新入生パーティー
九月七日、日曜日。
完全に休日であるため、オリオンは昨日の午後九時から一日中眠っていようと意気込みながらベッドに入った。
しかし、午前五時三〇分に完全に目が覚めた。大好きな二度目に入ろうとしたが、まったく眠くならない。
「寝汗がすごいな。眠れないし、風呂にでも入ってくるか」
広い浴槽はお湯が抜かれており、お湯に浸かれないがシャワーからお湯は出る。
風呂場で寝汗を流し、脱衣所で体操服を着こむ。腹が減ったため食堂に行くがまだ、朝食の準備中。
午前六時頃、乾いた空気に透けるような柔らかい日差しが空を照らし始める。
「……今日は休日だというのに、目が覚めてしまってはどうしようもないな」
痴漢が趣味のオリオンにとって、手を出す女がいない寮の中は暇で仕方がなかった。
勉強はすぐに覚えられ、一度こなせば綺麗に整頓された戸棚のように知識が納まる。
朝っぱらから楽器を鳴らすわけにもいかず、暇を持て余した。
自室で外を眺めていると外がやけに気持ちよさそうに見える。
気温の下がる夜から上がり始める朝にかけ発生した空気中の雫が、日差しを屈折させ、キラキラと輝いていた。
今、走ったら気持ちがいいかもしれないと思った。
「……何もしないよりは、マシか」
オリオンは敷布団で眠るヴィミの寝顔を見てから、外に出た。
女に抱き着きたいという気持ちがなくても今なら走れそうだった。
地面の感触を靴裏で確かめる。怪我しないように準備運動してから、裏庭でランニングを始める。
闘技場ほど広くはないが、外側を一周するだけで息が切れた。やはり、走るのは辛い。
なぜ、楽しそうだと思ってしまったのか、自分がおろかすぎて笑い、足を止めたくなる。
『皆さんは授業終わりに笑う体力があるの? ずいぶんと余裕が残っていますのね』
アルティミスが言い放った言葉が脳裏によぎる。
笑えるということは、まだ、余裕が残っているということ。
あの時の彼女は、場が凍てつくほど怒っていた。妥協する人間が嫌いなんだと察した。
アルティミスだけには嫌われたくない。その一心で、足を動かす。
せっかくシャワーを浴びたにもかかわらず、体操服と下着から雫が滴りそうなほど汗を掻いた。
だが、体が動かなくなるまで走り切れた。
裏庭に寝ころび、日差しに包まれ、走るのも悪くないなとほんの少しだけ思えた。
「さて、どうやって起き上がろう……」
体力を朝から使い果たしたオリオンは、立ち上がれなくなった。
全力を出し切れた爽快感は、ため続けた尿意をトイレで全開放した時と近しく、悔いはない。
「オリオン様、大丈夫ですかっ」
ヴィミは裏庭にやって来た。
目を覚ました時に主が見当たらず、寝ぼけてどこかに行ってしまったのではないかと心配になり探しに来たのだ。
「ああ、何ともない。ただ、体力を使い果たしてしまった……」
ヴィミに抱き起こされたオリオンは、お風呂場で再度シャワーを浴びた。
服を着替えてから食堂に足を運ぶ。その頃には、歩けるだけの気力が戻った。
いつも以上に料理を食べる。テーブルに大きな皿が積み重なる。
満腹になるまで食べ終えると、実に気分がよかった。
食堂のおばちゃんたちからのサービスが多く、通常の五倍は食べた。
☆☆☆☆
入学式から一週間がたった今日、パーティー会場で入学生歓迎会が午後七時頃から開かれた。
大半の者が出席し、男女でダンスを踊ったり、食事を楽しんだり、酒を軽く飲む者もいる。
「アルティミス様、ぜひ、私と一曲踊っていただけませんか」
「いや、そんな男ではなく、ぜひ私と一曲踊ってくださいっ」
「いやいや、頭の悪そうな輩ではなく、この僕と一曲踊っていただけませんか?」
「申し訳ありません。今日はそういう気分ではないのです」
アルティミスは白と青、紫を基調としたドレス姿でパーティーに出席した。
華やかな舞台は慣れている。男からダンスに誘われるのも当たり前。
食事、会場、男、どれもこれも、自分を輝かせるための一部に過ぎない。
綺麗にまとめられた金髪を撫で、一部を耳に掛けながら絵画通りの笑みを浮かべる。
彼女が一礼すれば、他の男達は何の文句も言わず彼女の前から去る。
そのまま、別の女にアプローチを掛けに行く。はなから姫と踊れると思っていない。姫を立てるための形式のようなものだ。
「アルティ、物調ずらすぎない?」
「そうかしら、綺麗な笑顔だったでしょ」
白と赤茶を基調としたドレスを身にまとったアメリアがアルティミスのもとに寄る。
胸の膨らみが、アルティミスの四倍はあった。
張り付いた笑顔が崩れかけたが、公の場で素を出すわけにいかない。作り笑顔を維持し続ける。作り笑顔は慣れっこだった。
「今日はやけに胸もとが広いドレスを着ているのね。珍しいじゃない」
「うぅ、言わないでよ……。お父さんが、良い男を見つけてくるんだぞって張りきっちゃって。こんなの、私の趣味じゃないってわかってるでしょ」
櫛で丁寧に整えられた茶髪と赤茶のドレスの相性は抜群だった。
普段、アメリアは滅多に化粧せず肌を曝さない。制服以外は地味な服しか着ない。
綺麗に化粧し着飾った時の変化は同じクラスの女子や男子が彼女だと気づく者がいないくらいだった。
そのため、同じクラスの男子からダンスに誘われて自己紹介される始末。実に不愉快極まりない。
「それくらいわかっているわよ。でも、凄くよく似合っているわ。このわたくしが羨ましく思うのは、あなたくらいなのよ。もっと自信を持ちなさい」
アルティミスは成長の遅い胸に手を当て、堂々と自分の親友を褒めたたえる。その時の笑顔は男に向ける作り笑顔より、何倍も彼女らしかった。




