルークス帝国の各地にばらまいてほしい。今後、バーラト王国の者はルークス帝国に入れなくなる可能性が高まる。そうなれば、われわれが密入国を支援しよう」
「……あんたは何が目的なんだ。そんなことして、何の意味がある」
「ルークス帝国を滅ぼし、わが国が本当に神に愛された国だと証明したい。それができるならば、われわれは命を投げ捨てても構わない意思がある」
怪しげな男はルークス帝国の者がいない状況で、力説した。
スキルが貰えるのはルークス帝国の者だけで、それ以外はもらえないのは、おかしいと。
われわれの国こそ神の恩恵を受ける価値があるべき人間だと……。
カルティクにとって、そんな話はどうでもよかった。
だが、怪しげな男は女を抱いている時と同じくらい気持ちよさそうに話すため会話を止められなかった。
「簡潔に言ってくれ。俺はあまり賢くないんだ」
「皇帝を殺してくれれば、われわれがバーラト王国を救ってやろう。バーラト王国の英雄になる勇気はあるか?」
不敵に笑う男はカルティクに、赤色の液体が入った小瓶を差し出す。
カルティクは男の話が半分本心で半分嘘だと直感する。このまま小瓶を受け取れば後に引けない。
英雄という言葉が胸に残る。
このまま、ルークス帝国の言いなりになっていれば、バーラト王国が滅んでしまうかもしれない。
妹と同じように子供を売らなければ生きていけなくなる家庭が増えるかもしれない。
親が疫病で死に、子供たちが飢えて同族殺しに手を染めるかもしれない……。
カルティクはバーラト王国の子供たちに辛い目に合ってほしくなかった。
沢山食えて学べて幸せな生活を送ってほしいと常に願っている。
ルークス帝国の植民地になって戦争前より生活はマシになったが、今回のような危機に陥れば、簡単に切り捨てられる関係。
ならば、こっちから切ってやってもいいんじゃないか。そんな考えが巡る。
「……ルークス帝国に攫われた妹の所在を調べてくれ。話はそれからだ」
「ふっ、家族思いの良い兄だな。お安い御用だ。さっそく調べさせよう。その妹の名前を教えてもらおうか」
「ヴィミ・アシット・シン。四つ下の妹だ」
☆☆☆☆
八月の終わりごろ、オリオンはクラス分けの試験を受け終わった。彼は寮の中で上位の成績を納める。
公爵家にふさわしい成績が取れたからか、いつも以上に鼻高々。
食堂の料理がお腹にするする入る。
一年から三年の生徒の中で、誰よりも料理を食らう。まるまるとした顔をほころばせ、幸せそうだ。
「リオンは、いつも凄い食べっぷりだね。胃の中がどうなっているのか理解できないよ」
「むふふっ、母上が沢山食べたら体が大きくなると言っていた。そうすれば、強くなって女からモテモテ間違いなしだとな」
「な、なんか、豪快なお母さんだね」
「母は父よりも武術に秀でていたからな。それはもう、怒ったら父でも対抗できなかった。厳しい時はとことん厳しく、優しい時はとことん優しく。凄く尊敬できる母だ」
『リオン、女の子には優しくしなきゃだめよ。普通は女の子の方が男の子より弱いからね。誰よりも強い男の子は女の子にモテモテになれる。強くなればアルティミスだって、リオンを好きになっちゃうわ。お母さんよりも強くてカッコいい男になりなさい』
そんな言葉をベッドの上で横たわる母から聞いたなと、オリオンは古い引き出しを開けるように思い出す。
オリオンの食いっぷりは他の男達にも伝染した。
食堂のおばちゃんたちが気持ちいいくらいに料理がなくなる。
いつも、あまりが出ていた食堂は、オリオンが来てから料理のあまりが出なくなった。
そのため、彼は食堂のおばちゃんから異様にモテている。
大量に食べれば食べるだけ太っていたオリオンだが『完全睡眠』のスキルを女神から受け取ってから体重が激増する頻度が減った。
快便に加え、胃もたれや疲労感が一切ない。
地味だが、スキルの効果で毎日晴れ晴れとした気持ちで生活を送る。
夕食後、オリオンは寮に住んでいる者が使う広い風呂場にライアンと共に向かった。




