鋭い眼光
一二月二五日、聖典式当日。
午前七時、鉄格子のついたガラス窓から透ける空は夜中の吹雪が嘘のようにすっきりと晴れ渡っていた。雲が一切見当たらず、寒い以外文句のつけようがない聖典式日和。
ヴィミよりも早く目を覚ましたオリオンは気持ちよさそうに眠る彼女の顔を覗き込む。微笑みを浮かべた。
眠っている女に手を出すほどクズではない。
布団の中に頭を突っ込んで、薄暗い中ほんのり見えるヴィミの下着姿を舐め回すように堪能した。その後、用意しておいた少し際どいメイド服を彼女の近くに置いておく。
今日、着ている姿を見たかったが、他の日に見せてくれればいいと思い直したのだ。
自分の部屋に戻り、昨日の夜に覚えていた室内の状況と照らし合わせる。
「うむ、やはり、だれか入って来たな」
机の上に乱雑に広げておいた教科書や引き出しの中に入れておいた疫病の研究資料の位置など、ほんの少しずれていた。二ミリ程度のずれだ。窓が開いて風が吹いた、または地震でも起こらない限り、動きようはない。
「俺様がいないのをいいことに、何かしら資料を探した者がいるな。まあ、偽の資料だが」
オリオンは本物の資料を全て燃やしていた。一言一句記憶されているため、紙は必要なかった。偽物の資料を置き、探りに来た者に嘘の情報を掴ませる。
せこい奴らのことだ。研究結果を横取りして自国で研究費を浮かせようと睨んでいることくらい予測していた。
知識がない者に真面な資料か偽物の資料かなど判断はつかない。少しでも先手を取られたくないため、嘘の情報を握らせた。
うまく行けば儲けもの。失敗しても焦る必要はない。屋敷の中に敵がいるのは確定しているのだ。
オリオンはルークス帝国の正装のフロックコートを着る。左腰にイナンナを掛け、右腰に杖ホルスターを付ける。ポーションを飲んでおき、何かあった時のために備える。
「では、行くとするか」
オリオンは部屋を出て、父がいる書斎に移動した。扉を三回叩き、中に入ると顔の色艶がよく、ご機嫌のポードンが仕事に熱を入れていた。すぐ近くに護衛のバレルが付いている。
「おはようございます、父上」
「ああ、おはよう、オリオン。いやあ、実に良い天気だな、目が眩しいくらいだ」
昨日の夜と別人のように笑うポードンは視線を上げてオリオンを見た。昨晩、しっかりと眠れたおかげで仕事が捗って仕方がない。
眠るのを進めてくれた息子に感謝したい気持ちで一杯だ。
書斎はカーテンが全開。東から昇っている日の光が大量に入り込む。逆光で眩しいくらいだ。
「父上、お話があります」
「ああ、なんだ。ほしい品があるなら、何でもいいなさい。今日は聖典式だ、何でも買ってやろう。もちろん、エッチなお姉さんは、なしだぞ」
「では、そこにいるバレルをください。縛って騎士団に突き出したいので」
オリオンはイナンナの鞘を左手で握り、角度を調節。すぐさま抜ける体勢を整えた。
「オリオン様、いったい何を言っているのですか? 私はポードン様専属の護衛ですので、そう言う冗談はお受けできません」
「そ、そうだぞ、オリオン。子供が大人をからかうんじゃない」
「失礼ながら、俺様はすでに一五歳の成人した大人です。決してからかっているわけではありません。父上、今、バーラト王国がどういう状況かおわかりですか?」
「疫病が流行し、危険な状況なのだろう。それくらい知っている」
「では、わかっているだけでも、バーラト王国民の死者の数は何人か知っていますか?」
「当たり前だ、二千人だろう」
「二万人です」
オリオンはポードンの言葉に被せるように言い放った。まるで最初から間違えるのを知っていたかのように。
「に、二万人? そんなバカな。ドンロン研究所の調査資料によれば、被害者は二千人だったはずだ」
「その調査資料を父上は自分の手で受け取りましたか?」
「いや、ほとんどバレルから。おい、まさか、そんなはず……」
一晩ぐっすり眠ったポードンの思考力は完璧といえないが本来に近いほど回復していた。オリオンの話をある程度察する。その瞬間、椅子から飛び降り、バレルから距離を置いた。
「お二方とも、どうしたというのですか。私はただ送られてきた郵便をポードン様が危害に合わないよう手渡しているだけです」
「確かに、多くの領土の資料が他の領土から発行されて郵便で送られてくる。だが、ドンロン研究所はこの屋敷からそう遠くない場所。父上なら研究長のスージアとも顔見知りのはず。資料を直接受け取れたはずだ」
「それは、ポードン様がお忙しいですから、私が少しでも時間の短縮を、と思いまして」
「そう言うだろうな。だが、研究所の調査資料と父上の記憶が食い違っている。受け取った資料と偽の資料を入れ替えていると考えるほかない」
ポードンは資料をしまった机の引き出しをあさる。被害者報告書を見つけた。人数は二万人と記録されている。
「どうなっている、私が見た時は二千人と……」
「それは、おそらく本物の資料でしょう。父上が珍しく寝室に帰った瞬間を見計らって偽の資料を回収しようとしたところ、失敗した。そのまま俺様の部屋に入り込み、資料を探したが見つからず、ここで回収しようとしている」
オリオンは偽の報告書を懐から取り出し、バレルに見せつける。
「なにを言っているかさっぱりです。私がやったという証拠は一つもありません」
「証拠は必要ない。お前を騎士団に連れ込んで、嘘を見抜くスキルを持った者に見せればすぐにわかることだ。自分がやっていないというのなら、素直についてきてもらおうか。バレル、リプバリク王国に簡単に帰れると思うなよ」
オリオンは今まで人にここまで敵意を向けた覚えがなかった。今ならお姉さんの服を視線だけで切り裂けそうなほど鋭い眼でバレルを見つめる。
「……実に忌々しい。ルークス帝国の民はまるで自分たちが神に選ばれた者と言わんばかりだな」
バレルは手の平を裏返すのと同じくらいの速度で取り繕っていた表情を崩した。完全に無害だとして無視していた落ちこぼれのオリオンに殺気のこもった視線を向ける。




