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眠れば眠るほど強くなる、肥満少年の英雄譚  作者: コヨコヨ


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満足したか

「シアン流斬」


 黒い血液がイナンナの剣身を滑る。葉を流れる雫のようにいなす。後方に弾けていく。

 液体がオリオンの体を避けて飛んでいるようだった。

 オリオンは黒い血液を全て受け流した。腕を振るった影響で大きな隙を生んでいるバレルの左脚を膝から切り落とす。

 真面に立てなくさせる作戦だった。


 バレルは体幹が強靭だった。左脚だけで巨大な肉体を支えた。

 今更切られた痛みが頭に届く。顎が外れそうなほど大口を開ける。叫ぶ。

 あまりにも聞き苦しく見るに堪えない。だが、無暗に吠えるだろうか?


「聖典式だからじっくり眠っている者がいるんだ。子供たちがそんな声に起こされたら寝起きが悪くなるだろう」

「体がやっと馴染んできたんだ……。そう、怒るな」


 バレルは右足で石畳を破壊しながら跳躍した。左拳を引き、勢いよく打ち出す。

 オリオンは先ほどと同じ攻撃に違和感を覚えた。真面に対応せず、躱す選択を取った。

 バレルの攻撃は当たらず、地面を撃ち抜いた。その際、足下の軽い雪が煙のように視界を覆うほど舞い上がる。


 視界と足場が悪い中でも、巨大な赤黒い肉体はよく見える。雪の中にいるとほんの少しサンタクロースのように見えなくもない。だが、赤黒い瞳が風に吹かれる蝋燭の火のようにらんらんと揺れていた。笑顔に見えなくもない。悪魔のように口角が目尻に尽きそうなくらい上がっている。そんなサンタクロースは嫌だ。


「三カ月前までただの豚だった癖に、どうやって短時間で力を身に着けたんだ。どうせ、スキルの力だろう。この卑怯者がっ!」


 バレルの左脚は再生しており、粉雪を吹き飛ばす勢いで加速。右拳もすでに元通りになっていた。命を削り、再生力を極限まで高めている。


「卑怯者だと。どの口がいう。毒物を戦争で使うのは国際法に違反する重罪だ。お前らのせいで何人の者が被害にあったか」

「リプバリク王国の民こそが、真に神に愛された人類だ。他国の豚どもがどうなると、知ったことではないっ!」


 バレルの巨大な拳の連打が、冷静に立っているオリオンに降り注ぐ。

 巨大な砲丸が同じ場所に直撃しているような激しい衝突音が鳴り響く。積もっていた雪が攻撃の振動で波を作る。

 庭園の雪に波紋が生れた。水面が強風にあおられながら凍ってしまったかのような風景が広がる。


「はぁ、はぁ、はぁ……。これで……」


 汗か、溶けた雪か、バレルの巨体に大量の水滴が付着する。雨を被ったように濡れていた。

 肉体が悲鳴を上げ、膨らんだ風船がしぼむように筋肉が減る。人の大きさに戻ることはなく、急激に伸びた骨、伸ばしすぎて皴だらけの肌、筋骨隆々な姿は見る影もなく、やせ細った背の高い老人状態。

 立っているだけでも辛かったのか、膝を地面につけると小枝を踏みつけたような乾いた音が鳴る。


「ぐぁああああああああああああっ!」


 骨がスカスカだった。少しの衝撃で脚の骨が折れる。断末魔のような大声を上げる。痛みに打ちひしがれた。細い細い糸が途切れるようにバレルは前のめりに倒れ込んだ。


「……実に腹立たしい。これほど糞のような品を作るなら、もっとましなことに優秀な頭脳と技術を使いやがれ」


 オリオンは傷一つ負っていない。すでに意識がないバレルを見下ろす。

 バレルは活力をすべて失い、枯れ木のように死んでいる。はたしてこの世に満足したのか。


 オリオンの周りの石畳が破壊されつくしており、ドーナツの型のようになっている。

 すべての攻撃をシアン流斬でいなし続けた。バレルの命が残り少ないのは、周知の事実だった。痛みなく命を全うさせたかった。しかし、最後は恐らく苦しんで死んだ。


「俺様にお前の首を切る勇気がなかった。すまない……」


 しっとりと滑らかなイナンナの剣身に山から流れる雪解け水のように清らかな雫が滴る。剣先に向って零れていく。

 剣身に付着した水分は錆びの原因になる。紳士が持ち合わせている純白のハンカチを取り出した。涙を流しているように見えるイナンナの腹をぬぐった。

 オリオンは「寒いだろう」と言わんばかりに、イナンナをすぐさま鞘に戻す。まるで寒がる女にロングコートを着せる紳士のような所作だった。


「父上、騎士をここに」

「あ、ああ……、わ、わかった」


 ポードンはオリオンの姿が愛する妻と被って見えていた。壁が一枚ぶち抜かれた書斎の中で座り込んでいる。すぐさま立ち上がりメイドを呼び寄せる。

 一時間もしない間に、ルークス帝国お抱えのルークス騎士団がシャイヤーよりも体が大きく草食獣と思えないほど逞しい筋肉を身に着けたデストリエという品種の馬に乗って駆け付けて来た。

 高級馬に乗るのは、全員超優秀な騎士だ。

 ハワード公爵家で事件があったと知らされ、駆け付けたのは騎士団の中でも選りすぐりの精鋭者集団だ。女神キシリアのしもべ七大天使の一角を担ったミハイルの名を付けられている。


「これは、一体、何が起こっていたんだ……」


 優秀な騎士達は庭園の一部が激しく損傷し、得体のしれない細身の者が倒れている状況を見て、何が起こったのかあらかた把握したが絶句した。

 激しい戦いが起こったというのに怪我人が一人もいないと聞き、耳を疑う。

 まるまると太っているのに妙に気品がいいオリオンが、何があったのか赤裸々に伝えていた。


「リプバリク王国の内通者が毒物を飲んで化け物になったと。それをオリオン様が一人で制圧したというのですか?」

「制圧したというか、敵が力尽きたと解釈したほうが正しい。死人は喋れん。真相はまだわからん。だがリプバリク王国が手を引いているのは恐らく間違いない」

「では……、あのものを回収させてもらいます」


 騎士の一人が倒れ込んでいるバレルの死体に触れる。すると、まるで砂で作った城が波にさらわれるように肉体が灰となって崩れ落ちた。

 赤い毒物を飲むと死体すら真面に残らないらしい。麻袋に雪もろとも灰を入れ、バレルだった者を回収した。

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