第七話 秘密の花園と謎の箱 前編
隣の家とうちは、同時期に建てられた八棟建てのうちの二棟なんです。
蝶野さんが買った隣の家は、うちとは造りが左右対称になっていて。
うちでは一階の父さんと母さんの部屋に当たるのが、蝶野さんの部屋。
二階には、LDKと猪口さんの部屋が。
リビングとダイニングキッチンを独立させている、うちとは違い。
うちのダイニングキッチンに当たる場所が、猪口さんの部屋です。
三階には、鹿山さんとあゆみの部屋があって。
鹿山さんの部屋はうちの寝室に当たり、あゆみの部屋は僕の部屋に当たる。
部屋の配置はうちと似ていますが、大きさや収納はだいぶ違っています。
そんな細かいことを僕が知ったのも、とある事件があったからなんです。
あったというより、いつものように僕が巻き込まれたんですが。
前に、父さんがうちを建てるときに設計を変更したと言っていたけれど。
まさか、こんな形で分かる日がくるなんて……。
ことの始まりは、梅雨入りが迫ったある日の夕方。
家に着くと同時に、僕の携帯電話に着信が。
思い返してみると、そのときから何やら不吉な予感がしていたんだ。
「どうしたのさ」
不吉な予感が現実のものになりそうなのは、発信元が母さんだから。
「あゆみちゃんはいる?」
ふん、僕に連絡することなんてないと言っていたくせに。
「あゆみなら、今はいないよ」
「良かった」
あゆみがいなくて良かったって、どうしてだろう。
「鹿山の部屋に行って、ベッドの上のリボンが結んである箱を取ってきて」
「後であゆみに行かせるよ、何かを買い忘れたって出ていっただけだから」
「あゆみちゃんには内緒なのよ、だからあなたに頼んでいるんじゃない」
「会社から帰ってきてから、自分で取りに行けばいいだろ」
「あたしが帰るころには、あゆみちゃんがうちと隣を行き来しているもの」
あゆみに見られたら困るものを、隣の家へ取りに行けってことか。
「誰もいない隣の家に、どうして僕が」
「頼める人が、あなたしかいないからに決まっているでしょ」
頼みごとをしている人のせりふとは、思えないな。
「そもそも、僕は鹿山さんの部屋がどこにあるかなんて知らないよ」
「三階よ、あゆみちゃんの部屋の向かいだから」
「誰もいないなら鍵が閉まっているだろ、どうやって入るのさ?」
「お隣の鍵だったら、食器棚の一番上の引き出しに入っているから」
「嫌だなあ、まるで泥棒みたいじゃないか」
「泥棒は鍵なんか持っていないわ、あゆみちゃんが帰ってくるから急いで」
「ちょっと待っ……」
母さんったら、まだ話の途中なのに電話を切っちゃった。
あゆみの部屋ならともかく、鹿山さんの部屋へ。
しかも、ベッドの上のものを取ってこいって。
あなたの息子は、思春期真っ盛りの男子中学生なんだぞっ。
もの音ひとつしない家の中に入ると、無意識に内側から鍵を。
階段を三階まで上がってから、右側の部屋へ。
いつの間にか忍び足になっているのが、情けないな。
未来の義姉の部屋に留守を狙って忍び込んで、ベッドの上をあさる。
そんなシチュエーションが控えているのは、もっと情けないよ。
これって……、どうなっているんだよ。
ベッドの上に置かれたリボンがかかった箱って、ひとつじゃなくて四つも。
こんなものを抱えて戻るのか、まるで季節外れのサンタクロースだな。
とりあえず箱は手に入れたし、隣のあゆみの部屋でものぞいていこうかな。
って、それこそだめだろ!
僕が自問自答していると、玄関が開く音に続いて。
「詩織ちゃんと菜摘ちゃんを放り出して、どこへ行っているのかしら」
どうしよう、あゆみが階段を上がってきたっ!
良く考えれば、あゆみは学校の帰りで制服のまま。
まずは、自分の部屋に着替えにくるのは当たり前か。
納得している場合じゃないだろ。
僕がいるのは、あゆみの部屋の前。
鹿山さんの部屋に隠れるには、廊下を横切ることになるから。
上ってくるあゆみと、鉢合わせをしちゃうし。
何とかして、この困難を乗り切らなきゃ。
いくら慌てていたといっても、ほどってものがあると思うな。
反射的にあゆみの部屋に入って、クローゼットに隠れるなんて。
こんなところを見られたら、変態だと思われるだけだよ。
「あら、リボンが結んである箱なんて」
うわあっ、手元に箱が三つしかない。
隠れるときに、床にひとつ落としちゃったんだ。
動揺した僕がバランスを崩し、クローゼットの扉に体重がかかった結果。
着替えの真っ最中の、あゆみの目の前に転がり落ちた僕。
「きゃあ、誰っ!」
「ごっ、ごめんっ」
「良太さん、どうしてわたしのお部屋にいるのっ!」
「そっ、それは……」
「しかも、クローゼットの中にっ!」
「ちっ、違うんだ」
いったい、何が違うというのやら。
目をつぶり土下座にも似たポーズで平謝りしている出歯亀の図、だものな。
こんな事件のおかげで、僕は隣の家の間取りを知ることになったんです。
いつものことだけれど、やれやれ。
泣いているあゆみを連れてうちに戻ると、玄関で鉢合わせしたのは。
これ以上はないと思われる、最悪のタイミングで帰宅した母さんたち。
そのままリビングに連行された僕は、盛大に尋問されております。
「泣かなくてもいいのよ、あゆみちゃん」
「でも、でも……」
「良太にあんなことを頼んだあたしが悪かったわ、許してね」
僕は事情を説明し終えている、と思うんだけれど。
刺すような視線が僕を貫き続けているような気がするのは、なぜだろう?
「婚約しているとはいえ、着替えの最中にクローゼットに隠れていたなんて」
「血気盛んな中学生男子や、着替えをのぞきたい衝動に負けたんやろ」
「箱を取りに行かれただけなのに、あゆみちゃんのお部屋に入るなんて」
母さんったら、どうして三人娘をこの場にいさせるのさ。
ただでさえ面倒な事態なのに、よりややこしくなるだけじゃないか。
「僕は頼まれたから行ったんだ、責めるなら母さんを責めるべきだと思うな」
「あたしは鹿山の部屋に行けって言ったの、なのにあゆみちゃんの部屋に」
「だから、それは」
「クローゼットに隠れて、あゆみちゃんの着替えをのぞけなんて言わないわ」
ずるいぞ母さん、息子をかばうどころか大ピンチを楽しんでいるだろ。
「何度も説明しただろ、あゆみの部屋は帰りがけにちらっと見ただけだよ」
「どうしてクローゼットに隠れていたのか、説明しなさいって言っているの」
「いきなりあゆみが帰ってきたから、とっさにクローゼットに隠れたんだよ」
ここで、再び三人娘が。
「のぞき目的じゃなかったら、隠れる必要がないでしょ」
「良太ぐらいの年やったら、なあ」
「女の子の部屋を、ちらっとだけでも見たいのでしょうね」
「だいたい、あゆみが着替え出したのは偶然だろ」
「学校から帰った直後だから、あゆみちゃんが着替えると思ったんでしょ」
「知らん相手やったらともかく、相手はフィアンセやで」
「できの悪い言い訳ですわね」
普段はまともなことを言ったためしがないくせに、こんなときだけ。
三人がかりで、人をのぞき魔みたいに言うのはやめてもらいたいね。
尋問を続けようとする三人娘を残して、あゆみは僕の腕をつかむと三階へ。
泣きやんではいるけれど、まだ怒っているみたいだな。
「だから誤解だってば、のぞきに行ったんじゃないし」
「さっきの説明を何度も聞きましたから、それは知っています」
「それで怒っているんじゃないの?」
「怒っているのは、着替えを見られたことじゃありません」
だったら、何を?
「良太さんが見たいっていうなら、いくらでも見せてあげます」
あゆみったら、変なスイッチが入っちゃったみたいだな。
自分が何を言っているのか、分かっているんだろうか。
「上がってきたのはわたしなのに、良太さんが隠れたことに怒っているの」
「えっ?」
「わたしの部屋で、婚約者の良太さんと会うのは悪いこと?」
「悪いかどうかはともかく、ちゃんと招かれて行ったのなら隠れやしないよ」
「じゃあ、どうして隠れたの?」
「あゆみがいないときに、無断で部屋を見に来たって思われたくなくて」
「わたしがちゃんと招待したなら、来てくれるの?」
「えっ?」
ますます何を言っているんだか、大丈夫かな。
「だから来てくれるの、くれないの?」
あゆみが、こんなにグイグイくるなんて。
「い、行くよ……」
「じゃあ、許してあげる」
僕の返事を聞いて、にこにこしているあゆみ。
ってことは、機嫌は治ったみたいだけれど。
気のせいかな、このごろあゆみが微妙に変なことを言うときがあるけれど。
まさか、母さんに感化されているんじゃないだろうね。
そんなタイミングで、リビングから母さんの声が。
「言い訳なんかしていないで、潔くあゆみちゃんに謝って下りてきなさい」
うるさいな、そんなハードルはとっくに越えたんだってば。
二人でリビングに戻ると。
「それで、あたしが頼んだ箱はどこにあるのよ」
「何を言っているのさ、箱ならそこに置いてあるだろ」
テーブルの上には、僕が持っていた箱が三つ。
「肝心な箱がないって言っているのよ、鹿山の部屋には四つあったでしょ」
四つ目の箱って、あゆみの部屋で落としたやつか。
「それでしたらわたしの部屋です、何だか分からなかったから置いたままに」
「鹿山、あなたが取ってきて」
「なんでウチが、あゆみに行かせれば」
「わたしが行きます、お母さま」
「いいのよ、あゆみちゃんはここにいて」
鹿山さんが取ってきた、問題の箱がテーブルの上に置かれると。
「そもそも、この箱って何なのさ」
「これは、あゆみちゃんのご両親からあなたたちへのペアリングよ」
「ペアリング、どうして?」
「結婚指輪じゃおかしいからでしょ、まだ結婚はしていないんだもの」
「そうじゃなくて!」
「ご両親に、あたしと大家さんが婚約指輪をあげたって話をしたらね」
また、余計なことをぺらぺらと。
「ペアリングを買ってくれたの、これなら今からでも身に付けられるでしょ」
「何を言っているのさ、ペアリングなんかをして学校に行けないだろ」
「誰にでも分かる証が必要だろうからって、せっかく買ってくれたのに」
「学校には風紀ってものがあるんだ、おそろいの指輪なんてして行けないよ」
「でも、あなたたちは婚約期間が長くなるんだから」
「だからって、ただでさえ婚約したって騒ぎになっているのに」
「それについては大丈夫よ、もう校長先生の許可をもらってあるから」
「許可って、いつ」
「この間、あたしが行ったときに決まっているじゃない」
「そんなことまで学校に相談したの?」
僕の母さんの特技は、もめごとの種をまき散らすことかよ。
「あゆみの両親が送ったなら、うちを宛先にすれば良かっただろ」
「鹿山宛で、会社に送るようにお願いしたのよ」
「どうして、わざわざ会社に」
「うちに届くと、あゆみちゃんが受け取っちゃうかもしれないから」
「だったら、そのまま会社に置いておけばこんな騒動にならなかったのに」
「そうよね、家に置いていたらあゆみちゃんに見られちゃうかも」
「なのに、なぜ」
「会社に置いておくように言っておいたのに、鹿山が持ち帰っちゃったのよ」
じゃあ、すべて鹿山さんが原因じゃないか。
そう思って鹿山さんを見ると、そっぽを向いて知らん顔。
「だいたい、僕に頼まなくても会社から帰ってから鹿山さんが持ってくれば」
「電話で言ったでしょ、その時間じゃあゆみちゃんが行き来しているって」
「見られたっていいじゃないか、送り状も付いていない箱なんだから」
「あゆみちゃんは勘が鋭いから、何だか分かっちゃうでしょ」
「さっきあゆみが言っていたのを、聞いていなかったの?」
「何を?」
「言っていただろ、見ても何だか分からなかったって」
こんな不毛な会話、いつまで繰り返さなきゃならないんだろ。
「じゃあ、指輪以外の三つの箱は何なのさ」
「ひとつはお義母さまからの包丁よ」
「包丁ならこの間もらっただろ」
「あれはお義母さまの家に置いてあるから、うちで使う分よ」
「ウチからはエプロンや」
「あたしと蝶野ちゃんからは二人おそろいのスリッパよ」
何だ、指輪以外はまともなものばかりじゃないか。
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