話し合えない
「簡潔に申し上げます。今、ルークス帝国はリプバリク王国の攻撃を受けているかもしれません。今すぐ、皇帝陛下に連絡をお願いします」
「お、落ち着け、オリオン。あまり、突拍子もない話をするな。ただでさえ頭痛が酷いんだ」
ポードンはオリオンによって何年も頭を悩ませており、息子と会話するだけで頭痛がするような気がしてならない。
息子の素行が成人してやっと真面になったかと思った。だが、土まみれの服装で家の中を動き回り、深夜に合図もなしに扉を勢いよく開け放つ姿は、貴族とかけ離れた行動だった。怒りの言葉が出てこないほど、疲弊している。
オリオンは調べものしている間に午後一〇時近くになっており、時間の感覚を忘れていた。そんなことよりもルークス帝国の危機が迫っているかもしれないと知り、いてもたってもいられなかった。
「今すぐ、魔物の駆除と狂暴化の原因となる毒物を見つけ出す必要があります」
「確証はあるのか?」
「確証はありません」
話しにならなかった。オリオンはポードンの護衛であるバレルに部屋からつまみ出される。
「仕事の邪魔だ。お遊びに付き合っている暇はない」
「父上、話しだけでも」
「ポードン様はお忙しいので、お引き取りを」
バレルはオリオンの侵入を許さないとでも言わんばかりに、扉をゆっくりと閉める。
廊下にともるオレンジ色の照明が、窓の外に広がる夜の暗さとオリオンの黒髪を引き立てた。
「確証がなくとも、可能性は限りなく高いというのに……」
オリオンは立場の弱さにやるせなさを感じる。このままでは頭が固い父は動かないだろうと察した。
ならば確証を得ればいい。魔物を狂暴にしている原因を探し、見つけ出す。出来れば、リプバリク王国の者、又はリプバリク王国の手を借りている者を捕まえられれば、真面に話を聞いてもらえるはずだと考える。
風呂場に直行し、泥だらけの服を脱ぎ捨てて体をお湯で温める。
「剣術、魔法、どちらも実践で扱えた。やはり、俺様は強くなっている。国を救った英雄となればアルティミスが俺様を見て、目をハートにするかもしれないぞ。たとえ、考え違いだったとしても、魔物を駆除して魔石を見つけ出し、彼女に捧げればいい」
オリオンは体を綺麗にした後、泥だらけの冒険者服を綺麗に洗い、魔法で風を生み出して乾燥させる。
部屋に戻るや否や、イナンナの剣身を空拭きし、切れ味と美しさを保つ。部屋の中に荷物が置かれており、ヴィミが運んでおいてくれたのだと察した。
「バーラト王国から届いた兄からの手紙。一二月二五日に会う約束。無関係だよな……」
オリオンはヴィミの兄からいきなり届いた手紙の件がずっと引っかかっていた。知り得もしないヴィミの居場所を何年も会っていない兄が知る由もない。
それにもかかわらず手紙は届いている。調べたくても、ヴィミは手紙を見せてくれなかった。自分の兄で間違いないと一切疑っていない。
何の信憑性もない占いなどを信じやすく思い込みが激しい彼女を、長い間見て来た。
おそらく、兄から手紙が届くという状況そのものに最も幸せを感じている。
彼女にとって肉親が未だに思ってくれている事実がたまらなく嬉しいのだろう。
オリオンとて、ヴィミにエッチな服を着せたいから兄に会うなと忠告しているわけではない。嫌な予感がするから会ってほしくないだけだ。四割はエッチな服を着てほしいからであるが。
「とりあえず、明日も魔物について調べなければ」
オリオンはベッドに入り、静かに眼を閉じる。
『完全睡眠:レベル三。細胞の再生速度上昇。免疫機能上昇』
眠る瞬間、またしてもスキルのレベルが上がった。特に気にしているわけではないが、眠るだけでスキルレベルが上がるのは無理やりスキルを使う必要がなく、助かった。地味なのは否めないが。
考える暇もなく、体は表面張力が働く水の上に乗っかり、とぷんと柔らかい液体に入り込んでいく。
心地よい浮遊感と体の中に新しい血が流れているような爽快感、蛇が脱皮し古い皮を捨てるように、洗濯して泥汚れを落とすように、身に溜まった不純物が液体によって消える。
液体の底にたどり着いたと思ったら、重さで膜を突き抜けてベッドのマットレスの上で眼を覚ます。
「うむ、実にすっきりした目覚めだ。調子が完璧だな」
外を見ると日が差しており夜が明けていた。多くの屋根に積もる白い雪は日光を反射してキラキラと輝いている。
扉を開けて外の新鮮な空気を吸うと、新しいスポンジに綺麗な水を通しても綺麗な水が出てくるように吐かれる白い息も新鮮だ。
寝覚めがよく、いつもながら新品の下着を身に着けたようなさっぱりとした雰囲気を纏う。身支度を済ませ、部屋からすぐに出る。
「おはようございます、オリオン様、ご無事で何より……」
ヴィミはオリオンを起こしに来たが、彼はその前にすでに起きており、廊下ではちあう。
「おはよう、ヴィミ。朝食は必要ない、冒険者ギルドで取る」
「さようでございますか。では、料理長に伝えておきます」
ヴィミはオリオンが朝食を要らないというなど、この屋敷に努めて初めて聞いた。驚きは表情に出さず、頭を下げる。
「ああ、だが、このままでは冒険者ギルドに行くまでに倒れてしまいそうだ」
オリオンは食事と同じくらいなくてはならない栄養素を補給するべく、シアン流斬の流れるせせらぎを思わせる巧な足さばきでヴィミの前に来る。顔を柔らかい双丘に埋めた。華奢ながら筋肉質な体を抱きしめる。
彼女の身長は一七五センチメートル。女にしては長身で、オリオンと一〇センチ近く差がある。
オリオンが顔を下げればそこにあるのは綿や羽毛のようにふかふかで寒さが一切ない天国のような場所。
鼻の穴を広げながら息をスハスハと吸う。食事で補えない生きていく上でなくてはならない栄養を得る。
周りから見ればやばい奴だが、オリオンからすれば猫の体に鼻を近づける猫吸いと感覚は変わらなかった。
やられているヴィミからすれば迷惑極まりない。だが、変に痴漢されるよりは普通にハグしてもらったほうがマシなので、多めに見ることにした。いつも下がっている尻尾がほんの少し上を向く。
「俺様はルークス帝国を救ってくるぞ」
オリオンはヴィミから離れ、大きく手を振りながらムチムチした体を大きく動かす。
「まったく、大げさですね……」




