お願い
「オリオン様、良い子にしていないと、プレゼントがもらえませんよ」
「うぅ、俺様、ずっといい子だっただろう。別に悪いことなど全くしていないぞ」
「どの口がいうんですか……」
ヴィミは散々痴漢されたのを、一度も忘れていない。ベッドの上で縛られているオリオンを冷たい視線で見下ろす。
いつもなら、尻尾の先で身動きが取れない彼の体を擽っていたところだが、今日は違う。
「オリオン様、聖典式の日にお休みをいただけないでしょうか」
「なんだと。ヴィミ、お前、男ができたのかっ。だ、誰だその不届きものはっ。俺様の許可なく男と会うなど、許さないぞっ!」
オリオンはヴィミを家族同然に思っていた。
一二月二五日の聖典式も一緒に過ごす気満々だった。彼女にガーターベルトを履かせ、スカートを魔法でめくり、ウハウハするという完璧な痴漢計画が他の見知らぬ男に崩されるのは、我慢ならなかった。
「ず、ずっと寮の部屋の中にいるのに男ができるわけありませんよ」
「じゃあ、なぜ休むんだ」
「兄がその日に会わないかと誘ってくれたんです。帝国の民は聖典式に家族と過ごすのが習わしなら、私も兄と過ごしたい。奴隷の分際でおこがましいお願いかもしれませんが、またとない機会なんです。お願いします」
ヴィミは実の兄に会いたい一心で無理なお願いだと知りながら頭を下げた。
「ううむ、気になっていたんだが、ヴィミの文通相手は本当にお前の兄なのか?」
「間違いありません。だって、私のおっぱいにあるほくろの位置まで知っているんですよ。誕生日、産まれた場所、両親の名前、昔の思い出話まで。ここまで知っている相手は兄以外ありえません」
「だが、ヴィミの居場所をどうやって知ったのか見当がつかない。どうも、危険な臭いがする。あまり拘わり過ぎない方がいい」
「もし、この手紙の主が悪者だったとして、私に何の価値があるんですか? ただの奴隷ですよ。何の価値もない私を悪党がどう利用するって言うんですか」
「ヴィミは俺様のメイドだ。価値はある。ただの奴隷だと思ったことは一度もない」
オリオンはおふざけ一切なしに、黒い瞳をヴィミに向けた。
ヴィミは嘘偽りのない言葉を聞き、口がふさがる。ガヤガヤしていた部屋の空気が、静かな湖のように凪いだ。
「俺様にとってヴィミは大切な家族だ。危険な目に合わせたくない。もし、行くというのなら、おっぱいにあるほくろを俺様に見せてからしてもらおうか!」
オリオンは血眼になり、鼻息を荒くしながら叫んだ。物々交換するように、痴漢する高度な手段。
「せっかくいい雰囲気だったのに、全部ぶち壊しですよっ」
ヴィミは心がほんの少しだけきゅんとしていたのが嘘のように声を荒げる。
「だって俺様もヴィミのおっぱいのほくろ、見たいんだもん。俺様、ヴィミの兄みたいなものだし、見せてくれてもいいじゃないか」
「オリオン様に聞いた私がおろかでした。旦那様にかけ合わせてもらいます」
ヴィミはオリオンと話しても時間の無駄だと判断。彼の父、ポードンからの許可を承諾しようと考えた。
ポードンが案外ちょろいと知っている。家族愛を伝えれば簡単に許可が下りる気がした。奴隷だった自分を買ってくれて、メイドになれるよう教育を施してくれるほど優しい相手だ。
出来るならオリオンよりポードンに仕えたいくらい恩義がある。
ただ、公爵家の当主がバーラト王国出身のメイドをそばに置くなど不可能故、オリオンのもとにいる。誰が好き好んでこの男のもとにいたいと思う女がいるだろうか。
☆☆☆☆
「はぁ~くっしゅ! うぅ、今日も寒いですわね。昔みたいにリオンにくっ付いて眠りたいですわ……」
「アルティミス様、聖典式のパーティーにオリオン様は呼ばれないのですか?」
女子寮の一室。どこよりも高級感に満ちた部屋。
その中で妖精のように可憐な少女がベッドの上で本を読んでいた。
メイドが聖典式のパーティーの話を持ち掛けると、頬がぽっと赤くなり羽毛布団を顔までたくし上げる。熱った顔を隠した。
「だ、だって、パーティーといっても、家族だけしかいないのよ。リオンだけ読んだら、お父様やお母様が調子に乗るに決まっているわ。じゃあ、今日はアルティミスとオリオンは一緒の部屋で眠りなさいね。もう、成人したんだからねぇ~、なんて、おちょくってくるのよっ」
「……あり得ますね。ですが、アルティミス様はまんざらでもなさそうですが?」
「も、もうっ。あなたまでわたくしをからかいますのっ。だれもかれも、卑猥ですわぁ!」
あなたの許嫁の方が何倍も卑猥なのではと思うメイドだったが、アルティミスの反応が可愛すぎてほくそ笑むだけで済ます。
「で、でも、一応、お手紙は出しておきますわ。お食事だけでも、どうかしら、程度に……。まあ、最悪、もし、万が一、何かしらある可能性がなくもなくもないから、帝国で手に入る一番厭らしい下着を買っておいて!」
「招致いたしました。オリオン様が、下着を見ただけで鼻血を出してしまうくらいドエロイやつにしておきますね」
「ど、ドエロイやつぅ……」
アルティミスの顔は完熟したトマトを通り越し、蒸気機関車の心臓部のように燃え盛る。
オリオンの漆黒の眼差しを受けてしまうと考えるだけで頭に血が上り、気絶するように眠りに入る。
☆☆☆☆
一二月八日から一二日まで、ドラグフィード学園で期末試験が行われた。
中間試験よりも範囲が広く、多くの生徒たちの心を乾燥した小枝のようにボキボキと折った。
オリオンにとっては歯ごたえのある肉程度に楽しめる良問が多かった。勉強と睡眠で覚えた知識を活用できる至福の時間だった。
覚えた知識をいかんなく発揮できる試験とは、これほど楽しいものだったのかと実感。
緊張感のある中、問題を解いて、さらに思考力や問題解決能力が向上する。
試験終わり、教室の中は降り積もった雪景色を見ているようだった。
白い顔を浮かべる者が多い中、数カ所、ほくほくした顔を浮かべる者がいる。
勉強と試験が好きな変人たちである。オリオンもその一人だ。




