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眠れば眠るほど強くなる、肥満少年の英雄譚  作者: コヨコヨ


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安い代償

 タルピドゥの咆哮は粉雪を吹き飛ばすほど勢いがあった。風圧が目の前にいるオリオンの黒髪や冒険者服を大きく靡かせる。

 弱い奴ほど良く吠えるという。タルピドゥも恐怖と内側から溢れ出る底知れぬ力に惑わされている。


 オリオンは目の前にいる巨大な魔物を見て、逃げたい気持ちが湧き出た。だが、この魔物を倒せたらアルティミスに惚れられるかもしれないと思うや否や、足先から頭のてっぺんまで通う血が沸き立つ。


「ヌータウロスの肉を囮にして隙を作るぞ」


 イナンナの剣先をヌータウロスの肉に突き刺し、餌やりのように放った。


 タルピドゥは地上ではなく地下で生息している魔物であり、目が悪い。代わりに嗅覚が異様に発達している。動き、匂いが強い肉を感じ取れば、自然に体が動いてしまう。肉を食らうために大口を開けた。明らかな隙だ。

 その瞬間を見計らい、アレックスとライアンはデカすぎる体を支える四本の脚を狙う。


「鱗は硬いし、皮膚は柔軟性がありすぎだろ……」


 硬い鱗を断ち切るために力強く振るわれた剣は鱗を破壊する。しかし、その下にある柔らかい皮膚は押し切れない。鳥の肉と脂っこく柔らかい皮を同時に切るのが難しい感覚だ。

 アレックスの方は脚を切り落とすのに失敗した。


「なっ、剣が……」


 ライアンはタルピドゥの脚を一本切り落としたのは良いが、今まで耐えていた剣が粉砕した。


「なんで、いきなり」


 ずっと愛用していた剣が見るも無残に粉々になった。愛人が死んでしまったかのような表情を浮かべる。残った柄を見ながら立ち止まった。


「ライアン、よそ見するな」


 アレックスの大声が逃げ隠れする場所がない平地に響く。

 同時、脚を一本切り落とされて怒り狂うタルピドゥの尻尾が剣の亡骸を凝視するライアンに向かった。

 突拍子もなく壊れた愛剣を失った反動はあまりに大きく、攻撃に対する反応が送れた。


「ライアっ!」


 オリオンは飛び込んだ。親友を軽々と突き飛ばす。

 深い雪に阻まれ状況に加え、元から重い体は動きが遅かった。剣でいなす時間が取れなかった。

 人間の身長をはるかに超える巨大な尻尾が音速を超え、ソニックブームが鳴るほどの速度で放たれる。その威力は人間の体など紙同然に吹き飛ぶ。


 体重一〇〇キログラムのオリオンの肉体は、幸いにも尻尾の下敷きにならずデコピンで弾いた消しゴムのように吹っ飛んだ。全身を雪塗れにしながら地面を転がる。雪と体についた脂肪がクッションの役割を果たし、ダメージは減少した。


「腕が……」


 オリオンの左腕は千切れていないが、皮膚から折れた骨の一部が突き出す。骨は完全に砕けているとわかるほど複雑骨折を起こした。

 激痛過ぎて、涙がちょちょぎれる。左腕で巨大な尻尾を受け流していなけば、今頃地面に叩きつけられ踏みつぶしたゴキブリのように死んでいた。


「ライアンはオリオンの治療に行け。俺はこいつを引き付ける」


 アレックスは巨大化したタルピドゥを二人の学生に任せるのは荷が重いと判断した。

 ライアンの一撃で後ろの左脚がなくなっており、俊敏性は多少落ちていると思われた。それを見計らいヌータウロスの肉を持ち、シャイヤーの背中に飛び乗る。


「おら、化け物、新鮮な肉がこっちにあるぞ」


 声を張り上げながら肉をタルピドゥに投げつける。意識を向けさせることに成功。

 タルピドゥは鼻先をアレックスに向ける。狙いを定めたと言わんばかりに脚を動かし始めた。

 後ろ足が一本ないため、腹を引きずるように走る。シャイヤーの全力疾走と同じほどの速度が出た。

 アレックスは追いつかれる可能性は高いが、持久力勝負ならシャイヤーに分があるはずだと、信じて手綱を撓らせた。


「リオン、ごめん。僕がよそ見していたせいで……」


 ライアンは左腕から血が流れ出ているオリオンのもとに駆けた。ポーションをウェストポーチから取り出し、腕に掛ける。血は止まったが、骨を元通りにするほどの効果はない。


「気にするな。大切な剣が壊れたら、悲しいのはわかる。腕くらい、親友をなくすより安い代償だ。金があれば、治せる」


 腕の感覚は残っていた。神経に異常はない。骨なら高度な回復魔法や治療で元に戻る。今は泣いている場合ではないとライアンを軽く宥めた。


「腕はいいが……、尻が破れた」


 オリオンが履いている冒険者服のズボンがばっくりと裂けていた。パンツが丸出しだ。実に情けない姿である。


「腕の方が大切だよっ。あと、尻はもともと割けているから!」


 ライアンの強い突っ込みはどこか、熱がこもっていた。


「早くアレックス先生のところに行かないとな。シャイヤーが食べられてしまう」

「せめて、アレックス先生を心配してあげようよ」


 オリオンは破れたズボンを脱ぐ。それを利用し垂れさがってる使い勝手が悪い左腕を三角巾で吊るす要領で少しでも固定する。

 脚は寒いが、臓器がなく多少の間なら冷やしても問題ない。動かせば血の巡りも悪くなくなる。


「さ、さむぅうっ」

「な、なんか、リオンの姿がすっごく間抜けに見える……」


 タルピドゥが体を引きずるように走ってくれていたおかげで雪が押し固められ、追いやすくなっていた。だが、人の走る速度では、一向に追いつけない。木の板が落ちていれば昨日と同じように滑っていけたが、そう都合よく見当たらなかった。


「ライアン、先に行ってくれ。俺様の脚じゃ、間に合わない」

「でも、剣が何で壊れたかもわからないのに、攻撃して何かあったら……」

「おそらく、ライアンのスキルの影響だろう。柔らかい品を切り続けても切れ味は落ちにくいが、硬い品を切っていれば切れ味は落ちるのと同じように、敵が強くなればなるほど、スキルの影響も強く出てくる。あの剣が壊れたのはタルピドゥの体を切る威力と剣の耐久力が釣り合わなかった影響だろう。スキルが強すぎて剣が耐えられなかったんだ」

「な、なるほど……」

「拳で殴ったら腕が壊れるのか、はたまた影響が出ないのか、難しい所だな」


 ライアンは何か考えてから地面を思いっきり蹴った。地面を攻撃対象とみなしたのか、強烈な加速が生れる。オリオンをあっという間に置き去りにして、タルピドゥの近くに迫る。

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