第4話
髪に触れた日
夢の中――
澪は、見知らぬ古い町を歩いていた。
木造の長屋が連なり、土の道には砂埃が舞っている。
風に揺れる暖簾、遠くから聞こえる水売りの声、そして袴姿の人々の行き交う足音。
そのすべてが、現実ではないと頭ではわかっているのに、不思議と懐かしさを感じさせた。
「……よう」
ふいに背中から届いた声。
聞き覚えのある、あたたかな響きに澪は振り向いた。
そこに、彼がいた。
白い着物に黒い羽織。
まっすぐで涼やかな眼差し。
その青年は、微笑みさえ浮かべず、静かにこちらを見つめていた。
「俺は……沖田総司」
その名前が告げられた瞬間、澪の世界がふるえた。
胸の奥がじんわりと熱くなり、足元がふらつく。
言葉にできない感情が、波のように押し寄せてくる。
そんな澪の手を、彼はそっと包み込んだ。
優しく、確かに、今もここにいるかのように。
「もう、大丈夫だ。よう……おまえは、ちゃんと戻ってきた」
その声も、その温もりも――
知らないはずなのに、なぜか深く馴染んでいる。
そして彼は、澪の髪にそっと手を伸ばした。
ひとすじの髪を指先でなぞるように、丁寧に。
それはまるで、何度も繰り返してきた懐かしいしぐさのようで。
澪の心の奥に、またひとつ、小さな灯がともった。