ヌータウロス
毒物でなければ魔法や魔術の影響を考えた方がいい。
だが、魔法技術は他の国よりも進んでいるルークス帝国の魔導士でも何百匹と魔物から魔石を抜き狂暴化させるなど不可能。
一カ所ならまだしも複数個所で行われている時点で、簡単な方法を使っていると考えた方が合理的だ。
「誰がこんなことを。実に不愉快だ」
オリオンは頭の中を整理するため、思い浮かんだ事象を書き残した。その中の一つに『ルークス帝国の方針に納得いかなかったバーラト王国の者がリプバリク王国の手を借り、毒物を散布した可能性あり』と記す。
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一二月二一日の朝、オリオンとアレックス、ライアンは他の冒険者たちと南部にある平原に足を運んだ。
数カ月前まで麦畑として地平線まで黄金色に見えていた土地は、現在、白い小麦粉が入ったボウルをひっくり返した床のようだ。
雪に強い屈強な肉体を持つシャイヤーという品種の馬に乗り、雪の中を移動する。速度重視のサラブレッドと違い、持久力と耐久力がある。雪の中を移動するならば汽車よりも有能だ。
「こういうのは、女と一緒が良かったな」
「うるせえ、俺だって、男に抱き着かれたくはねえよ」
オリオンはアレックスの背中に抱き着いてシャイヤーの背中に乗っていた。
シャイヤーはオリオンの体重など梅雨知らず、田舎者のようなのほほんとした顔で雪の中をぐんぐんと突き進む。
「雪ばっかりで、魔物らしい存在は見当たりませんね」
ライアンはオリオンの背中に抱き着き、回りを見回す。
「魔物は、出てこないのが一番だ。馬に乗っているだけで金が貰える割のいい仕事だと思えばな」
「うむ、このまま終わってくれればいいな。にしても、こやつは凄い力持ちだな」
オリオンは三人乗っても楽々と移動するシャイヤーの逞しさに、ほれぼれとする。
――一頭買おうかな。買うなら、牝馬が良いな。デカいムチムチしたケツをいつでも見られる。屈強で色気があって頼りがいのある女か。うん、悪くないな。
オリオンが馬のケツを想像していると、どこかの冒険者集団が笛を勢いよく鳴らした。魔物を発見した合図だ。
「どうやら楽な仕事じゃないらしいな……」
アレックスは降り積もった粉雪がぼこぼこと沸騰した水のように荒れる光景を見つめる。
「ヌータウロスの群れですね。にしても数が多い」
ヌータウロスは赤黒い毛並みが特徴的で二本の大きな角を持つ牛のような魔物だ。
冬場でもよく活動できる体力と雑食性を持つ。体長が二メートル近くあり、生身の人間が突進されれば内臓が破裂してもおかしくない威力が出る。農家の被害が頻発するが、家畜として飼育しようとする者もいる。
「肉が美味い魔物だな」
「貴族にとってはそうかもな。冒険者からしたら、死が目の前から迫ってくる嫌な魔物だ。でも肉や角、皮、何でも売れる魔物でもある。狩りまくるぞ」
アレックスは手綱を引っ張り、シャイヤーに進んできた道を勢いよく戻らせる。
「あいつらの武器は突進力だ。だが、それを止めれば戦いやすくなる。まずは脚を止めるのが先決だ」
「つまり、この俺様の出番と言うわけだな」
オリオンは右腰に付けた杖ホルスターから杖を取り出す。迫りくるヌータウロスに向けた。
体内で魔力を練り、すでに無詠唱でも発動できるほど使い慣れた『スリップロー(滑る床)』を発動。ヌータウロスの足下を滑らせる。すると赤黒い物体が勢いよく前に倒れ込み、雪を巻き上げながら、地面を転がり回った。
「ライアン、首をぶった切れ。爆散させるなよ」
「はいっ」
ライアンはシャイヤーの背中を足場に跳躍した。左腰から剣を引き抜く。頭上に構える。体が生み出す力を一気に集約させ、爆ぜるような一撃を生み出すマゼンタ撃斬を放つ。
ヌータウロスの首は強烈な突進に耐えられるほど太く硬い。並の剣士や冒険者は一刀両断など、まず不可能だ。だが、ライアンのスキル『確定急所』により一五歳の腕力でも、丸太のように太い首を断ち切る。
「やっぱ、あのスキル、威力やばいな……」
ヌータウロスの群れに穴が開き、アレックスはシャイヤーを止める。奴らは頭が悪い。急激な方向転換はしてこない。はずだった。
二頭のヌータウロスは闘牛のような身のこなしで方向転換。止まっているシャイヤーに狙いを定め、突っ込んでくる。
「オリオン、そっちは頼むぞ」
「うむ、シャイヤーが傷つくのは可哀そうだからな」
オリオンとアレックスはシャイヤーの広い背中を足場に、迫りくるヌータウロスに剣を振るう。
オリオンはシアン流斬でヌータウロスの突進攻撃を軽く流す。
ヌータウロスは流水が大岩にぶつかった時のように巨体が軽々と宙を舞う。首が普段曲がらない方向に折れ、地面に衝突した。体を痙攣させながら動けなくなる。
アレックスも過去、何度も倒してきた魔物であるため、ライアンほど一瞬とはいかずとも二撃で首の半分を抉り取った。
三頭のヌータウロスが真っ白な雪の上に倒れ込み、残りの個体は真っ直ぐ他の冒険者を追う。
戦うタイミングは冒険者次第。
ヌータウロスの体力はふんだんにあり、逃げ続けても倒せない。勇気がある冒険者しか倒せない魔物だ。アレックスはそれを学生の二人が容易く倒す姿を見て、感覚がズレる。
「首を一発でぶった切る火力に、巨体を吹っ飛ばすほどの練度。お前ら、学園に通わなくてもよくないか?」
「そんなことより、さっさと解体するぞ。内蔵を取り出して血抜きしなければ」
「そ、そんなことではないだろう。凄いことだぞ」
オリオンとライアンはすでにヌータウロスの解体に移った。アレックスも自分で倒したヌータウロスの解体に入る。




