誠心誠意
「よく集まってくれた、ルークス帝国に不満を持つ同士たちよ」
酒場の中で声が響く。子供たちが騒ぐのとはわけが違う荒々しい声が巻き起こる。
「こよい、ルークス帝国は我々と同じく死地を見ることになるだろう。同胞の泣き叫ぶ声を延々と聞かせ、終わりのない恐怖のどん底に突き落としてやるのだ」
「そうだそうだっ、奴らに鉄槌をっ」
「我々を食いつぶそうとするクズどもを魔物の餌にしてしまえっ」
「祖国を裏切ったやつらに忠誠などはなから誓っていない」
オリオンが思っていたよりも、バーラト王国出身の者たちの鬱憤は大きく膨れ上がっているようだった。
皆、赤い液体が入った小瓶を握りしめる。高らかに掲げた。それを見た瞬間、息がつまった。
人間のバレルが数滴飲んだだけで、強靭的な力を手に入れた。もとから化け物じみた身体能力を誇るバーラト王国の者があの毒物を飲んだら、どうなってしまうのか。一つ言えるのは、ドンロン中が死地になるのは確実だ。
以前の戦争でバーラト王国を制圧するために、多くの騎士が死んだ。
戦闘に特化したスキルを持っていた者も彼らに打倒されている。騎士を大量に殺した相手は軍人ではなく、一般人だったという噂もある。
バーラト王国の一般市民が狂暴化したら、ルークス帝国の一般市民がどうなるかなど想像に容易い。
「ちょ、ちょっと、待ってください。いきなり何の話ですか。その赤い液体、絶対危険な臭いがしますけど」
ヴィミの声が聞こえた。オリオンの恐怖心は一瞬で引っ込む。冷静な思考力が戻って来た。
「これを魔物に飲ませれば狂暴化する。でも、自分たちで飲めばルークス帝国の者たちを凌駕する力を手に入れられるんだ」
「ヴィミちゃんは飲む必要ない。これは死にぞこないの私たちのためにある」
「カルティクはバーラト王国の英雄になろうとしているんだ。でも、きっといい形ではないだろうけれど。そうまでしないといけないほどバーラト王国は危機的状況らしい。ルークス帝国がバーラト王国を裏切った今、リプバリク王国の援助を受けられるようにするために皇帝を殺すしか道はないんだ」
「そ、そんな、皆さん、考え直してください。そんな曖昧な約束、リプバリク王国が守る可能性は微塵もありません。失敗したら、どうなるんですか? むしろ成功すると思っているんですか? そもそも、兄はどこにいるんですか、私は彼と話しをするために来たんです」
ヴィミは周りの者に声を掛ける。考え直させようとしていた。自分を連れ出した男達につかみかかり、揺さぶる。
「カルティクはヴィミちゃんに会うつもりはないって……」
「犯罪者の妹という肩書を背負わせたくないんだろう」
「会ったら心が揺らぐと思っているのかもしれない……」
「うぅ、昔と全然変わっていない。それなら、なおさら会わなきゃ」
ヴィミは酒場を飛び出した。リージェンツストリートの表通りに走っていく。誰も、ヴィミの跡を追う者はいなかった。
「わかっているとも、あの国の奴らがバーラト王国を食い物にしようとしていることくらい」
「だが、このままバーラト王国を放っておいたらそれこそ、国が崩壊する……」
「誰が、こんな糞みたいな品を使うか。バーラトの戦士を侮辱しやがって……」
その場にいたバーラト王国の者たちは手に持っていた赤い液体が入った瓶を床に叩きつけて破棄していた。誇り高い者たちという点で、リプバリク王国の者と近しい気がしていたが、少し違うように見える。
――リプバリク王国の指示で皇帝を殺そうとしている。それでバーラト王国が救われると本当に思っているのだろうか。あの国の支配下だったころを忘れたのか。
リプバリク王国は昔、リプバリク帝国と呼ばれていた。言葉巧みにバーラト王国を引き入れて奴隷のように扱った。大陸の国々を戦争に巻き込み、大量に植民地化した。
あまりの強大さに、世界の均衡が崩れると危機感を持ったルークス帝国とガリア王国が手を組み、リプバリク王国と戦った。その際、リプバリク王国は甚大な被害を出し、敗戦した。
条約により植民地を受け渡す流れになった。バーラト王国はルークス帝国の支配下に置かれた。
――戦死者はリプバリク王国の者よりも多かっただろう。それ以前も人と思えないような酷い仕打ちを受けてきたはずだ。また、同じ過ちを繰り返そうというのか。だが、その選択を取りたくなるほど、国が酷い状態なのだな。
オリオンは両手を握りしめる。今から精肉所に出荷される豚のようにプルプルと震えた。
だが、この場で逃げてしまっては今後、一生後悔する。そう思い、デカい腹を据える。
「皆の者っ、俺様の話を聞けっ!」
酒場の扉を破壊する勢いで室内に入り込んだ。
赤い毒物を踏みにじるバーラト王国民の目と口が開いた状況を瞳に焼き付ける。
肉食獣だらけの場所に豚肉を放り込んだような環境の中、オリオンは一歩も引かず口を開く。
「皆とルークス帝国の皇帝は勘違いしているだけだ。冷静になって話を聞いてほしい」
オリオンは身に着けている正装を脱ぐ。正装だけではなく、下着も全て脱いだ。
寒さで大きなあそこが縮こまる。弱音を言っていられない。
近くのテーブルの上に衣類と愛剣のイナンナと乗せた。皆の前で腰が九十度曲がるほど頭を下げる。
だが、礼儀のため視線は外さない。九十度以上下げると相手が見えなくなる。ルークス帝国でこれ以上ないほどの謝罪方法だ。
あまりにも突拍子がない行動に、毒気が抜かれているバーラト王国民たちは逆に冷静になれた。
「俺様の名前はオリオン・H・ハワード。ルークス帝国でバーラト王国の方針を決めているハワード公爵家の者だ」
ハワード公爵家という名前を聞いた瞬間、多くの者が奥歯を合わせ、犬歯を向けながら表情を曇らせる。
自分たちの故郷を死地にした現況だと思っているからか、立ち止まれずに手が出そうになっている者もいる。
だが、オリオンが武器を放棄しているため、攻撃する意思の内者を攻撃するのは恥じであると教えられているバーラト王国民は息苦しそうに唸っていた。




