大人の自覚
「俺様は今まで通りの戦いしか出来なかった。ライアンはスキルでごり押した。では、アレックス先生はどうやってタルピドゥを倒すのか。気になるぞ」
オリオンはアレックスに期待の眼差しをこれでもかと向けた。
アレックスは「優秀な奴らの教師ってつれぇ~」と叫びたい気持ちを押し殺し、剣を持ってシャイヤーに跨る。そのまま、トンずらした。
「やってられるかっ。あんな化け物、一人で倒せるわけないだろっ」
シャイヤーが引っ張る大量の魔物の素材につられたタルピドゥが一頭、二頭、三頭と引き寄せられる。
「すごい、アレックス先生、一人で三頭も相手にするんだ……」
「さすが、ルークス帝国随一の学園で教師しているだけあるな」
ライアンとオリオンはタルピドゥに追われ続けるアレックスを遠目でただただ見つめた。その瞳は一切の曇りがなく、純粋無垢だった。
「た、す、け、ろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ」
アレックスは昨日よりもずっと怖い思いをする羽目になった。だが「稼いだ金を使って高級な店の女を抱くんだ」と心に決め、死に物狂いで三頭のタルピドゥを倒した。
オリオンとライアンはパチパチと乾いた拍手を真っ黒な血で全身が染まっているアレックスに送る。動機はどうあれ、教師の威厳は保たれた。
☆☆☆☆
大量の魔物を駆除し終えたオリオンたちはシャイヤーの背に乗って無事にドンロンまで戻って来た。ギルドの受付嬢に討伐した素材を見せる。すると、受付嬢は椅子からひっくり返る勢いで驚いた。
「アレックス、もう一度冒険者にならないか。今なら、教師より稼げるぞ」
「ぜってー、やらねえっ。もう、二度と呼ぶんじゃねえ!」
酷い目にあったアレックスはカウンターテーブルをたたき割る勢いで殴り、キアズの申し出をきっぱりと断る。魔物と戦い命を張るより、学園でのんびりと教鞭をとっている方がはるかに楽だった。安定して稼げることのありがたみを、久しぶりの冒険者業で身に染みた。
「にしても、オリオンとライアン、二人の実力は相当高いな。その若さで、これだけの魔物を狩れる奴は長い間この仕事を見て来たが一人も会った覚えがない」
多くの冒険者を見て来たギルドマスターのキアズは他の冒険者が音を上げるような仕事を、容易くこなしてしまった学生二人を見て、感心せざるを得なかった。
二人が学生じゃなければ、冒険者として勧誘したいと思ったくらいだ。
「こいつらの成長率が他の奴らより少し早いだけだ。まだ、大人の自覚もないガキンチョに、冒険者の仕事は務まらないと思うぜ」
素材を換金し終えたアレックスは、薄汚い世界から清らかな二人をやんわりと守る。
「俺様はもう成人した大人だ。大人としての自覚……、はないかもしれないが。逆にどうすれば大人の自覚が手に入るんだ?」
「そりゃあ、女とセック……ごふっ!」
アレックスの腹にキアズの鋭い拳が叩き込まれた。トイレまで回転しながら吹っ飛ぶ。
「いずれわかる時が来るだろう」
汚い品を触った後のように手を叩くキアズは、オリオンとライアンに微笑みかける。
二人の才能が冒険者で輝くのはわかり切っているが、自分の道は自分で決める。それが大人という者。いずれ、二人も自分で進むべき道を決めるだろうから、それ以上は何も言わなかった。
「南の平原にいる魔物の討伐はほぼ完了したが、他の場所はどうなっているんだ?」
「西の方角はドラグフィードに繋がる道があるから、元より厳しく警戒されている。魔物の討伐も怠っていない。北と東は、まだ苦戦しているようだ。それでも数は減ってきている。他の冒険者ギルドの詳しい情報はまだ入って来ていないが、この調子ならすぐ納まるだろう」
魔物の突然変異や魔法の使用、魔石の減少など、多くの謎があるが冒険者の奮闘もあり、多くの魔物が討伐されている。
キアズはギルドマスターとして魔物が起こしている状況を誰よりもよく知っていた。
「今でこそ、魔物がルークス帝国中で暴れているそうだが、最初の異変はどこだったんだ?」
「ウェーズにあるホリヘッドって言われているな。そこから、あちらこちらで魔物の異変が見られるようになった」
「いつからだ?」
「二カ月、三カ月くらい前だ」
「ホリヘッドは、多くの貿易船が入る港がある。何者かが侵入して、すぐ何か起こした可能性も考えられるな。それか、アイズ王国に入って北アイズからウェーズに入った可能性も……」
「オリオン、何を考えているんだ?」
「魔物が狂暴化した理由が人為的ではなく自然現象だとするならば、ホリヘッドから始まったとして、じわじわと帝国中に広がっていくのが普通だと思わないか?」
「確かに……、冒険者による魔物の観察は常に行われている。スタンピードの予兆を見逃さないために義務付けられているからな」
「それだというのに、魔物の狂暴化が帝国全域に広がるのがあまりにも早すぎる。あと不可解なのが、北アイズで魔物の狂暴化が報告されているというのに、近くのアイズ王国で魔物が狂暴化した事件を聞かないのはなぜだ? アイズ王国はルークス帝国よりも小さな島国。にも拘らずルークス帝国の領土である北アイズだけ魔物の狂暴化が起こっているのはあまりにも不自然だ」
「つ、つまり、オリオンは、この状況が自然現象ではなく、人為的に起こされていると言いたいのか?」
キアズはオリオンの鋭い着眼点に、唾を飲み込んで耳を傾けていた。確かに今までアイズ王国が魔物の狂暴化を訴えていない。不自然だと、今になって思い始める。
「北アイズを奪い返そうとアイズ王国が戦争を吹っ掛けるために何かしでかしたのか……」
「それは考えづらい。どれだけ魔物を狂暴化させようと、軍隊で戦えばアイズ王国がルークス帝国に勝てるわけがないと、すぐにわかる。負ける戦争を起こす理由が一切ないからな。疑わしいのはやはり、リプバリク王国。だが、リプバリク王国の者がルークス帝国中に短時間で何か根回しできるとも考えづらい。馬の調達、宿泊、食事、何をしても足が付くだろう」
キアズはオリオンの思考速度についていけなくなり、考えを放棄。もともと考えるのは苦手な方で、ギルドマスターというのも年長者と実力から前ギルドマスターに押し付けられたようなものだった。




