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壮大に何も始まらない

作者: スミスミス

 会社の帰り道だった。

 別にブラックというわけでもなく、かといえば決してホワイトではない会社からの帰宅路をとぼとぼ歩いている。

 将来の為に貯蓄しなくてはいけなくて、そういうのは日々の小さな無駄遣いから是正しなくてはいけないとはわかっていたが、今日もスーパーで惣菜パンと缶コーヒーを買ってしまった。

 定価販売のコンビニじゃないだけ多少は理性を働かせたと褒めて欲しい。

 いやまぁ鋼の自制心があればこれは削れる経費なのだが、残念ながら俺はそんなに強くなかったのだった。

 これからクッソ長いローン地獄のために節約はマストなのに……。

 そんな軽い自己嫌悪感を胸に燻らせながら帰路についているとふと、進行先の公園になにかが落ちているのに気づいた。

 ゴミではない、それは大きい。

 縦長で半分が草むらに隠れていて、もう半分が道にはみ出している。

 すごく、嫌な、予感がした。

 別にあそこを通らなくても帰れる。少しだけ遠回りすればいいだけだ。

 あれにかかわらないのが吉だ。だから身を翻してかかわらないルートを選ぶべきだ。遠回りもちょっとだけで致命的に帰宅が遅れるというわけでもない。


「…………」


 だけど、三歩ほど歩き考える。

 俺は、この判断を後で悔やまないだろうか?

 自分でいうのもなんだが、俺は小さな事でも傷つき、信じられないくらいズルズルと引きずる。

 ヒドいときには不調を来すこともある。とんだビビリストだ。

 これを放って帰ったらあとで後悔に苛まれやしないだろうか?

 するだろうなぁ。俺ってばそういう生き物だ。我ながらなんて生きづらい生き方をしているのだろう。嗚呼無神経に生まれ変わりたい。

 あとで後悔するくらいならやるだけやって後悔しよう、この後悔ならば少なくとも反省ができる。無視した結果どうなったか不明だからどう反省すべきかもわからないよりはよっぽどいい。

 ならばとどう転んでも後悔しかないクソみたいや未来に決意を固めてそれのそばまで歩いて行くと。


「マジかぁ……」


 見間違いなどではなかった。

 日々どれくらいそれを、それらを見ているか計り知れない。

 どこにでもいる、これに関わらないことが吉。絡まれでもしたら大変にめんどい。

 今日も帰宅路の途中に酔い潰れて寝転んでいるそれを何人か見た。

 景観を汚す迷惑極まりない自分の限界を理解しない愚か者ども、酔っぱらいと同様。

 そこにはヒトが倒れていた。

 先程あれだけ酔っぱらいに対する嫌悪感を露わにしながらこのヒトは別に酩酊しているわけではなさそうだった。綺麗な顔に不自然に赤みがさしているわけでもなさそうだ。

 それにしてもこの大変に目を惹くこの衣装、コスプレじみたヒラヒラの衣装ではあるのだが、なんというかいきなり矛盾しているのだがコスプレ衣装じみていないというか、布に厚みがあり実用に耐えうる構造をしているというか、たぶんこの倒れているヒトは日常使いしてこの衣装を使用している。

 顔は美人と称していいと思う。というかそう称するしかない。

 大変整ったお顔をしている。顔のパーツが日本のそれではない。わかんないけれど北欧とかそっちにルーツがある気がする、物語の中から出てきたかのようにキラキラ透き通っていてなんとも妖精的だ。

 極めつけは髪。光を反射する鈍い銀色だっだ。

 倒れているからまるでキャンバスに銀糸をぶちまけたようで、電灯のわずかな光を逃がさずに余すことなく鈍色を反射している。

 道ばたですれ違ったら百人中九十人くらいは振り返るような、衣装も含めて目の覚めるような美人がそこには倒れていた。

 もしもこのヒトとすれ違ったら俺は間違いなく振り返る。美人なのと、その華美な衣装に惹かれるのは目に見えている。

 子供じみた純粋な好奇心と大人の汚ねぇ肉欲が入り乱れたよくわかんねぇ感情を抱くことだろう。

 道ばたで異世界じみた美人が倒れていて、それを助け起こせるのは現状俺だけ。

 まるで非日常が手招きしているようだった。

 まるでここらか退屈な日常を尊ぶことになるような日々が始まるかのようだった。


「ううん……」


 異世界じみた美人がうめき声をあげて寝返りをうつ。

 煽情的な吐息に柔らかそうな唇、ヒトによってはこの段階で間違いを犯しかねない色っぽさだ。

 衣装のヒラヒラに鈍く輝く銀の髪がそれに追従してなんて精緻な芸術品だ。

 俺は異世界転生だとか異世界転移だとかそういう書物を嗜んでいる。そういう状況に憧れを抱いている。

 インスタントに超常の力を得て、美少女や美人と仲良くよろしくやって、世界を救ったり滅ぼしたりどうこうするような物語に憧れを抱いている。

 これはそれらへの誘いとしては有り余る。そういうエピローグにしか見えない。

 手を差し伸べて起こそうとした。非日常へと手を伸ばした。

 働いて働いて人生かけてローンを返して、あるゆる要因が絡み合う未来には不安しかなくて、絶望で叫び出すほどではないけれど不安という真綿が常に首に手をかけてくる、優しくずっと締め上げてくるこんな人生。

 幼い頃に抱いた突拍子もない計画からは明らかにはずれまくった平々凡々な……平々凡々か? わからないけれどそれなりではあるかもしれないけれど劇的ではない人生。

 そんなものを振り払うように震える手で、荒い息使いで異世界じみた美人に手を伸ばす。


「……」


 手はそれ以上進まなかった。

 美人に触れることは無かった。

 あんなに異世界体験に憧れていたのに、手を離した。

 手は震えていなかった。呼吸も乱れてはいなかった。ひどく冷めているのが自分でもわかった。

 ほとんど機械的に立ち上がり、目線の先にある電話ボックスへと入り、お金をいれて110を押す。

 警察はすぐに出た。

 何かを聞かれる前に公園に女性が倒れている旨を伝えて質問など受け付けずに一方的に電話を切る。

 チャリンチャリンと入れた硬貨が吐き出されて、あぁ110って無料でかけられるんだと知った。

 手のひらで遊ばせていた硬貨を近くの自販機に食べさせて水を買う。

 あれほど頭に渦巻いていたこれから起こるかもしれない異世界じみた体験はもう頭にない。

 あったのは、こんな厄介ごとをさっさと片付けてこの場を去ろうということだけ。

 わざわざスマホではなく公衆電話から警察に通報したのも面倒を避けるためだ。

 たぶんだけど警察に電話すると履歴が残る、履歴から身元がわれる。

 別に悪いことをしているわけではない、むしろ逆だ。どちらかというと人助けに分類していいと思う。でもなんか警察に自分のことを知られるのがいやだった。チャリ乗ってるだけで職質されまくった過去があったからかもしれない。

 さっきまで頭の片隅にあった、放っておくことで発生するであろう後悔はない。後悔よりも早くこの場から離れたい気持ちが強かったのだ。事なかれ教育の賜物である。

 通報して、水まで与えたのだ。これで恐らく大丈夫だ。この国の公僕が助けに来てくれるはず。

 寝返りを打てる、表情からも苦悶的なものは読み取れない、衣装にも土汚れ以外の外傷はなく顔色が悪い訳でもない。なんでこんな所で気を失っているかは不明だけど、恐らくこのヒトは一人で立ち上がり歩いていける。

 出来ることはやった、と思う。

 重ねてになるが後は警察とかがなんとかしてくれるはずだ。俺らの税金で運営されているなら一市民である俺の通報には応えてほしい。

 もう俺に出来ることはないから、逃げるように異世界じみた美人から離れて帰路についた。

 異世界側から手を広げてこちらを誘ってくれているのに、俺は俺自身の意志でその手を振り払った。

 面白くもない現実に縛り付けられ続ける日々を選んだ。


「もう寝ちゃったかなぁ」


 ロスした時間は三十分ほど、なんて言い訳しようか頭を抱えながら帰宅する。俺の口ベタもあいまってありのままに話して信じてもらえる自信がまったくない。露骨に非難されることはたぶんないけれど、なんか態度がチクチクしたモノになる。なんか不機嫌だけどなにが不機嫌か尋ねられないあのなんとも微妙な空気になる。いやだなぁ。

 ガチャリと鍵を開けて帰宅すると寝室は暗かった、どうやら二人とももう寝ているらしい。言い訳とかしなくていいと安堵してしまった。

 起こさないように外の汚れをかぶっているだろう衣服を洗濯機に放り込みシャワー浴びる前にパンツ一丁のまま二人の寝ている寝室の扉を出来るだけ静かに開けた。

 妻と娘がそこに寝ている。

 たぶん、俺が異世界に靡かなかったワケがそこに寝ている。

 平々凡々かはさておきだし、上を見ればいくらでも富めるヒトはいて、下にも日々の生活に困窮するヒトもいる。

 幸せかどうかは個人が勝手に定めるものだから富めていても不幸だったり、逆に貧しくとも幸せだったり、少なくとも他人の幸福度を俺が勝手に選定するようなものではない。

 それで俺の幸福度はいかほどかというと、正直そんなんでもなかったりする。

 幸福かと言われると首を傾げるし、不幸かと問われればいやそこまでじゃないと言える。いや日々なにか予測不能な不幸が降りかかりかねない現状に意味も無く怯えているからどちらかというと不公平寄りなのかしれない。

 不幸が続いてもいつかは終わることを雨に例えて。不幸と雨はいつか止む、そしたら日光が顔を出す、みたいな慰めがあるけれど。逆に終わらない幸せだってない、いつかあっさりと終わることも往々にしてあり得る。

 俺はそれを恐れている。

 恐れている?

 それで気づいた、俺はこの現状を幸せと思っている。

 帰ったら妻と娘が眠っている。なんてことの無い日々を送ってくれているこんな毎日を幸せだと感じている。ようだ。


「おやすみ……」


 眠り姫二人を起こさぬように小さく呟いてドアを閉めて、シャワー浴びているときに鏡を見ると俺は少し笑っていた、珍しく自嘲気味ではない、困り顔で今の感情に戸惑っている変な顔。

 これを幸せと気づいたけれど、これを幸せだとまだ理解しきれていない顔。まぁその変はおいおい馴染むことだろう。

 シャワーを浴び終わり用意してくれている夕飯をレンチンして一人で食べる。子育てで忙しい中それでも手作りの暖かいご飯が食べられるだけでもまぁたぶんこれは幸せなのだろう。

 たぶん俺はまたさっきのへんな顔をしているだろうなぁと自覚しつつも夕食をモソモソ食べるのだった。





 ちなみに翌日の朝に通勤路として昨日の公園を通ったらバリケードが出来ていて通行不可になっていた。

 そこら辺にいた野次馬さんに話を聞くとなんでも警官と酔っぱらいが争って道が通れないくらいにボロボロにされて現状通行禁止になっているらしい。 

 たぶんだけど、昨日の美人さんがなにかやったな……。

 関わるのを放棄した俺には具体的なことはわからないし、知る権利もない。

 ただ厄介ごとに首を突っ込まずに済んだことに安堵するのだった。

 

 


 

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