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第八話 秘密の花園と謎の箱 後編

「不満そうな顔をしていないで、あれを見てみなさいよ」

 母さんが指差したのは、あゆみと一緒に婚約祝いを開けている三人娘。

「あなたと一緒にいて、あゆみちゃんが幸せなのは分かっているわよね」

 そりゃそうだろ、あゆみにとっては満願成就なんだから。

「妹と同居した鹿山には、東京で一人じゃないって安心感が生まれたし」

 安心感って、鹿山さんはもう大人だろ。

 しかも、あゆみは年の離れた妹なんだよ。

「猪口と蝶野だって、妹ができたみたいでうれしいのよ」

 ふん、新入生とわちゃわちゃしている先輩にしか見えないけれど。


 母さんは、感動的な話にしてさらっと締めくくろうとしているみたいだな。

 秘密の花園へ謎の箱を取りに行かされた上、変態呼ばわりまでされたのに。

 僕に対して謝罪をしようってつもりは、これっぽっちもないってことか。


「指輪、あゆみちゃんにはめてあげなさい」

「母さんには、デリカシーってものがないの?」

「失礼ね、親に向かって」

「指輪なんて、人にじろじろ見られながらはめてあげるものじゃないだろ」

「何を言っているの、結婚式じゃ衆人環視の中ではめるじゃない」

 それこそ、何をどうやったらこの状況を結婚式と比べられるんだよ。

「自分で言っていただろ、これは結婚指輪じゃなくてペアリングだって」




「ちょっとおいで、あゆみ」

 まだ何か言いたそうな母さんを無視して、あゆみを連れて僕の部屋へ。

 テーブルの前に座るように言うと、あゆみは。

「良太さん、わたしとおそろいの指輪はしたくないの?」

 僕が指輪をしてあげないからだろうか、今にも泣き出しそうな顔をして。

「あゆみのご両親の心遣いはありがたいけれど、どうにも釈然としなくてさ」

「釈然としない?」

「指輪をするとかしないとかは、僕らが二人で決めることだろ」

「そう……、ね」

「ましてや、母さんったらこんな話を学校に持ち込むなんて」

「ごめんなさい」

「あゆみが謝ることはないだろ、悪いのは母さんなんだから」

「お母さまはああ言ってくれたけれど、違うのよ」

「何が違うのさ?」

「さっきの指輪は、わたしが両親におねだりをしたの」

「あゆみが?」

「以前のわたしは、大阪で良太さんのことを思い続けていたでしょ」

 そうだったんだろうけれど、こんなときに面と向かって言われても。

「あのときと比べたら、今は一緒にいられるからとっても幸せなの」

「それなら、良かったじゃないか」

「でも、婚約者になったらなったで形になるものが欲しくなって」

 あゆみらしくないな。

「それにね」

「まだ何かあるの?」

「わたしと同じ一年生にも、良太さんのことを好きな子が何人かいるの」

 それこそ、僕に言われても困るんだけれど。

「良太さんはわたしの婚約者だって、認識させるものが欲しくなって」

 ますます、あゆみらしくないな。

「最初からそう言ってくれれば、文句なんか言わずにはめてあげたのに」

「だって、みんなの前じゃ恥ずかしかったんだもん」

 ちょっぴり頬を膨らませてみせるあゆみを見て、思わず笑っちゃった。

「笑わないで、わたしは真剣なんだから」

「だってさ、することや考えることが母さんに似てきているんだもん」

「もう」

 だとしたら。

 父さんが母さんにするように、僕もあゆみをフォローしてあげないと。

 まずは、指輪をはめてあげよう。

 僕の虫よけってだけじゃなく、あゆみの虫よけにもなるんだし。

「指輪を取ってよ、はめてあげるから」

 僕に指輪を渡してから、そっと差し出したあゆみの指は震えていて。

 指輪をはめてあげたときのあゆみは、東京に来てから一番の笑顔だった。


 ちょうどいいから、前から聞きたかったことを聞いてみるか。

「うちに来るタイミングでイメチェンをしたのは、どうして?」

「だって、恥ずかしいんじゃないかと思って」

「恥ずかしいって、誰が?」

「お母さまやお父さま、それに良太さんが」

「僕らが、どうして恥ずかしがるのさ?」

「わたしが小さい声だったり、思ったことを言えなかったりしたら」

「そんなことで恥ずかしいなんて、誰も思わないよ」

「でも」

「それに、母さんはもっと恥ずかしいことをしでかすじゃない」

「……」

「ほら、あゆみだってそう思ったから笑い出しそうになっているんだろ」

「だって、そんなことを言ったらお母さまに悪いわ」

「僕は今のあゆみも好きだけれど、前のあゆみもかわいくて好きだったよ」

「そう?」

「ときどき、消えちゃいそうな声で話していたあゆみが懐かしくなるもの」

 本当に、たまにはあのころのあゆみに会いたくなるし。




 自分の部屋に帰るあゆみを送っていくんで、二人でリビングに下りると。

 すでに三人娘はいなくて、あゆみを残して先に隣へ帰ったみたい。

「ごめんねあゆみちゃん、バタバタしていたから渡しそびれちゃって」

 僕らを呼び止めた母さんが、あゆみに渡したのは。

 抱えるほどの大きさで、リボンが巻かれた袋。

「これは、あたしからあゆみちゃんへのプレゼントよ」

「かわいがっているのに、母さんからはお祝いがないのかと思っていたよ」

 姉の鹿山さんはともかく、猪口さんや蝶野さんだってお祝いをあげたのに。

「良太さん、またお母さまにそんな言い方を」

「いいから早く開けてみなさい、あゆみちゃん」

 母さんに促され、あゆみが袋を開けると。

 中には、胸に青いイルカのアップリケが付いている白いパジャマ。

「あゆみちゃんのイメージに、ぴったりでしょ」

 確かにあゆみのイメージだけれど。

「イルカが付いているのを見て、思わず買っちゃったのよ」

 これから暑くなるって時期に、もこもこのパジャマってどうなんだろうね。

「かわいい……、ありがとうございます」

「自分の部屋に帰るまでは、いつも良太の部屋で一緒にいるでしょ」

「はい」

「二人のときにこれに着替えてかわいいところを見せつければ、ばっちりよ」

「何がばっちりだよ、僕に見せるためにうちでパジャマに着替えさせるの?」

「そうよ」

「だったら、あゆみが隣に帰るときはパジャマ姿のままで外に出すつもり?」

「あのねえ、親を何だと思っているのよ」

 母さんのことを知っているからこそ、気づいていないと思って言ったのに。

 さすがの母さんでも、最低限のことぐらいは考えているみたいだな。

 なんて思っていたら。

「良く言うよ、俺が指摘するまでくまさんは気がつかなかったくせに」

 ふん、やっぱりね。

 父さんに指摘されてから、やっと気づいたんじゃないか。

 母さんが、自分で思い至るわけがないと思ったよ。




「これを使えば、あなたの部屋から直接あゆみちゃんの部屋に戻れるから」

「何だよ、この仰々しいものは」

 僕がそう聞くのも、無理はないんだ。

 なにせ、どうだとばかりに母さんがクローゼットから取り出してきたのは。

 たたみをふた回りほど小さくしたサイズで、金属製の薄い箱のような物体。

「大家さんからの婚約祝いよ、これぞ名付けて愛の架け橋っ!」

 得意気な顔をしちゃって、まるで子供だね。

「プレゼントは父さんからだとしても、その陳腐なネーミングは母さんだろ」

 僕の嫌みを気にもしていない母さんは、金属製の箱を床に置くと。

「まずは、こうやって箱を開くのよ」

「ちょっと、この場で使い方を実演するつもり?」

「もっちろん、そのために何回も練習をしたんだから」

 金属製の箱は上ぶたが観音開きになっていて、底面が橋板になるようだね。

「真ん中で開いたふたは、両端を固定すると欄干になるの」

 偉そうに胸を張っているけれど、どうせ自分で考えたんじゃないんだろ。

「でね、これを使ってあなたとあゆみちゃんの部屋の窓枠に固定するのよ」

 底面の四隅に付いている、ストッパーを立ててみせる。

「こうやって固定すれば、落ちる危険がないでしょ」

 一応は安全を考慮しているんだろうけれど、素直に同意はできないな。

 意気揚々と実演しているわりに、手つきが頼りないし。

「最後に、たたんであるほろをこうやって手すりの間に広げれば屋根に」

「わざわざ、屋根まで?」

「外からは見えなくなるし、雨が降っていてもぬれない優れものよ」

「雨はともかくとして、誰が見るっていうのさ」

「あゆみちゃんは女の子なのよ、見られたら嫌でしょ」

「これを使うのは夜だし家と家の狭い間、しかも三階だよ」

 僕に言われて驚いているじゃないか、それぐらい自分で思い付かないの?

「何が優れものだよ、あゆみにこんな変なものを使わせるつもり?」

「変なものって失礼ね、これのどこがいけないのよ」

「こんなもので行き来していたら、まるで夜ばいじゃないか」

「わざわざ大家さんが採寸と設計をして、職人さんに作ってもらったのに」

 こんなものをプロに作らせたの、しかも母さんじゃなくて父さんが?

「だいたいどこに置くのさ、こんな大きなもの」

「あゆみちゃんの部屋よ、あなたの部屋じゃそれこそ夜ばい専用でしょ」

 ますます気に入らないな。

「それにすごく軽いのよ、ほら」

 うれしそうに、片手で上げ下げしてみせる母さん。

「軽いって言うけれど、持ち運びするものじゃないだろ」

「重いよりはいいでしょ」

「そんなに厚くなさそうだけれど、強度については大丈夫なの?」

 この質問は、もちろん母さんにではなく父さんに向けて。

「ジュラルミンって知っているだろ、それと同じ素材だから強度は十分だよ」

 父さんがそう言うなら、強度は大丈夫か。

「これを使うかどうかは、あゆみと相談してから決めるよ」

「どうしてよ、せっかく大家さんがくれたのに」

「そもそも、あゆみがうちでパジャマに着替えなければ使う必要もないだろ」

 母さんたら、初めて気づいたのかな。

 今の僕のせりふに、心の底から驚いているじゃないか。

「ごめんね父さん、こんなことに巻き込んじゃって」

「久しぶりに図面をひいて楽しんだし、出来にも満足しているんだ」

 こんなもののために図面まで、やれやれ……。




 この愛の架け橋については、取って置きのおまけの話がありまして。


 良好とはいえなかった、第一印象とは裏腹に。

 愛の架け橋なる奇天烈な物体は、意外と重宝されたんです。

 確かに、それまでは僕の部屋からあゆみの部屋へ行くには。

 三階から一階に下り外に出て、隣の家に入ってまた三階に上がるわけで。

 すぐ隣の部屋に帰るだけなのに、やたら遠回りをしていたんだ。

 でも、これを使えばすぐだし。

 遅い時間になっても、三人娘にからかわれない。

 帰るときに、誰とも顔を合わせないですむからね。

 僕とあゆみが結婚するまでの何年もの間に渡り、大活躍したんです。

 さすが父さん、というべきだけれど。

 できることなら、ネーミングは母さんに任せないでほしかったな。


 そう考えていた僕は、それなりに有益だと思っていたし。

 あゆみだって、気に入っているものだとばかり思っていたのです。

 ずっと後、これを使う必要がなくなった日にあゆみの本音を聞いて。

 大きなショックを受けるまでは。


「明日からこれを使わなくていいと思うと、ほっとするわ」

「えっ、気に入って使っているんだとばかり思っていたよ」

「まさか」

「強度は十分だし、ほろがあるから外が見えなくて怖くなかっただろ」

「それは、そうですけれど」

「初めてこれを使ったときから、楽しそうにしていたじゃない」

「メリットがあるのは認めますけれど、気に入ってはいませんでした」

「そうなの?」

「ましてや、これっぽっちも楽しくありませんでしたよ」

「楽しんで使っていたんじゃないなんて、ちょっとびっくりだよ」

「楽しそうにではなく恥ずかしそうに、が正解です」

「恥ずかしいって、誰にも見られていないのに?」

「良太さんに見られているじゃない」

「そりゃ、心配だから見送るだろ」

「良太さんにあんな姿を見られていると思うと、とっても恥ずかしかったの」

「あんな姿って?」

「行きはともかく、帰りは四つんばいでお尻を向けている姿を見られるのよ」

「なるほどね」

「気楽でいいわよね、見ていただけの良太さんは」


 その日以来、かつて愛の架け橋と呼ばれていた物体は。

 一階の階段下にある、物入れの奥でほこりをかぶっているはずです。

 もう見たくもないと言っていたあゆみが、捨てていなければですけれど。




Copyright 2025 後落 超


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