聖典式くらい
「明日は聖典式ですよ。聖典式くらい楽してもいいと思いませんか? 今日まで父上は他の誰よりも頑張っていたはずです。多くの帝国民が仕事を休む日に父上が仕事するなど、おかしいですよ。明日休んだって誰も文句は言いません」
「ううむ……、そうだろうか……」
「はい、誰も文句は言いません。どうしても仕事がしたいというのであれば、休むのではなく明日の朝まで睡眠をとるくらいでとどめればいいではありませんか。今日はゆっくり休んでください」
オリオンは学園で睡眠の重要性について理解していたため、睡眠不足のポードンに出来る限り眠ってもらいたかった。
学生たちの睡眠不足ですら頭の機能が低下するとわかっている。大人といえど、人間なのだから頭の作りは同じ。今回の事件も、おそらく睡眠不足が原因だろうとにらんだ。
「で、では、今日は眠るとするか……」
ポードンは自分から休みたいと言えなかったため、オリオンの言葉に乗っかり睡眠をとると決めた。
大きなあくびをかみつぶし、書斎から出ていく。深夜帯のためメイドの姿はなかった。この時間帯に屋敷で働いている者は護衛以外いない。だが、父の護衛であるバレルの姿が見えなかった。屋敷の周りの巡回警備に行っているのだろう。
「……今のうちに」
オリオンは寝不足から部屋の鍵をかけ忘れている父の失態を利用する。書斎内部に保管されているであろうバーラト王国で流行っている疫病の資料を探した。すると、ルークス帝国から送る物資の資料が見つかる。
「……やはり、二万人の被害者がいる状況の国に送る物資の量とは考えられない。あまりにも少なすぎる」
清潔な水や痛み止めなどの鎮痛剤、肉体を活性化させるポーション、小麦などの穀物の量も今までと変わっていなかった。加えて被害者の報告資料も見つけた。使えると思い、服と腹の間に挟む。その後、廊下に出た。
「オリオン様、どうかなさいましたか?」
目の前に巡回警備に行っていたであろうバレルが姿を現した。背が高くガタイのいい男で、実に強そう。オリオンが目指していた強さの目標である。
「いや、父上に夜の挨拶を、と思ったが、すでに寝室に行っているようだった」
「ポードン様がこの時間帯に睡眠なさるとは、珍しい」
「明日は聖典式だ。父上とて、明日は楽したいと思ったのだろう。では、俺様も眠る。バレルも、しっかりと眠っておいた方がいい。今後、いつ真面に眠れるかわからないからな」
オリオンは暗い照明の光を頭部から浴び、表情を暗くして自分の寝室ではない場所までゆっくりと歩いた。メイドに与えられた寝室の扉を三回叩く。
「はぁい、何でしょうか……、って、オリオン様!」
すると、下着姿にバスローブを羽織った就寝中だったヴィミが扉を開く。
他のメイドからの連絡だと勘違いした。オリオンがあえて名前を言わなかった理由だ。ヴィミの下着姿を拝めたおかげで張り詰めた緊張が紅茶に入れる角砂糖のようにほろっと解ける。
「今日は、ヴィミと一緒に眠りたい……」
「もう、いつまでも子供じゃいられないんですからね。変なことしたら、叩きだしますから」
ヴィミはオリオンの子供っぽいお願いを断れず、部屋に入れた。扉を閉めて、鍵をしっかりとかける。誰かに気づかれれば、処罰されても文句はいえない。だが、オリオンが簡単に引き下がってくれると思えなかった。
オリオンの部屋のベッドより数段階、格が落ちる硬いベッドに二人で寝転がる。でも、バーラト王国にいた時の生活に比べれば何倍もいい。自分の部屋があるだけで泣きそうになったほどだ。
オリオンはヴィミの体にぎゅっと抱き着き、母の温もりに似た暖かさを感じ取る。
「やはり、明日は兄に会いに行くのか……」
「……はい、どうしても会わないといけないんです。ポードン様からも許可はいただきました」
「そうか、父上が許したのなら仕方がないな。一日中、話し会うのか?」
「昼食頃にジントン公園にある皇帝の像の前で待ち合わせしています。募る話もあるでしょうから、夜まで話すかもしれません」
「わかった。じゃあ、楽しんでくるんだぞ。明日は聖典式だ、浮かれている輩もいるだろうから、変な男についていくんじゃないぞ。ヴィミの肉体を目当てに近づいてくる輩がいるかもしれない」
「心配しないでください。ルークス帝国の男に力で負けるほど、私はひ弱じゃないので」
ヴィミは笑いながら腕を上げ、力こぶを見せる。普通の女性の腕に見えるが、バーラト王国の者たちの筋肉は帝国民の数倍の筋肉密度があり、どれだけ鍛えても力で勝つのは難しい。
「相手が帝国民じゃなく、バーラト王国の男だったらどうする……」
「その時は、兄に守ってもらいます。でも、帝都でバーラト王国の者は滅多にいませんからきっと大丈夫ですよ」
ヴィミは苦笑いを浮かべながら頬を人差し指で掻いた。ルークス帝国以上に男尊女卑の激しいバーラト王国で、何度も男に襲われかけたなと、思い返した。その度、兄が守ってくれて、本当にカッコよくて大好きだった……、と思い出に深ける。
「俺様を頼ってくれてもいいんだぞ……」
「オリオン様を危険な目に合わせるわけにはいきませんよ。私のためなんかに時間を使わず、大切な人のために努力してください」
ヴィミはオリオンの性格上、どんな女にも優しくするとわかっているため、自分単体に向けられているわけではないと察した。
バーラト王国の女が相手でも優しく接せられるというのは、男として紳士的かもしれない。大概の者は嘘をつき、内心では嫌がっているのが現実だ。
でも、オリオンから嘘のにおいは感じない。相手の感情が何となくわかってしまうヴィミにとって、それだけで胸がドキリとする。主とメイドの関係は変わらない。メイドが主の手を煩わせるわけにはいかないのだ。
オリオンはヴィミの胸に顔を押し付けながら息を吸う。夢の中かと思うほど気分を良くしながら布団の中に隠れるように眠る。
ヴィミも、大切な品を守るように彼を抱きしめて眠る。
二四日の夜のドンロンは猛吹雪に見舞われ、記録上最も気温が低くかった。だが、オリオンとヴィミは寒さを微塵も感じず、深い眠りにつけた。




