気を引き締める
ライアンは指先をギルドの受付カウンターに向けた。
オリオンはつられて視線を向ける。冒険者一行が宝石のように輝く魔石を取り出し、硬貨と交換していた。
その魔石を見て、どんな魔物から採取されたのか見当が付かなかった。
魔物が強ければ魔石も大きくなり、弱ければ小さくなるため、冒険者の実力がすぐにわかる。一行の中に巨大な魔石を持ってくる者はおらず、小さな魔石が数個。
帝都故に質がいい冒険者が多く、強い魔物はあらかた狩りつくされているのかもしれない。
「皆、強いんだなー」
「えっと、帝都にずっといる冒険者はあまり強いと言えないよ。本当の強者は強い魔物を求めて辺境に行くから」
「ははははっ、ちげえねえ。安全な場所で冒険者業しても、儲けは少ないもんな!」
酔っぱらったアレックスがライアンの肩に腕を回し、狙いを定めていた東の森の地図を見つめる。
森の中は危険だが、頻繁に使われている通路なら、開けている。加え背後に帝都があり、逃走経路も確保しやすい。
最悪、怪我した時にすぐに医療機関に駆け込める。だだっ広い場所より、隠れる場所が多い森の方が大量の魔物に会っても逃げ切れる可能性が高い。
人が相手ではなく、魔物が相手ならば、隠れる場所が多い森の方が戦いやすいくらいだった。
「初陣なら、丁度良いんじゃねえかー。ロッドドックは腐った犬を意味するが、唯一腐っていない魔石の部分を送れば、愛は永遠に腐らないなんて、しゃれたことも言えると思うぜ」
「なるほど……、それいいな」
オリオンはアレックスのキザな言葉を聞き、アルティミスに向って滅茶苦茶言いたくなった。単純な男である。
三人は幌馬車で東門近くまで移動。馬を馬屋に預け、森は徒歩で移動する。遠出するわけでもなく、ロッドドッグから大量の素材が手に入るわけでもないため、身軽さを重視。
「雪の影響は多少あるか。日は出ている。日没まで五時間ってところだな。ここから一〇キロメートル圏内で探すか」
アレックスは懐中時計を開く時も、辺りを見回す。戦い慣れている者の仕草だった。さぼり魔教師に一切見えない。
「離れずに三人一組で行動する。死にたくなければ、逃げ腰くらいの感覚でいればいい」
「うむ、俺様は迷わず、アレックス先生を囮にする」
「まだ言っているのかよ……、まあ、ロッドドッグごときにやられる玉じゃねえけどな」
アレックス、オリオン、ライアンの順で森の中に作られた道を歩く。
他の冒険者も通ったらしく、降り積もった雪に足跡が残っていた。轍もあるため、商人が冒険者の護衛を付けて物資を運んでいるのだろうと、推測される。
「静かな森だな。冬場で動物が少ないのだろうか」
オリオンは高さのある木が生えた森の中を見回しながら、魔物を探した。
木の葉は落ち、枝がむき出しになった寒そうな木々が視界の先まで広がる。
生憎、日の光が葉に遮られないため、森の奥の方までよく見えた。雪に残った足跡を警戒することで、魔物の潜伏を事前に把握しようとする。
吐く息が白く、手や頬は寒さで赤くなる。体を動かしていなければ、血まで凍ってしまいそうだった。
アレックスが前と左右、オリオンは上と左右、ライアンが左右と背後を見回す。六個の瞳で全体を把握。東門から五キロメートルほど離れたが、魔物の気配はない。
「本当に静かだな。思っていたよりも、魔物の気配が感じられない」
「はい……、気持ち悪いくらいです」
経験豊富なアレックスとライアンも、森の雰囲気のせいで気温の低さ以上に身を振るわせる。はたまた、立ちションした影響かもしれない。
八キロメートルほど進んだころ、轍と続いていた人の足跡が消えている箇所があった。
「まて、ここからは気を張れよ。気を抜いていた奴らがどこに行くかくらい教えなくてもわかるよな」
アレックスは左腰に掛けられた使い込まれている黒い真剣の柄を掴む。臨戦態勢に入った。さび付いていた冒険者の勘が、珍しく騒ぎ立てる。数年ぶりの感覚だが、魔物に対する恐怖心は衰えを知らない。全身の毛穴と肛門がぎゅっと閉まるほどに腹に力が入った。
「確かに妙な気配を感じるな。だが、俺様は社会の窓が開いているような気の抜けたやつではないぞ」
オリオンは立ちションした後からずっと開いていたチャックをきゅっと締め直した。痴漢するときと同様に何の迷いもなくイナンナの鞘を握る。左手は美しい髪に触れるように黒い柄にそっと添えるだけ。
「集中し直しますよ」
ライアンも使い慣れた剣を掴み、いつでもスキルが使えるよう集中力を高める。
静止している三人の間を冬の冷たい風が抜けた。ピンと張った糸を眺めているような緊張感。周りの音が聞こえず、心臓の音が耳に直接響く。
脚を止めてから三分ほど経った。未だ、周りに変化はない。
「ぷぅ~」っという、気の抜けるようなラッパの音がした。
「すまん、屁が出た」
オリオンは肛門に蓋するように手をお尻に当てて、謝った。
「おーいー、気が抜けるだろうが」
アレックスの体から力が抜ける。
「く、臭い……」
ライアンは鼻をつまみ、においを散らすように手を振るう。
皆がははははっ! と声を荒げて笑った瞬間だった。雪が盛り上がる。
毒々しい色腐って爛れた肉体、唾液塗れの牙を見せつけながらロッドドッグが六匹、三人の首に目掛けて飛び出した。
「マゼンタ撃斬」
「シアン流斬」
「フラーウス連斬」
笑顔のまま剣の柄を握った三人は反射的に迫りくるロッドドッグにルークス流剣術を放つ。
アレックスは大人の力強い一撃でロッドドックを二匹、一刀両断する。
オリオンはイナンナの美しさが映える雪景色の中、流れるようにロッドドッグの首の骨を砕き、攻撃をいなす。
ライアンは稲妻のような速度で、ロッドドッグを切り裂き、爆散させる。
一瞬の出来事だった。
怪我人はおらず、真っ白な雪の上に魔物の黒い血液が飛び散る。
「おめでとう、オリオン。これでお前も立派な大人だ」
アレックスは剣を鞘に納めた後、パチパチと乾いた拍手で魔物を始めて討伐したオリオンを賞賛する。
「何ともあっけないものだな……」
「大人の階段を上がるなんざ、そんなもんだ」
どこか、遠くを見つめながら大人の儚さを伝える教師を尻目に、オリオンは首の骨が折れて身動きがとれていないロッドドッグを確実に仕留めるため、イナンナで首を落とした。
剣筋が綺麗で素早かったため、イナンナの美しい剣身に黒い血液が付着しない。
解体用のナイフを使い、ロッドドッグの腹を裂いて魔石を探す。




