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第六話 婚約、させていただきました 後編

 翌日はお父さまのお母さま、おばあさまへ婚約のごあいさつに。

 あいさつというよりは、昨日に続きごたごたに巻き込まれに行くのでは?

 そんなことを思っているわたしって、もしかして悪い子かしら。

 何といっても、昨日の今日ですもの。

 つい、思い浮かべてしまうの。

 前門の虎に後門の狼とか、一難去ってまた一難なんてことわざを……。




 初めて連れてきてもらったおばあさまのおうちは、洋館って言うのかしら。

 思っていたよりもずっと立派で、ちょっと気後れしちゃいそう。


「お義母さま、良太と婚約したあゆみちゃんです」

「わざわざ紹介しなくても、くまさんの家でたびたび会っているだろ」

 おばあさまは、月に一度は歯医者さんの帰りにお寄りになるもの。

 一見すると厳しそうだけれど、さっぱりしていて優しい人なのよね。

「今日はずいぶん緊張しているようだね、別に取って食べやしないよ」

 緊張するのも当然です、良太さんの婚約者として来ているんですから。

「鹿山あゆみです、よろしくお願いいたします」

「こちらこそ、よろしくね」


「くまさんも幸せだね、こんなかわいい娘さんが嫁になるなんて」

「かわいいだけじゃなくて、中学一年生なのにしっかりしているんですよ」

「ほう」

「家事や育児も、あたしよりずっと上手ですから」

「初めて会ったときから、この子なら良太とは似合いだと思っていたよ」


 ここまでのやり取りを、黙って聞いていたお父さまが。

「ほかに、おふくろから言ってあげることはないのかよ」

 おばあさまに接するお父さまは、お母さまに接する良太さんにそっくりね。

「くまさんが見初めた娘さんだからね、あたしからは何も言うことはないよ」

「だからって、緊張しているんだから優しい言葉のひとつぐらいは」

「この子は心の準備をしてから会いに来ているんだろ、ずっとましさ」

「ましって、何と比べているんだよ?」

「あんたがいないあの家で、いきなりあたしに会ったくまさんよりましだろ」

「確かにそうですわね、お義母さま」

 お母さまに接するおばあさまも、わたしに接するお母さまにそっくりね。


「良太が退屈そうにしているし、そろそろ食事にしようかね」

「食事って、おふくろが作ったのかよ」

「いまさら、あんたのためにあたしが料理するとでも?」

「まさか」

「ちょっと来ておくれ、桜井さん」

 おばあさまが声をかけると、キッチンから人が。

「料理を運んでもらおうか、リビングで食べる方が堅苦しくないだろ」

「あの……、わたしもお手伝いします」

 そう言って席を立とうとするわたしに、お母さまは。

「あゆみちゃんは座っていていいのよ、あたしが行くから」


 お父さまが、いつになく慌てた顔をしておばあさまに。

「今の人、誰だよ」

「桜井さんかい、住み込みのお手伝いさんだよ」

「お手伝いさんだなんて聞いていないぞ、いつから雇っているんだよ」

「確か……、三年前からかね」

「三年も前から!」

 初めて見ました、お父さまが大きな声を出すなんて。

「あのころ、あんたが住み込みのお手伝いを探すと言っていただろ」

「確かに、そんなことを言ったけれど」

「桜井さんは、あんたのために見つけておいた人だよ」

 キッチンから運んできたお料理を、テーブルに並べているお母さまは。

「あたしが一緒に住むようになったから、お義母さまが代わりにお雇いに?」

「声をかけていたのに、むげに断れないからね」

「すみません、あたしのために」

「くまさんは気にしなくていいんだよ、あたしも楽をしたいと思っていたし」

「それでも、俺にひと言ぐらいあっても」

「何を言っているんだい、この親不孝者は」

「どこが親不孝者だよ」

「桜井さんに初めて会ったなんて、どれだけ実家に顔を出していないんだよ」




「あゆみちゃんたらどこに行っていたのよ、戻ってこないから心配したわ」

「空いたお皿を下げに、キッチンへ」

「それにしては随分と時間がかかったわね、何かあったの?」

「良太さんが気に入ったお料理があったので、作り方を聞いていたんです」

「ほう、桜井さんから作り方を聞いていたのかい?」

「良太さんの好きなお料理のレパートリーを、増やしておきたかったので」

 そうなの、良太さんがとても気に入って何回も箸を伸ばしていたのは。

 豚の角煮に似ているけれど、ずっととろっとしているお料理。

 中国のお料理で、東坡肉トンポーローっていうんですって。

「大したフットワークだね、あんたは」

「いいえ、そんなことは」

「良太が好きな料理だと見たら、すぐに教わりに行けるなんて」

「家族に食べてもらうお料理を作るのが、好きなだけです」

「この子と一緒になるなら、良太は食べるものには一生苦労しないだろうよ」

 お母さまに、そう言ってくださったおばあさま。

「良かったじゃないかくまさん、これで良太の心配はいらないね」

 気に入ってもらえたみたいで、ホッとしちゃった。


「それじゃ、一緒に来ておくれ」

 デザートを食べ終わるころに、おばあさまからそう言われたの。

 連れていかれたのは、書斎のような部屋。

 おばあさまは奥の棚から箱を取り出すと、わたしの前に。

「これは?」

「あたしからの婚約祝いだよ、開けてごらん」

 箱を開けると、中には立派な包丁のセットが。

 三徳包丁と刺身包丁と出刃包丁に、中華包丁とペティナイフ。

「指輪や何やらはくまさんか強が用意するだろうから、あたしからはこれを」

「こんなに立派な包丁を、わたしがいただいても?」

「料理好きへのお祝いにはぴったりだろ、あんたが料理好きで良かったよ」

「ありがとうございます、大切に使います」


「これはね、良太が結婚する相手に渡すつもりで買っておいたんだよ」

 それじゃあ、今回の婚約話の前から用意していたのね。

「良太が結婚するまで、あたしが生きていられるか分からなかったけれど」

 そんな……。

「まさか、こんなに早く渡せる日がくるとは思ってもみなかったよ」

 その点については、多少なりとも申し訳ないと思っています。


「あの……、お願いがあるんですが」

「何だい、言ってごらん」

「桜井さんにお料理を習いたいんです、こちらに通わせていただいても?」

「それなら、あたしが桜井さんに話してあげよう」

「ありがとうございます、それともうひとつ」

「何だね」

「使い分けも習いたいので、包丁はこちらに置いておきたいんですけれど」

「構わないさ、いちいち持ってくるのも面倒だろうからね」

 おばあさまのお許しをいただき、この後には桜井さんからの同意も得て。

 わたしは週に一度、お料理を習いにおばあさまの家に通うことになったの。




 一連のことが無事に終わり、婚約騒動はようやく一段落。

 あっ、つい騒動なんて言っちゃった。

 一緒に過ごせるようになっただけではなく、大好きな良太さんと婚約まで。

 桜の咲く春にお父さまと再会し次の春に結婚された、お母さまのように。

 わたしの幸せも、春から始まるみたいです。




 何日かが過ぎて、やっと普段の生活のリズムに戻ったある日。

 お母さまに呼ばれて、良太さんと二人でリビングに行くと。

「二人とも、お疲れさま」

 お父さまも座っているし、これから何が始まるのかしら?

「婚約の会や実家への報告が終わったから、これで晴れて婚約者ね」

「改めてどうしたのさ、何かを成し遂げたって顔をしているみたいだけれど」

 良太さん、いきなりお母さまに突っかからないの。

「言っておくけれど、母さんが一人で満足しているだけだからね」

「そんなことを言うなら、あなたにはあげないわよ」

 わたしが渡された袋に入っている、携帯電話の箱を見た良太さんは。

「どうして、あゆみに携帯電話を?」

「携帯電話を持っていれば、ちょっとした連絡をしたいときに便利だからよ」

「去年、僕がねだったときには買ってくれなかったのに」

「そりゃそうよ、あなたには連絡なんてしないもの」

「でも、わたしに携帯電話はまだ……」

「ご両親とも相談して決めたんだから、気にしないでいいのよ」

「僕のことは気にしないの?」

「すねないの、あなたの分もあるに決まっているでしょ」

「最初から渡せばいいだろ、これじゃあゆみのついでみたいだよ」

 直前に、お母さまに対してあんな口をきいたからでは?


「さて、この状況を自分で望んでいたあゆみちゃんはともかくとして」

 お母さま、話題の変え方が乱暴過ぎませんか?

「何が何だか分からなかった良太は、大変だったでしょ」

「ふうん、僕が大変だったってことについては多少の自覚はあるんだね」

 良太さんの嫌みを、完全にスルーしたお母さま。

「この婚約については、あたしが勝手に暴走していると思ったんじゃない?」

「疑問形じゃないさ、僕は心の底からそう思っているよ」

「だから言っただろ、くまさんからじゃなく俺から話した方がいいって」

「この子たちだって、あたしから話してあげないと納得できないでしょ」

 お父さまは、お母さまに代わって説明しようとしていたみたいだけれど。

 何を話すつもりかしら。

 お父さまから話を聞けば良太さんが納得するって、どういうことですか?


「ご両親を説得しに大阪に行こうとしたときに、大家さんから言われたのよ」

「何てさ」

「いくらあゆみちゃんを好きでも、あたしの思うようにするのはだめだって」

「父さんから言われないと、そんな当たり前のことも分からないの?」

 良太さん、言葉を選んでっ!

「東京に呼ぶことが、必ずしも今後の人生にプラスになるとは限らないって」

「父さんじゃなくても、良識がある大人ならそう言うだろ」

 だから、良太さんっ!

「東京に呼ぶだけじゃなく、自分の息子と婚約させるなんてさ」

「それでも、あたしが大阪に行ったのは……」

 ここで、少し間を空けたお母さま。

「あたしは三十五歳で大家さんと再会して、翌年に結婚したでしょ」

 良太さん、何をいまさらって顔をしないでお母さまの話をちゃんと聞いて。

「若いころに一緒に過ごした思い出があればいいのになって、たまに思うの」

 お母さま……。


「大阪で毎日のように良太を思っていても、会えるのは年に数回でしょ」

「数回といっても、長い休みのたびに来ていただろ」

 確かに、トータルだと年にふた月はこの家にいましたけれど。

「あゆみちゃんから、あなたの奥さんになりたいって言われたときに」

 そこって、創作が入っていませんか?

 わたしから言ったのではありませんよ、お母さまからでしたよね。

「手元に呼んであげれば、今から良太との思い出をたくさん作れると思って」

「僕があゆみのことを好きじゃなかったら、どうするつもりだったのさ?」

「いくらあたしでも、婚約させようとは思わないわよ」

「じゃあ」

「あなたがあゆみちゃんを好きなことは、確信していたもの」

「か、確信って」

「とにかく、この婚約はすべてあゆみちゃんのためなんだから」

「やっぱり、僕はどうでもいいんだね」

「文句を言わずに、あなたは思い出をたくさん作ってあげなさい」


 ここで、ようやくお父さまが。

「おまえたちを思ってのことなんだから、理解してやれよ」

「理解するかどうかはともかく、母さんの行動については諦めているよ」

「だったら、くまさんを許してやれるな」

 あの、許すとか許さないとかの話では……。

「まあ、あゆみのためだって言うからね」

「良太は許してくれるってさ、くまさん」

「僕にとっても人生の一大事なんだから、事前に知らせてほしかったけれど」

 そう言った良太さんが、みんなの顔を見渡して。

「この家に引っ越したことも含めて、母さんの暴走が正解することもあるし」

「偉そうに言うんじゃないの、子供のくせに」

「それでも極端過ぎるんだよ、高校か大学を卒業してからで良かっただろ?」

「何を言っているのよ、卒業と同時に結婚するかもしれないのに」

「はあ?」

 まさか、お母さま。

 早期婚約の次は、早期結婚させようとしているのですか?




 良太さんのお部屋に戻ってから。

「わたしが自分のお部屋にいるときは、連絡に携帯電話を使わないで」

「どうしてさ、何のための携帯電話だよ」

「コンコンがいいからです、顔を見て話せるでしょ」

 本当に鈍いんだから。

 良太さんのこんなところは、おいおい修正していく必要があるわね。




Copyright 2025 後落 超


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