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第1話
プロローグ 月夜の呼び声
「……そうちゃん」
小さくこぼれた声は、夜の風に紛れていった。
春の終わり。新緑も色を深めはじめた頃――静まり返った公園の片隅で、澪はひとりベンチに腰を下ろしていた。
風がそっと頬を撫でる。
見上げた空には、朧月が滲んでいた。まるで遠い記憶のように、淡く、ぼんやりと。
ふいに、白い蝶がふわりと舞い降りた。
澪の目の前を横切り、ゆるやかに風に乗って消えていく。
その一瞬、胸がきゅっと締めつけられるように痛んだ。
――どうして?
初めて見るはずなのに。
まるで、何度も出会ったことがあるような……懐かしさ。
心臓がどくん、と早鐘を打つ。
視界がにじみ、目の奥が熱を帯びていく。
思い出せそうな気がする。
忘れてしまった、誰か――
名前も、顔も、なにも知らない。
それでも、きっと私にとって、とても、とても大切な人。
「……あなたは、だれ……?」
澪はそう呟いて、そっと瞳を閉じた。
頬を伝ったひとしずくが、夜風にさらわれる。
それは涙だった。理由もわからず、ただ溢れてきた、心の奥からの祈りのような――