モテモテ、ライアンが。
「おお、起きたか。ずいぶん、気持ちよさそうに眠っていたな」
目の前にいるのは、無償髭を生やしたおじさん。担任のアレックスだった。
オリオンは目覚めは良いが、悪いという何ともいえない気分になりながら、上半身を起こす。
さすがに倒れている生徒がいて、その者が公爵家ともなれば、アレックスも気が気ではなかった。
憎たらしいくらいに気持ちよさそうに眠っていたため、何ら問題ないと判断し、その場で休ませていた。
オリオンが眠りだしてから二〇分ほど。授業が丁度終わったところだ。
「立てるか? その体じゃ、一.五キロメートル走るだけでも辛かっただろ」
アレックスがオリオンに手をさし伸ばすが、オリオンは必要としない。
肉体に披露は一切残っていなかった。
逆にさっきよりも体が軽いと思うほど。すっと立ち上がるのは難しいが、のっそりと立ち上がるのは余裕だった。
「気づいたら眠ってました。すみません」
オリオンは悪いと思ったらちゃんと謝れる。
公爵家に頭を下げられたら許さないわけにもいかず、アレックスは彼の肩を軽く叩き、整列するように促した。
他の生徒たちは、オリオンのあまりにだらしない姿を見て、小さく笑う。
ルークス帝国全土から集められているため、ドンロンスクールで彼と共に学んだものは少なかった。
そのため、オリオンが一.五キロメートルを走り切れた凄さにほとんどの者が気づいていない。
「皆さんは授業終わりに笑う体力があるの? ずいぶんと余裕が残っていますのね」
全身に汗を掻き、全力を出し切ったといわんばかりのアルティミスは周りの笑い声を一言で黙らせる。姫の一言の威力は絶大だった。
(ほんとおバカな人達ですわ。リオンが完走できたなど、奇跡と言っても過言ではないのに。あぁ、誰もいなかったら、リオンを盛大に褒めてあげたい。抱きしめて、頬にキッスして、頭よしよししてあげたい)
アルティミスの冷徹な仮面の裏に隠れた本性を知るのは、おそらくアメリアただ一人。
「皆、お疲れさま。体力は勉強や実技、どちらにも必要な力だ。日頃の訓練を怠らず、精進するように。リオン、次も居眠りしたら減点だからな」
教師として仕事をある程度こなしたアレックスはさっさと授業を終わらせた。
パッと見で、優秀な者が一パーセント。それ以外は普通。オリオンは雑魚という評価を下す。
(まあ、ああいうやつが一番伸びしろがあるんだよな……)と口に出さず、あくびを噛み締める。
☆☆☆☆
九月六日土曜日。寮生活とはいえ、土日は休日になっている……わけではない。
土曜日は寮の中で授業があり、完全に休みは日曜日だけだ。
数学、経済学、外国語といった爵位を継ぐ者として必要になってくる教育を施される。
「はぁ、ほんと難しいね、勉強……。もう、頭がパンパンだよ」
寮の教室でライアンは分厚い数学の教科書を見つめながらぼやいた。
「そうかぁ?」
オリオンはドラグフィード学園に入って勉強が難しいと思った覚えが一度もなかった。
というのも、難しい内容でも、一度眠ってから勉強し直すと、すらすら解けるようになった。
もちろんただ暗器しているわけではなく、理屈も理解できている状態で記憶できている。
「リオン、頭がいいんだね。羨ましいぃ~」
「なんだと、俺様が羨ましいだって? それはこっちが言いたいぞっ」
ライアンは入学してから一週間で女子からすでにモテモテだった。
甘いマスクに、男らしい体、優しくて紳士的、貴族、それだけでいったい何人の女からアプローチを受けたか。
実に羨ましい。彼のクラスにアルティミスもいる。
オリオンは、アルティミスがライアンに恋してしまうかもしれないじゃないかと、危機感を募らせた。
「いや、僕はモテていないよ。女子が沢山話しかけてくるだけだって」
「それでモテていないだなんて、言うんじゃねえっ」
オリオンはライアンの胸ぐらをつかみ、ブンブンと振り回す。
周りからうるさいぞ、と声が響くが「ライアンは女子からお菓子を貰っているらしい。なんなら一緒に昼食を取っているんだぞっ」と叫ぶや否や、その場にいた者たちは皆、オリオンの味方に付いた。薄情な者たちである。
寮の授業は午前中で終わり、昼から自由時間。
オリオンは学食で山盛りの料理を食らったあと、自分の部屋に戻った。
ヴィミに食事をとらせ、その姿を隣に座りながら観察する。
「えっと、食べにくいんですが……」
「俺様も女子と一緒に食事している雰囲気を味わいたいんだ」
「クラスの女子に混ぜてもらえばよろしいのでは?」
「どうも、俺様の近くにいると食欲が減るらしい」
そりゃあ、じっと眺められながら食事など出来ないよなと、容易に女子生徒の気持ちを察するヴィミだった。
学生と同じ食事をとらせてもらっている傍ら、オリオンの命令を聞かないわけにはいかない。
おっぱいを揉まれるよりも食べている姿を見るだけで気が済むのなら安い代償だと思い、美味しい肉を微笑みながら食らう。
「やはり、ヴィミは料理をうまそうに食べるな。俺様、また、腹が減って来てしまった」
オリオンは軽食用の小さなパンが入ったバスケットに手を伸ばし、ヴィミと二回目の昼食を楽しむ。ただのパンだが、心許せる相手と一緒だと何倍も美味しい。
ヴィミも平日はいつも一人で食事しているため、奇しくも主と共に食べる料理は一段と美味しく感じた。
彼女の食事が終わるとオリオンは体操服に着替える。その後、共に寮の裏庭に出た。
「オリオン様、熱があるのでは? もしかして、悪い魔法に掛けられたのでは。ど、どうしましょう、早くお医者さんに見せないと……」
ヴィミは外で運動しようとしているオリオンのデコに手を当ててる。熱を測り、平熱だと知る。
だが、何かしらの魔法を掛けられているのでは疑い、体をまさぐる。特に変わったところはない。
「体育の時間に眠ってしまわないよう、少しでも体力を付けなければならないのだ。単位を落としたとアルティミスに知られたら、どれだけ幻滅されるか。頼む、ヴィミ、一肌脱いでくれっ」
オリオンは運動嫌いだが、アルティミスに嫌われるのはもっと嫌だった。
そのため、このままだと体育の時間に同じ結果になると察し、少しでも体力を付けようと考え付いた。
その姿勢を見て、ヴィミは不意に泣いてしまいそうになる。
主に頼まれたら断れないのがメイドの性。




