表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
眠れば眠るほど強くなる、肥満少年の英雄譚  作者: コヨコヨ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/62

幸せ

 一ヶ月前、バーラト王国で流行する疫病による死者が二千人を超えた。

 ルークス帝国の皇帝は自国民の安全を最優先し、バーラト王国におよそ三か月分の食糧と冬用の防寒具を送り届け、貿易の一時停止を決断した。

 だが、その際に届けられた食糧は疫病拡大初期にオリオンの父・ポードンが算出した想定量に基づくものであり、病人が激増した今では三ヶ月を待たずに底をついた。


 病人は増える一方、食料は尽きるばかり。

 まともな医療も受けられず、命を落としていくバーラト王国民たちのうめき声だけが、もはや留置所と化した医療施設に響き渡る。

 耳が敏感で共感性の高い者たちが多いため、そこはまさに死者が集う冥界のような世界だった。

 この惨状を生んだ元凶、それはバーラト王国を帝国の傘下に置き、人員も食料も吸い尽くすだけ吸い尽くし、用済みになれば切り捨てた、冷酷なルークス帝国に他ならない。


「このまま滅びるくらいなら、一矢報いるべきだ」


 そう決意したカルティクは同じ思いを抱く仲間たちと共に命を懸けて帝国への密入国を果たした。


「そこまで酷い状況になっていたのか……」

「だ、だが失敗すれば、俺たちは死ぬ運命だ。せっかくアシットさんに拾ってもらった命、無駄にしたくない」

「ああ、そうだ。アシットさんなら、そんなことするわけがないだろ。一度忠誠を誓った相手に牙を向けるなど、あの人が知れば怒るだけじゃすまないはずだ」

「父さんはもういない。国を守るためにバーラトの戦士として勇敢に戦って死んだ。なら、俺たちもそうするべきだ。帝国を崩壊させれば、バーラト王国は自由になれる。まだ、活路が見いだせるんだ」


 カルティクの声は誰か他の者に聞かれないようにするため、虫の羽音のように小さかった。

 だが、聴覚の鋭いバーラト王国民の三人は小さな声に宿る確かな熱い意思を聞き取った。それでも、あと一押し足りなかった。


「成功すれば、望を一つだけかなえてくれると協力者が言った。大金、若い女、帰国だってできる。このまま、のうのうと生きているだけの人生に意味はあるのか。バーラト王国に忠誠を誓った戦士の心は、もう帝国色に染まったのか」


 カルティクの言葉は敗戦から十数年経ち、燃え残っていた戦士たちの心に火をつけてしまった。

 失敗すれば死、成功すれば国の英雄となり、再度、王国を独立の道へと向かわせられる。他国の援助が受けられるようになれば、疫病も乗り越えられるかもしれない。

 酒を飲んで死人のように過ごす五〇年より王国のため、民のため、皇帝に牙を向け、一瞬の栄光を夢見て、命を燃やす方を選ぶ。


「作戦は?」

「魔物を利用する。協力者が魔物の危険度を増す薬物を作り出した。これで帝国を混乱させる。各地にばらまくために人手が必要だ。協力してくれ」


 カルティクはガラス瓶に入った赤色の液体を外套の内側からそっと見せる。イチゴやトマトよりも赤く、人の血に近しい毒々とした赤色だった。


「水や食い物に混ぜて魔物に与えれば狂暴になり、肉体も強化される。帝国の民が多くいる街の近くにばらまけば騎士や冒険者たちの気をそらせるはずだ」

「じゃ、じゃあ誰が、皇帝を……、こ、殺すんだ」


 カルティクは覚悟を決めた鋭い瞳を三名の男に向ける。それだけで男達は察した。


「決行日は?」

「一二月二五日。ルークス帝国民にとって最も大切な日。この日が皇帝の命日だ。その他の命令は随時。仲間の補充もかねて行うとする。皆で、バーラト王国を救うんだ」


 暗い空から降るのは純白の雪。戦火に降り注ぐ灰とは違い、柔らかく冷たい。

 雨ならば燃え盛る闘志を多少なりとも消せたかもしれない。


「老い先短い人生だ。後悔のないように生きようじゃないか」

「そうだ、そうだ。俺たちだってアシットさんがいなけりゃ、とっくに死んでいる身だ。俺の魂は未だに戦場にある」

「カルティク、暗い話ばかりでは息がつまるだろ。酒と女を摘まみに、英雄譚としゃれこもうじゃないか」

「ふっ……、お手柔らかに、頼むぜ。言っちゃなんだが、俺はまだ童貞だからよ」


 男達は冷える体にアルコールを入れ、心の燃料とする。

 体が燃えるように熱くなる。なのに、雪のせいか震えてしまうくらい寒かった。家族の温もりが恋しくてたまらない。だが、思い出と仲間たちが恐怖を打ち払うほどに身を高ぶらせる。


 ☆☆☆☆


 冬場でも活発に動くのは温かい家を転々とする人間と残飯を喰らう鼠くらいだろう。

 紐で縛られた豚肉のハムと熟成したチーズが冬場の食卓に並ぶのがルークス帝国民の幸せである。


「う、ううむ、ヴィミよ、なぜ縛るのだ。これでは、ヴィミの温もりが得られないではないかっ」


 オリオンはムチムチの体に紐が食い込むほど強く縛られ、ベッドの上で吊り上げられた魚のように藻掻く。


「私が眠っている最中に、布団の中に潜り込んでくるからです!」


 眠っている間はヴィミも無抵抗になるため、オリオンと同じ部屋で眠っている以上、痴漢を受けるのは致し方がない。

 しっかりと眠り、触られている自覚がなければ我慢できる。

 だが、寝起きと同時にオリオンがおっぱいに顔を埋めている状況を何度も経験すれば、野放しにされている豚を紐で縛らざるを得なかった。


「一人のベッドは寒くて寂しいではないかー。せっかく広いのだから、ムチムチのヴィミを堪能しながら眠りたい~。おっぱいの谷間、スハスハしたいぞ~」

「はぁ、冬休みに屋敷に帰る時は、絶対に別々の部屋にしてもらおう……」


 一二月に入り、あと半月も経てばドラグフィード学園は冬休みになる。

 その前に期末試験があるが、今のオリオンにとって恐怖するものではない。

 多くの者が帰省し、家族や恋人と一二月二五日を過ごすのが帝国で最も華やかで古い行事だ。誰もが、その日を待ち望み、幸せな気分になれる日。多くの者がその日のために勉強を頑張ると言っても過言ではない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ