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第九話 初めての夜には雷の伴奏を 前編

 これから僕がお話しするのは。

 それまで僕が知らなかった、あゆみのとある一面を知ったときのことです。


 今になって思えば、あの二日間は何かがおかしかったんです。

 梅雨も明けていないのに、ふた晩も続けて特大の雷が鳴り響いていたこと。

 また、最初の夜は家に僕とあゆみの二人だけしかいなかったこと。

 そして、次の日の夜は僕らが家に帰ってこられなかったこと。

 最後は、何もしていない僕が罪人扱いをされたこと。

 これについては、いつものことだろうって言われるかもしれないけれど。




 深夜に鳴ったチャイムで、リビングにインターホンの画面を見にいくと。

 二時間ほど前に自分の部屋に戻っていった、パジャマ姿のあゆみが。

 慌てて玄関に行って、あゆみを中に入れてあげると。

 震えているし、心なしか顔が青ざめているじゃないか。

「どうしたのさ、こんなに遅く」

「雷が怖くて、こっちに泊めてもらおうかと」

「いくら雷が怖いからって、深夜にわざわざ来るなんて」

 ちょっと前から雷が派手に鳴っているけれど、この程度で怖いなんて。

「いつもなら架け橋を使うのに、どうして玄関から来るのさ」

 父さんからの例のプレゼントは、既にその名前で受け入れられております。

「雷が怖いのに、窓を開けて良太さんを呼び出した上に架け橋を渡るなんて」

 言われてみれば、そうだね。

「誰もいないから、一人でいると怖いし」

「えっ、誰もいないって?」


 猪口さんがいないのは、知っているよ。

 来年度の新人教育の会議で、母さんと一緒に大阪へ出張中だから。

「でも、蝶野さんがいるだろ」

 蝶野さんとは、さっき父さんと四人で夕ご飯を食べに行ったもの。

「あれからご実家に行ったの、ご両親からの電話で急に呼ばれて」

「だったら鹿山さんは、二次会が終わったら帰ってくるって言っていただろ」

 鹿山さんは、大学の同窓会に出席していたんです。

 それでも、この時間ならもう帰っていてもいいはずだよ。

「二次会が盛り上がっちゃってそのままお友達のおうちに泊まる、きゃっ!」

 さっきから、雷が鳴るたびに震えていたあゆみだけれど。

 ついに、叫び声を上げて僕にしがみついてきた。

 顔なんて、真っ青でひきつらせているよ。


 雨にぬれた髪を乾かしているあゆみを、新しいパジャマに着替えさせて。

 入れたての温かいココアを出してあげると。

「お父さまは、お部屋でお休みに?」

「父さんならいないよ」

「どうして?」

「さっき仕事で呼び出されて会社に行ったんだ、帰りは明日の昼になるって」

「じゃあ、詩織ちゃんと菜摘ちゃんはどうしているの?」

「おばあちゃんに預けるって、父さんが連れていったよ」

「わたしがいるのに、どうしておばあさまに」

「試験前のあゆみに面倒を見させるのは、かわいそうだからって」

「詩織ちゃんと菜摘ちゃんもいないならこの家にはわたしたち、きゃ~っ!」

 これは、二人っきりを喜んでの「きゃ~っ」ではありません。

 雷を怖がって抱きついてきた、あゆみの叫び声です。


「あっ」

「今度はどうしたの」

「試験勉強用の参考書と問題集を忘れてきちゃった、取ってきてくれない?」

「誰もいない隣の家へは、二度と行きたくないな」

 先日のことで、すっかりトラウマになっているから。

「でも、参考書や問題集がないと勉強できないもの」

「僕の去年の問題集があるから、それを使えばいいよ」

 どうせ、そんなに頻繁に悲鳴をあげていたんじゃ勉強どころじゃないだろ。


 今のあゆみを見ていると、父さんが正解だったね。

 詩織と菜摘を連れていってくれていなかったら、大変だったもの。

 こんな状況で、あゆみと一緒に寝かせたんじゃ。

 雷が鳴るたびに、詩織と菜摘が窒息するぐらい抱きしめちゃうだろうから。

「じゃあ二人っきりで、きゃ~っ!」

「疲れるだろ、雷のたびにそんなに悲鳴を上げていたんじゃ」

「もうくたくたよ、立っているのもつらいから早く眠りたいの」

 ついさっきは勉強をすると言って、僕を隣の家に行かせようとしたくせに。

 あゆみの学習意欲も、雷への恐怖心には勝てないんだな。


「じゃあ、寝室へ行きなよ」

「何を言うの、今夜は良太さんのお部屋で寝かせてちょうだい」

「えっ、一緒に寝るっていうの?」

 後で母さんに知られたら、何て言われることやら。

 母さんと父さんが結婚した夜に、二人きりで過ごしたことはあったけれど。

 僕は自分の部屋で寝てあゆみは寝室だったから、部屋は別だったし。

「一人じゃ怖いからここに来たのに隣のお部屋に行ったんじゃ、きゃ~っ!」

 押し問答をしている間にも激しさを増す、雷のしつような波状攻撃。

「しょうがないなあ」

 僕の部屋まで行くと、あゆみはすぐさまベッドに潜り込んじゃった。

「どこに行くの?」

 布団から顔だけ出して、そう聞いてくるあゆみ。

「リビングの明りを消しに行くんだよ」

「消してくれば良かったのに」

「ふらふらしているあゆみを抱えていたからね、後で消そうと思ったんだよ」

「一緒にいてくれないと怖いじゃ、きゃ~っ!」

「おとなしく待っていなよ、すぐに戻ってくるからさ」

 やれやれ、ひと晩中こんなことが続くのかな。




 パジャマ姿のままで、窓のカーテンを開けているあゆみが。

「その顔はどうしたの、良太さんも雷が怖くて眠れなかったの?」

 安心して、ぐっすりと眠れたらしく。

 今朝のあゆみは、昨夜とは打って変わりすっきりとした顔で元気いっぱい。

 一方の僕はといえば、ひと晩中眠れなかったせいか疲労感がありあり。

 僕が眠れなかったわけ、ですか?

 前にも言いましたよね。

 中学に入ったばかりなのに、あゆみはすこぶる健康的に成長していまして。

 そんなあゆみに、ひとつの布団の中で一晩中しがみつかれていた僕。

 あゆみの成長ぶりと甘い匂いを、体で感じていたわけですから。

 健康的な中学二年生としては、とてもじゃないけれど眠れるはずもなく。

 強い自制心で難局を乗り切った僕は、あゆみと対照的にへとへとなんです。


「早く起きて、台風の後みたいにいいお天気よ」

 時計を見ると、八時を回っている。

「ご飯を作るけれど、何が食べたい?」

「唐揚げかエビフライがいいな」

「朝から揚げもの?」

「だって、母さんがいるときは週に一度しか作ってくれないだろ」

 誰もいないこんなチャンスなんて、めったにないんだよ。

「お二人とも、さっぱりしたものをお好みだからよ」

「父さんだって、母さんがいないときは食べるだろ」

「揚げものばかりじゃ体に悪いし、太っちゃうでしょ」

「この体の、どこが太っているのさ」

「見せびらかさなくていいです、腹筋なんか」

「僕は、育ち盛りの中学二年生だよ」

「知っていますよ」

「ブリの照り焼きやサバのみそ煮に、きんぴらや白あえばかりじゃ」

「分かりましたから、わたしのお部屋から着替えのお洋服を取ってきてね」

「嫌だよ」

「どうして?」

「言っただろ、隣の家はトラウマになっているって」

「わたしに、パジャマ姿のままで外を歩けっていうの?」

「昨日の夜は、その姿でうちに来たじゃないか」

「怖くて必死だったからよ、それに深夜だから誰にも見られないし」

「じゃあ、母さんのコートを羽織っていけばいいだろ」

「だったら、揚げものはなしね」

「ずるいよ、そんなの」

 好物を盾に取られて、僕のトラウマ申告はあっさりと一蹴されたのでした。


「そんなに慌てて食べなくても、誰もとらないわよ」

 文句を言いながらも、鶏の唐揚げとエビフライを作ってくれたあゆみ。

「あゆみの揚げものはお店のよりもおいしいし、何より久しぶりだもん」

「褒めても何も出ませんよ」

 まんざらでもないって顔で、エビフライのお代わりを揚げているくせに。

「結婚したら、毎日揚げものにしてもらおうかな」

「それこそ太っちゃうわ」

 朝からこんな会話って、これはこれで悪くないな。


 洗いものを済ませてから、リビングに行くと。

 通話を終えたらしく、あゆみが電話の受話器を置いたところ。

「電話だったの、誰から?」

「お父さまからよ、トラブルが長引いて帰りは明日のお昼になるんですって」

「今夜も泊まりか、父さんの仕事も因果だな」

「おばあさまのところへ、詩織ちゃんと菜摘ちゃんをお迎えに行きましょ」

「見ていなかったの、さっきテレビでやっていた天気予報を」

「天気予報?」

「今日も大気が不安定で、夕方から夜にかけて昨日と同じく雷だってさ」

 雷と聞いて、あからさまに顔を曇らせながらも。

「おばあさまに預けっ放しじゃ悪いし、二人だって寂しがっていると思うわ」

「雷が鳴ったら、あゆみは昨日の夜みたいになるんだろ」

 無言で、こくり。

「一緒に寝てやれないんだし、寝たとしても悲鳴で起こしちゃうじゃないか」

「それでも、二日続けておばあさまにお任せするわけにはいかないわ」

 きっぱりそう言い切った、あゆみの気持ちも分かるけれど。

 僕が一人で苦労することになるんだよな、きっと。




 おばあちゃんの家には、昼過ぎに着いたんだけれど。

 何度インターフォンを押しても、まったく応答がないんだ。

「どうしたのかしら、返事がないなんて」

「留守なんじゃない?」

「詩織ちゃんと菜摘ちゃんを連れて?」

「ああ、そうだったね」

「それに、おばあさまと桜井さんがお二人ともおでかけするとは思えないわ」

 しびれを切らした僕がドアを開けてみようとした、まさにそのとき。

 いきなりドアが開くと、着物にたすきがけをしたおばあちゃんが。

 しかも、右手に詩織を左手に菜摘を抱えている。

「どうしたのおばあちゃん、そんなに汗をかいて」

 思わずそう聞いちゃうほど、僕にとってそれは意外な光景だった。

 だって、いつものおばあちゃんといえば。

 自分は座ったままで、桜井さんや母さんに指示をしているだけだからね。

 あごで使うとまでは言わないけれど、自分で動くなんて考えられないもの。

「この子たちが何とも泣きやまなくてね、あゆみが来てくれて助かったよ」

「お一人で面倒を見ていらっしゃったのですか、桜井さんに頼めばいいのに」

「桜井さんは母親が病気になったそうで、今朝から実家に帰っているんだよ」

 そりゃそうだよね。

 桜井さんがいれば、おばあちゃんが玄関に出てくることはないだろうし。

 ましてや、両手に詩織と菜摘を抱くことなんてないもの。

「それじゃあ、朝からお一人で詩織ちゃんと菜摘ちゃんを?」

「ああ、おかげてへとへとだよ」

「申し訳ありません」

「赤ん坊の面倒をみるなんて強のとき以来、何十年ぶりだからね」

 それにしても、誰もかれもが用事で自宅を空けるなんて。

 昨日と今日って、何かの厄日なのかな。


「おうちのことは、わたしがやりますから」

「桜井さんは明日の昼に帰ってくるんだ、一日だけのことだから大丈夫だよ」

 おばあちゃんがそう言うのを、気にも留めず。

「とりあえず、この子たちを寝かしつけてきます」

 そう言うと、菜摘を受けとったあゆみは。

「良太さんは、詩織ちゃんをお願いね」

 詩織を抱いた僕は、あゆみの後から客用寝室に詩織と菜摘を寝かしつけに。


 リビングに戻ると、感心しているおばあちゃん。

「いつも面倒を見ているだけあって、あゆみが来たらぴたっと泣きやんだね」

 僕だって貢献していたのを見ていたでしょ、まさかそこは無視するの?

「いつもわたしがミルクをあげているから、なついているだけですよ」

「そんなことはないだろ、これならあゆみは良い母親になるだろうね」

「桜井さんがいなくて、お食事はどうなさるおつもりだったんですか?」

「外食するか、出前でも取りゃいいかと思って」

「それじゃ申し訳ありませんわ、お昼のお食事はわたしが作ります」

 おばあちゃんは、母さんや父さんと同じように。

 外食や出前を取ることなんて、まったく気にしないのに。


「桜井さんが留守なのに、勝手にお台所を使っても構わないかしら」

 そう言いながらも、キッチンに行き食事の支度を始めるあゆみ。

 週に一度、桜井さんに料理を習うために来ているだけあって。

 ここでの料理も手慣れたもので、どこに何があるか完璧に把握しているね。

 いつの間にか、マイエプロンまでしているし。

 おばあちゃんから婚約祝いにもらった、マイ包丁を取り出しているもの。




Copyright 2025 後落 超


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