第2話
呼びかけ
次の日の夕暮れ、澪は学校の帰り道で、ふと足を止めた。
風が吹き抜けた瞬間、どこか懐かしい香りがした気がしたのだ。
脳裏に浮かんだのは――八木邸。
京都の修学旅行で訪れた、歴史の香りが残るその屋敷の名が、なぜか急に胸に蘇った。
あの夜、公園で白い蝶を見てから、なにかが変わり始めていた。
心の奥に波紋が広がるように、毎晩夢を見るようになったのだ。
その夢の中で、白い着物をまとった青年が、静かにこちらを見つめている。
目元にやわらかな影を宿しながら、澄んだ瞳で微笑むその人は、まるで昔から知っているような雰囲気をまとっていた。
「……よう」
夢の中、彼はそう呼んだ。
聞き慣れないはずのその名前に、澪の心が不思議と大きく揺れた。
知らないはずなのに――懐かしい。まるで、ずっと待ち望んでいた音のように。
そして彼は、優しくこう告げた。
「待ってたんだ。おまえが……戻ってくるのを」
胸の奥で、何かがほどけていくような感覚。
あたたかくて、でもどこか切ない、波のような想いが心に打ち寄せていた。
澪は気づきはじめていた。
夢の中にだけ現れる、その青年と――
そして、知らないはずの時代の言葉、風景、感覚が、どこか「知っているもの」として、確かに心に触れてくることに。
それは、記憶ではない。
けれど、魂が覚えている感情のようなものだった。