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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Closer.01 はじめてのおつかい

作者: 槙野 シオ

「ねえルフェルぅぅぅ……いいでしょぉぉぉ」

「駄目だよ」

「どうして! わたしにだってできるのに!」

「ノエル……ひとりじゃないといけない理由を言ってごらん?」

「それは……ひとりが、いいから……」

「駄 目 だ よ」

「なによ! ルフェルのケチ! わからずや! おんなたらし!」

(たら)してない!」


誑したか誑してないかは問題ではないにも関わらず、ルフェルは何か重大なことを否定しなくてはならないような気持ちになり、そこだけは力強く否定した。言った本人はその意味がわかっていなかったが、確実にダメージが入るひと言としてルフェルとの言い合いにはこの言葉を多用した。


「大体、どこでそんな言葉を覚えて来るんだ」

「スケコマシ」

「こましてない!」


ノエルはぷくっと桃色に染まった頬を膨らませると、キッチンにある「吊戸棚用の椅子」に座り、所在なげに両足をぷらぷらと振り続けた。ルフェルはその足元にしゃがみノエルと視線を合わせようとするが、ノエルは頑なに顔を背けルフェルの存在を真っ向からシカトし続けた。


「ノエル……ご機嫌直して欲しいんだけど」

「……ルフェルのばか」

「うん、ばかでもいいからご機嫌直して欲しいんだけど」

「ルフェルなんてきらい」

「……えっ」



───



ノエルは居間のソファで読み終えた本をぱたっと閉じると隣を確かめた……が、ルフェルの姿はそこになかった。一体どこにいるのかな、とソファから立ち上がりキッチンを覗くと、吊戸棚用の椅子の前でしゃがみ込んだまま動かないルフェルの後ろ姿が目に飛び込んで来る。


「ルフェル……ずっとここにいたの?」


微動だにしないルフェルを不思議に思ったノエルは、ルフェルの正面に回り顔を覗き込んだ。


「どうしたのルフェル……どこか痛いの?」

「……痛くない」

「じゃあどうして泣いてるの?」

「だって……ノエルが、嫌いって……」

「そんなことでずっと泣いてるの!?」

「そんなこと、なんかじゃないよ! 僕にとっては死活問題だ!」

「しかつもんだい……が、わからないけれど……ごめんなさい」

「……なぜノエルが謝るんだい?」

「きらいだなんて……思ってないよ、ルフェル。だいすき」


ノエルはルフェルの頭を抱えると、その白銀色に輝く髪に優しくキスをした。ルフェルはノエルの小さな身体を抱き締め、浅い溜息を吐いたあと「僕の負けだ」とつぶやき、鉛を飲み込んだかのように重くなる胸を堪えながら「わかったよ」とノエルの頬を両手で包む。


「……わかったって、何が?」

「ひとりで行きたいんだろ?」

「いいの!?」

「シカトされた挙句に嫌いなんて言われるくらいなら……でも、今回だけだよ」

「ありがとうルフェル! だいすき!」


僕も大概弱いよな、と思うルフェルの横で、嫌いという言葉の効果効能をノエルは学んでいた。



───



「いいかい? 村の中心にあるバザー以外には行っちゃ駄目だよ?」

「うん、わかった!」

「何が欲しいのかわからないけど、大抵のものはバザーで手に入るはずだから」

「うん、大丈夫!」

「寄り道しないで、真っ直ぐ帰って来るんだよ?」

「うん、任せて!」

「小川にも、薔薇園にも、牧場にも、教会にも寄っちゃ駄目だよ?」

「わかってる! すぐ帰って来るから!」

「……やっぱり……」

「ルフェル……みんなお使いくらいひとりでしてるの……わたしだけ仲間外れに」

「わかった、ごめんよ……」


ノエルは、ルフェルが用意したショルダーバッグに財布を入れると、大事そうにバッグを抱えながら元気よく玄関の扉を開け「いってきます!」とその顔に満面の笑みを浮かべた。心配そうに笑うルフェルに、「……着いて来ないでね」と言い含めることも忘れず、残されたルフェルは肩を落としたままノエルの姿をいつまでも見送った。



───



「ひとりで出掛けることには成功したけど」


考えてみたら……出掛けることばっかりにいっしょけんめいで、肝心なこと忘れてた……わたしの誕生日にはいつもケーキを用意してくれるけれど……ルフェル、何をもらったらうれしいのかな。いつも読んでる本はむずかしい言葉が並んでて楽しいってわけじゃなさそうだし……ふく? くつ? ……まるできょうみなさそう……


ルフェルはいつだってわたしの欲しいものをくれるし、いつだってわたしをしあわせにしてくれるのに……わたし、ルフェルの欲しいものひとつ思い付かない……それより何より……わたし、ルフェルの誕生日すら知らないじゃない!! ああ、なんてこと……天使さまにも誕生日くらいあるよね……


誕生日でもないのにおくりものっておかしいかしら……でもわたし、いつももらってばかりで何も返せてないんだもの。わたしだってルフェルに、わたしと同じようなしあわせを、感じてもらいたいなあ。


バザーに着いて実際に並んでいる商品を見てみれば、これだ、と思うものがあるかもしれない、とノエルは気を取り直しバザーへと急いだ。いつもならルフェルと一緒に、髪をなでるそよぐ風を胸いっぱい堪能しているはずの通り道も、今日はとても遠く感じる。



それから無事、バザーに着いたノエルは「よしっ」と意気込んだ。たくさんのひとで賑わうバザーは端が見えないくらいまで両端に店が並んでいる。きっと「これだ」と思えるものが見つかるに違いない。



───



「おじさん、この子どれくらい長生き?」

「そうだねえ……大切に育てれば十年から十五年は生きるよ」

「十年から十五年かあ……」


ノエルは水槽の前で足を止め、ゆるりと泳ぐ金魚に目を奪われていた。それって長いの? 短いの? わたしはいま十歳だけど、わたしより長生きってこと? ひらひら、赤い尾びれかわいいなあ……黒い子と一緒だったらさみしくないかな。ルフェルとわたしみたいに……あ、ルフェル!


「お嬢ちゃん、二匹飼うならおまけするよ」

「ううん……わたし、お使いのさいちゅうだった……」

「そうか、何を買いに来たんだい?」

「ねえおじさん、おじさんがいま一番欲しいものってなあに?」

「え、そりゃ随分と唐突だねえ……うーん……健康、かな」

「けんこう?」

「うん、健康だね。最近ちょっと病気をしちまってねえ……健康が一番だって思ってるとこさね」

「そっかあ……おじさん、ありがとう。お大事にね」


ノエルは水槽の金魚にバイバイ、と手を振り、金魚売りの店主に礼を言うと再びバザーの中を歩き出した。けんこう……ルフェルはいつも元気だから……いまはいらないかなあ。さまざまな店が軒を連ねる中をぶらぶら歩いていると、お嬢ちゃん、と声を掛けられノエルは立ち止まった。


「お嬢ちゃん、ひとりで買い物かい?」

「そう、ひとり! はじめてなの!」

「へえ、そりゃ偉いねえ! どうだい、気に入ったものは見つかったかい?」


色とりどりの布が並ぶ店先で、店主の女はノエルの頭をポンとなでた。わあ、いろんな布がある! すごい、この布なんてかるいのかしら! 光にとけてきらきらしてる……きれい……


「ふふっ……その布はね、ペルシア産の絹で店に並ぶことも珍しいんだ。お嬢ちゃん、お目が高いね」

「きぬって、こんなにかるくてきれいなのね! ルフェルなら緑色が似あうかなあ……あ、ルフェル!」

「ルフェル……? あ、彼氏へのプレゼントかい?」

「か……かれしって! そ、そんなんじゃないけど」

「まあまあ照れなさんな。そうだねえ……彼氏、いくつなんだい?」

「え……いくつだろう……わたしより年上だと思うけど……」

「お嬢ちゃんくらいの歳には、絹のショールなんかはまだ早いんじゃないかねえ」

「それより……そんな大金、ないよ……」


店主の女は「そりゃそうだねえ!」と笑いながら店の奥に消えたかと思うと、何かを持ってノエルのそばまで戻って来た。


「気に入ったものが見つかるよう、おまじないだ」


店主はノエルの前でひざまずき、ノエルの肩に掛かっているショルダーバッグのストラップにきらきらと光る絹のリボンを結び付けた。緑のリボンとピンクのリボンが風にひらりと揺れ、ノエルは目を丸くする。


「わあああ! ありがとう! とってもすてき!」

「ふふ、端切れだけどね。お嬢ちゃんと、彼氏の分」


気を付けて行くんだよ、と主人に送り出され、ノエルは上気した頬を輝かせながら手を振り再び歩き出した。でも、あの、かれしじゃ……ない……けど……ショルダーバッグの緑のリボンを見て、ノエルは赤くなった顔をパタパタと手で扇いだ。



気になるものに足を止めては本来の目的を思い出し、店主に声を掛けられては楽しく談笑し、そしてまた本来の目的を思い出しながら、ノエルは思う存分バザーを満喫していた。しかしまだルフェルへの贈り物は決まっていない。


新鮮な野菜と果物が山積みになっているところで、ノエルは困ったなあ、という顔で足を止めた。もうほとんどのお店をまわったけれど、これってものにまだめぐり合ってない……野菜やフルーツは……ちょっとちがう……


「いらっしゃい……あら、お嬢ちゃんひとり?」

「そうなの、ひとりで買いものに来たんだけど……」

「まあ、偉いわねえ……それで、何をご用意しましょうか?」


生鮮売り場の若い女がノエルに訊ねると、ノエルはうーん、と唸ったまま動きを止めていた。店の奥から女の夫と思しき男が現れ、「どうしたんだ?」と女に訊ねる。


「わかんない……何をご用意しましょうか、って訊いたんだけど」

「おや……お嬢ちゃん、何を買いに来たんだ?」

「うん……あのね、買うものは決まってないの」

「決まってない? ええと……何に使うのかな」

「使うのはわたしじゃないの」

「ええと……使うのは、お母さん? お父さん?」

「そのどっちでもないんだけど」

「ああ、じゃあ……お兄さんお姉さん弟さん妹さん、おともだち」

「うーん……そのどれでもないっていうか……」

「おじいちゃんおばあちゃん……あ、恋人とか?」

「こっ……こいびとって……あの……」

「ちょっと、こんなちっちゃな子になに言ってんのよ……」

「誰かを好きになるのに、年齢なんて関係ないだろ」

「あの、あのね! おくりものをしたいんだけど……何がいいかわからなくて」

「ああ、プレゼントなのね。そのひとは、どういうひとなの?」

「えっと……背が高くて、手が大きくて、声が低くて、ひとみがね、緑色でとってもきれいなの。かみは白銀色でおひさまの光にきらきらしてて、あったかくてやさしくて……えっと……あ、キッシュを作るのが上手!」

「お父さん……じゃ、ないのよね?」

「うん、お父さんじゃないんだけど、いつもやさしくしてくれるから、わたしも同じようにしたいの」

「どういう間柄か、にもよるけど……そのひと、いくつくらい?」

「さっきもきかれたけど……いくつなんだろう……」

「こども? それとも大人? キッシュが得意なら大人かしら」

「おとな……だと思う……」


よく泣いてるけど、と思ったがノエルはそれを声に出さずに飲み込んだ。


「そのひとが欲しいもの、思い付かない?」

「うん……ずっと考えてるんだけど、何も浮かばなくて」

「そっか……そりゃちょっと難題だなあ」

「ねえ、おねえさんとおにいさんが、いま一番欲しいものってなあに?」

「おれたちかい?」

「そうね……わたしは一番欲しいものを手に入れたから……」

「一番欲しいもの、なんだったの?」

「……このひとよ」

「……!!」


女の答えに、男は目を見開き驚いた。見るみる赤くなる男を、ノエルは「ゆでたタコみたいだなあ」と思いながらも、なんだかこのふたり、すてきだなあ……と胸を弾ませた。


「おにいさんは? 一番欲しいもの、なあに?」

「や、おれは、その……なんだ、そうだな……一緒に……ずっと一緒にいられるといいな……って」

「おねえさんといっしょに? それが欲しいもの?」

「……モノよりそっちがいい、かな」

「あのね、さっき金魚屋のおじさんはね、欲しいものはけんこうだって言ってたの」

「健康もとても大切ね。わたしもこのひとには健康でいて欲しいわ」

「でも……おくりものとしては、ちょっとむずかしくない?」

「お嬢ちゃんの言うそのひとも、欲しいのはモノじゃないのかもしれないわよ?」

「モノじゃ……ない……」

「あなたの笑顔とか健康とか……一緒に過ごす時間とか」

「いっしょにすごす時間……」


ノエルはハッと何かに気付いたように顔を上げ、突然急いでいるような様子で所狭しと並んでいる野菜と果物に目をやった。



───



「おねえさん、ありがとう! あ、おにいさんも!」

「気を付けて帰るのよ? 陽が暮れ始めてるから、急いでね」

「うん、また来るね! 今度はいっしょに来るから!」

「ええ、待ってるわ」

「気を付けてな! 転ぶんじゃねえぞ!」


ノエルは小さな手を一所懸命振り、そして家へと走り出した。ルフェルにあいたい、いますぐあいたい。わたしがおくりものを選んでる間、ルフェルをひとりぼっちにしちゃった……わたしもひとりぼっちで、いっしょにいられる時間を別々にすごしてしまった……あいたい……いますぐ、ぎゅうってしたい。


もつれそうになる足をなんとか踏み出しながら、ノエルは家路を急いだ。小川も、薔薇園も、牧場も、教会も、ルフェルと一緒じゃないと楽しくない、そう思いながら息を切らす。


「……お嬢さん」


なによ、わたし急いでるの……ルフェルが、ルフェルがひとりで待ってるから ──



───



「…………遅い」


居間のソファに腰をおろしていたかと思えば、ダイニングの椅子に座り、キッチンの椅子に腰掛け、再びソファに身体を沈め、ルフェルはいま玄関の扉の前で立っていた。


ここからバザーまで、大人の足で十分くらい……ノエルなら十五分から二十分くらいだろう……往復する時間と、バザーの中を見てまわる時間を考えても……どれだけ多く見積もっても、もう帰ってるはずの時間はとうに過ぎてないか? 家を出てからすでに五時間も経ってるのに……何より外はもう真っ暗だ。


過保護なのかもしれないけど、心配性なのかもしれないけど、干渉し過ぎるのかもしれないけど……規格外に可愛いノエルがひとりで歩いてたら……いや、信じよう……信じたい……でも、遅い。着いて来るなとは言われたけど、もう探しに行ってもいい時間じゃないか? 外は真っ暗だし……もう……いいよな?


迂闊に探しに出た先でノエルとばったり逢ってしまうと、わたしを信用してない! と、またノエルに叱られるかもしれない……ルフェルは怯えながらも、心配する気持ちが時間と共に膨れ上がり、居ても立っても居られない状態になっていた。ノエルに逢ったら……買い物に行こうと思ってたということにしよう。



すれ違いで帰って来たノエルのために、ルフェルは玄関のポーチに並んでいる植木鉢の下に鍵をひそませた。すれ違うことは……まあ、ないんだが……家からバザーまでの道は一本道だ。迷子になることも……絶対にない。(はや)る気持ちを抑えながら歩くルフェルの爪先に、何かがコツンと当たり、立ち止まって爪先に引っかけた物に目を凝らす。


「……ノエルの……サンダル?」


次の瞬間、流れてもいない血液が逆流するような感覚に陥り、ルフェルは辺りの気配に神経を研ぎ澄ませた。


この辺りに……身を隠せるような場所はない。変わった音がしないということは……誤って小川に落ちたわけでもなさそうだ……連れ去られたのだとしたら……もう気配を追える時間は過ぎている。ひと(さら)いや変質者の話は聞いてない……落ち着け……考えろ……


手に持ったサンダルをもう一度確認し、ノエルのもので間違いない、とルフェルは眉間にしわを寄せた。その時、サンダルに小さなシミを見つけ、それを指先で触ってみる。


「……血液」


ノエルの血液ではなく……天使の!? 待て、なぜ大天使(アーク)の血液が付着してるんだ? 地上で天使が流血することなどあるはずがない……いや、流血するような事件に巻き込まれたアークがいたとしたら? 奈落(アビス)魔界(フィンド)絡みなのか? どちらにせよ付着している血液はアークのもので間違いない……だとすれば……



ルフェルは教会へと急いだ。村にあるたったひとつの教会は、日頃から地上の天使たちが身を寄せ合う場になっている。状況が掴めない、一刻を争うかもしれない、ノエルが危険に晒されているかもしれない……怒りと不安で我を忘れそうになるのをなんとか堪えながら、ルフェルはただノエルの無事だけを祈った。



───



教会に着いたルフェルは入口の扉を力任せに蹴破り、滅多に出すことのない大声を張り上げた。


「出て来い!!」


扉が砕ける音と、ルフェルの怒声に(おのの)きながら天使たちが集まって来る。


「だ……大天使長さま……!? どうなさったのですか!?」

「怪我をしたアークを出せ……」

「怪我をしたアーク!?」

「聞こえなかったか」

「いえ、あの、少々お待ちくださいませ」

「何かあったら……おまえら全員命はないと思えよ……」


何かって! 一体何があるんですか! 天使たちは泣きながら、眠っている天使を順番に起こし始めた。あの破砕音と怒声が響く中でよく眠っていられるな……と、天使たちは眠っている天使を揺さぶり起こし、大天使長の荒々しい訪問を告げる。


「あ、あの……大天使長さま……」

「……早くしろ」

「怪我をしたアークが……三名いるのですが……」

「このサンダルに見覚えのある者は」

「……あ、それは」


声を発したアークは、ルフェルに腹を蹴り抜かれ大きく飛んだ。アークが呻き声をあげながら身体を丸めていると、ルフェルはそのアークの髪を掴み身体を引き起こす。


「何があった」

「だ、大天使長さま……なぜ」

「答えろ」

「あの、お話しますので……落ち着いて」

「いますぐ死にたいか?」

「お慈悲ですから……落ち着いてください……」


── 本日最後の案内を終えたあと、教会へ戻ろうとしたのですが運悪くアビスの堕天使に絡まれまして……構うとしつこいので無視して歩いていたのですが、そこで小さな女の子と出くわしてしまい、痛、痛いです落ち着いてください……それで、あの、堕天使の気が逸れるのは(まず)いと思い追い払おうとしたのですが……


思いの外相手が強かったものですから支援要請をしまして……堕天使のほうは防衛総局の戦闘部隊にお任せして、女の子が怯えていたので痛いです痛いですあの、それでですね、慌てていたのでサンダルを落としたことには気が付きませんでしたが、女の子を家まで送り届けまして……


「……送り届けた?」

「はい……徒歩だと危険なので、空から……」

「空を飛んで? 女の子を抱えたまま?」

「はい、落とさないよう細心の注意は払いました」


ルフェルは掴んでいたアークの頭を力一杯地面に叩き付け、もう一度髪を掴み身体を引き起こすと耳元で囁いた。


「送り届けたことは褒めてやろう……だが、次から手段は考えろよ……」



ルフェルが教会から出て行くと、嵐が過ぎ去った痕跡を茫然と見つめながら天使たちはいつまでも震え続けた。



───



「ルフェル! どこに行ってたの!?」

「ごめんよ、ちょっと用事ができて……」

「心配してたのよ! こんな時間になっても帰って来ないから!」

「うん、ごめんよ……」

「もう外は真っ暗だっていうのに! 危ないでしょう!?」

「う、うん……ごめん……」


家に帰ると、いきなりノエルから叱責されたルフェルは脱力していた。いや、そもそもきみがもう少し早く帰ってくればこんなことには……


ノエルはルフェルにしがみ着き、しゃがんだルフェルの頬にやわらかくキスをした。


「ノエル……」

「おかえりなさい、ルフェル」

「ただいま」

「ルフェル、わたしがいなくて寂しかった?」

「うん、寂しかった」

「わたしもよ、ルフェル。ひとりでいることがこんなに寂しいなんて、知らなかった」


ノエルの小さな身体をぎゅうっと抱き締め、ルフェルはやっと安心できる、と浅く溜息を吐く。ノエルがいなくて、ひとりきりで、本当に寂しかったんだよ。寂しくて、心配で、不安で、すぐにでも飛んで行きたいって、何度も思ったんだ……


「あ、そうだ。わたしね、天使さまに送ってもらったんだけど」

「……うん……」

「初めて空を飛んだの! 楽しかった!」

「……そう、か……でも危ないから」

「ルフェルも翼あるんだから、抱えて飛んでよ!」

「駄目だよ」

「どうして! ルフェルだって飛べるんでしょう?」

「ノエル……飛んでるときに何かあったらどうするんだい?」

「それは……そのとき……考える」

「駄 目 だ よ」

「なによ! ルフェルのケチ! わからずや! おんなたらし!」

(たら)してない!」


余計なことを教えてくれたもんだな……あのアーク、あの場で(とど)めを刺しておけばよかったんじゃないのか……この先、抱えて飛べなんていう無茶なお願いごとが増えるに決まってる……そのたびに……罵倒されるんだ……アークめ……



───



次の日、そういえばノエルが欲しがっていたものって何だったんだろう、とルフェルは訊ねた。


「何を買って来たんだい?」

「えっと……あの、ね……」

「うん?」


ノエルは少々困った顔をしながら、ショルダーバッグから紙袋を取り出し、それをルフェルに手渡した。


「……じゃがいも?」

「う、うん……お店のひとと仲良くなって……それで……」

「そっか、今度紹介してくれるかい?」

「うん! とってもすてきなふたりなの!」


ルフェルは優しく笑いながら、キッシュ食べる? とノエルに訊いた。それから、じゃがいもなら一緒に買いに行ってもよさそうなものだけど……ひとりで何かを成し遂げることが重要だったのかもしれないな、とひとりうなずいた。



── わたし、じゃがいもの皮をむくのは得意なの。わたしがむいたじゃがいもで、ルフェルがキッシュを作ってくれて、おいしいねってふたりで食べて、わたし、そんな時間をいっしょにすごすことがしあわせなの。だから……わたしからのおくりものは、 "ふたりの時間" 。



……これ、おくりものになってるのかなあ。

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