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眠れば眠るほど強くなる、肥満少年の英雄譚  作者: コヨコヨ


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資料が足りない

「ちょ、ちょ、少し落ち着いてください。基礎知識もないのに、研究は無理ですよ。その気持ちはありがたいですけど、ルークス帝国中の知識人が集まっているこのドンロン研究所で調べても、未だに疫病が蔓延した原因もわかっていないんです。薬を作るより、広がるのを防ぐ方が迅速で薬品開発の時間を延ばせるので……」

「つまり、今、疫病に掛かっているバーラト王国民は見捨てるって言うのか」

「われわれは、バーラト王国を救うためではなく、ルークス帝国に危害が加わらないようにするのが使命ですから」


 スージアの言い分もオリオンは理解できた。植民地とはいえ、全てをルークス帝国が管理しているわけではない。

 ルークス帝国が第一優先なのは、変わらないだろう。だからといって、バーラト王国民を見捨てるというのはあまりにも薄情過ぎる。実験動物か何かだと勘違いしているんじゃなかろうか。


「基礎知識を覚えて来ればいいんだな。やってやろうじゃないか」


 オリオンはスージアから研究に必要な細菌学や方法の手引きが書かれた分厚い大量の本を受け取る。

 スージアも半場呆れながら手渡していた。スクール、学園、大学と長い間掛けてやっとスタートライン立てる研究者としての知識を今から勉強して、現在進行形で流行っている疫病の研究に追いつくなど不可能としかいいようがない。

 そもそも、試験を受けて研究所の職員にならなければ研究に参加できない。


「今までわかっている疫病の資料も見せてもらう」

「わかりました……」


 スージアはどうせハワード公爵家に資料を送るのだから、いずれ当主になるであろうオリオンに見せても問題ないと考えた。今の段階でわかっている内容をまとめた資料を見せた。

 オリオンは資料を読み込み、口ずさみながら暗記していく。スージアから見たら、文字を見てブツブツ呟いているだけだ。


「よし、俺様はいったん帰る。くれぐれも夜道に気を付けるんだな」

「今日も明日も、ずーっと研究所の中で缶詰状態ですから。はは、あははっ」


 スージアはいきなりハイテンションになり、引きつった笑みを浮かべる。

 その姿を見たオリオンは研究者という職業があまりにも不憫だなと思った。給料を上げて休暇をもっと取らせた方が研究がはかどるのではと考えつく。だが、今の自分にそこまでの建言はないため自分が父の跡を継いだら、早急に改善するべきだと記憶に残しておく。


「さて、ヴィミの故郷を救って沢山痴漢させてもらうとするか」


 オリオンは屋敷に戻った。その後、スージアから受け取った教科書類を大量に読み込む。書き写し、頭にパンパンに知識を詰め込んだ。風呂にも入らずベッドの上で眠りにつく。


 頭の中に詰まっていた新しい大量の記憶はディーラーがトランプを配るように「いる」「いらない」の二つに振り分けられていく。

 大量の「いる」に振り分けられた記憶は何兆個もの引き出しの中に整理整頓され、綺麗に納まる。その後、液体に浸かった感覚に陥り、頭の中で炭酸が弾けたような気泡が生れ、浮力によって体と乖離する。

 蛇口から落ちた雫のように吐き出されたオリオンの意識はベッドの上で覚醒した。


「よし、次だ」


 一二月二三日、勉強できていない範囲を記憶し、知識を身に着けていく。あまりの集中力の高さに、オリオンのメイドとして働いているヴィミは絶対にじゃましてはならないと食事や菓子などを近くにそっと置くだけにとどめた。


「駄目だ。資料が圧倒的に足りない」


 一二月二四日、スージアから受け取った教科書を全て記憶し終えたオリオンに突き付けられた事実は、疫病に関する資料の乏しさだった。

 危険すぎて研究者たちもバーラト王国内に入らず、バーラト王国の医師が採取した血液や情報だけを頼りに研究しているという段階だった。


「これで、何がわかるというんだ」


 時間経過により空気に振れ過ぎて酸化し変質した血液、発熱発疹下痢嘔吐などの症状、発症から一〇日ほどで死に至るなどの状況報告しかない。

 研究するにしてもあまりに材料が足りなかった。


「こうなったら、現地に行くしかない。だが、その前にやらなければならないことがある」


 壁に備え付けられた振り子時計を見ると午後九時。眠って起きて勉強して、を繰り返していたため、時間の経過がまりにも早かった。

 食事をとる暇もなかった。机の端に置かれた夕食のバケットを見る。明らかに冷めている。だが、昨晩の品ではないとわかるほどサラダの色つやが良かった。ヴィミが気づかぬ間に取り換えてくれていたのだろうと察する。


「腹が減ったな。戦いの前に、腹ごしらえと行くか」


 オリオンは山盛りのステーキとバスケット一杯に入ったバケットを貪り食う。

 三〇回しっかりと噛み、腹に落としていく。三〇分ほどで全て平らげると、自分が未だに冒険者服を着ていると知った。風呂に向かい、明日の聖典式のために体を綺麗に洗う。


「夜にある聖典式パーティーまでに全てを終わらせる。天才の俺様なら出来るはずだ……」


 運動によって顔回りの脂肪は削ぎ落されており、鏡に映る顏は小顔に見える。少し伸びた黒髪はお湯に濡れ、黒い瞳同様に風呂場の暖色光を反射した。

 顔を鏡から離し全体が映し出されると子豚のよう。全身つるつるで、お湯でほんのり温まった肌の褐色が良くなっている。

 風呂から出た後、乾布摩擦するように体を拭き、ツルツル艶々に仕上げた。歯磨き、眠る前の排尿をこなし、父の書斎に向かった。


「父上、少しお時間よろしいですか?」

「なんだ、今も忙しい、お遊びに付き合っている時間はないぞ」


 ポードンは未だに積み重なっている大量の資料と向き合っていた。毎日三時間睡眠で、珈琲をがぶがぶと飲みながら命と睡眠時間を削って仕事している。


「いえ、明日の朝、少しお話があるので予告しておこうと思いまして。出来ればしっかりと眠ってから聞いていただきたいんですが」

「眠っている暇などない。それくらいわかるだろう」


 ポードンは睡眠不足から沸点が限りなく低くなっていた。光沢が綺麗で高品質な机を勢いよく叩き、カップ内の珈琲に波紋を立たせる。

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