第四話 初デートのお土産は婚約の会 後編
ついに、婚約の会がとり行われる日がやってまいりました。
とはいえ、当事者のわたしは特に緊張することもなく落ち着いています。
普段と何も変わらずに、早くから朝食の支度をしていたぐらいでしたから。
お父さんとお母さんが、良太さんのことを好きになってくれるといいな。
せいぜい、そんなことを思うぐらい。
それも当然だと思います、願いがかなった結果の婚約の会なんですから。
緊張するっていうより、むしろ歓喜の舞でも踊りたい気分です。
その一方で、もう一人の当事者。
良太さんはといえば。
「昨日の夜から落ち着かなかったみたいね、ずいぶん遅くまで明かりが」
お部屋に起こしにいったときも、見るからに寝不足だって顔をしていたし。
「どんなことになるのか心配で、なかなか眠れなくてさ」
「そんなに心配をしなくても、深刻な席になるはずはないんですから」
「どうして断言できるのさ」
「婚約をしたといっても、良太さんは中学二年生でわたしは一年生ですよ」
「この年で婚約すること自体がおかしいんだから、何があっても驚かないさ」
「何かって、何があるっていうんです?」
「知らないよ、考えるのも嫌だね」
嫌だなんて言っちゃって、考えていたからこそ眠れなかったのでは?
「心配しなくても、わたしたちが結婚するのはずっと先のことですもの」
「でも、婚約するのは今日だよ」
「今日は顔合わせをするだけです、婚約そのものはとっくに済んでいますよ」
「そうか、親同士が決めた婚約だって母さんが言っていたよね」
「お母さまが大阪にいらっしゃったときに、わたしの両親と決めましたから」
小さくため息をついた良太さんに。
「いつまでも寝ぼけたままでいないで、顔を洗ってきて」
さて、婚約の会ですが。
良太さんの家族からは、お父さまとお母さまと良太さんが。
わたしの家族からは、両親とお姉ちゃんとわたしが出席します。
お母さまが予約したお店は、ホテルの中にあるので。
大阪から来たわたしの両親とは、ホテルのロビーで待ち合わせて。
お店に入ると、通されたのは思っていたよりもずっと立派なお座敷。
さっさと座ろうとする良太さんに、お母さまは。
「あなたって子は、また一人で先に座ろうとしてっ!」
お母さま、おめでたい席ですしわたしの両親の前ですから……。
「まずはあゆみちゃんをエスコートしなさいって、言ったばかりでしょ」
ですから、良太さんへのお小言はもう少しセーブしていただければ。
「くまさん、あゆみちゃんのご両親の前なんだから」
いつもながら、冷静にフォローしてくれたお父さま。
テーブルの端の席に座ろうとしている、良太さんにも。
「良太とあゆみちゃんは、真ん中の席に向かい合って座るんだよ」
「へえ、そうなんだ」
「今日の主役は、良太とあゆみちゃんなんだから」
そう言われた良太さんは、かしこまって座っているけれど。
もう少しリラックスできないのかしら、それではすぐに疲れちゃいますよ。
お父さまとわたしのお父さんが、お互いの家族を紹介し終わると。
いわゆる歓談が始まり、やることのない良太さんは。
自分の向かいに並んで座っている、わたしの家族を眺めていたけれど。
後から聞いた感想では。
お姉ちゃんは、明るくて良くしゃべるお父さんに似ていて。
わたしは、控えめで物静かなお母さんに似ているって。
あの場で肝心なことは、もっとほかにあったと思うんだけれど。
自分がわたしの両親に気に入られているかなど、それとなく観察するとか。
和やかな、と思われる会話をしているとお食事が運ばれてきた。
気に入ったお料理だと、あっという間に食べ終わっちゃう良太さんだから。
空になったお皿を、手をつけていないわたしのお皿と交換してあげたり。
良太さんが気に入ったお料理を作ってあげようと、そっとメモを取ったり。
そんな合間にも、みんなへの気配りを欠かさないようにして。
今日は、良太さんとわたしの婚約の会に出席してもらっているんだものね。
デザートを食べ終わり、そろそろお開きかなと思っていると。
お母さまに呼ばれて、二人でお部屋の外へ。
だから、これは後から良太さんに聞いたんだけれど。
空いたわたしのお席にお母さんが座ったので、良太さんは。
お母さんは、自分に言いたいことがあるんだろうと感じたんだって。
「あなたのお話は、いつもあゆみから聞いていたのよ」
「はい」
「お母さまの結婚式で東京に行ってからは、口癖のように言っていたから」
「何と?」
「あなたの奥さんになりたいって、ね」
「うっ……」
「東京のあなたのもとに行きたいと言い出したときは、反対したのよ」
「すみません」
「中学生になったばかりのあゆみを、一人で東京に行かせるなんて」
「すみません」
「それでも、あなたのお母さまが大阪にみえたときに言ってくださって」
「すみません」
「二人をきちんと婚約させた上で、自分たちの娘のつもりで大切にするって」
「母さんが……、すみません」
「それを聞いて、お母さまが本気なんだと伝わったから許すことにしたのよ」
「本当に、すみません」
途中からは、良太さんはすみませんと繰り返すばかりだったって。
「これからは、あなたがあたしたちの代わりにあゆみを幸せにしてあげてね」
「はい」
母親からそんなことを言われ、さすがに責任の重さを感じたのか。
良太さんは、そのひとことしか答えられなかったんだって。
お母さんたら、なにもそこまで良太さんを追い込むような話をしなくても。
でも、お母さんにはお礼を言わなくちゃね。
それだけ言われたからこそ、婚約した現実味を良太さんが認識したんだし。
ありがとう、お母さん。
婚約の会が無事に終わり。
お父さんとお母さんが大阪に帰るまで、少し時間があったから。
家族四人で、ロビーにある喫茶コーナーへ行ったの。
うちの家族が四人で一緒にいるなんて、二年半ぶりかしら。
お姉ちゃんがお母さまに同行して、大阪に出張をして以来だから。
「ほな、ほんまにこのまま帰ってまうんか?」
「ええ、今日はあゆみをお願いするごあいさつに来ただけだもの」
「せっかく、課長が家に泊まれ言うとるんやし」
「そうよ、泊まっていけばいいのに」
「あゆみにも会えたし良太君と話もできたからね、今日は帰るわ」
せっかくなのに、少し残念。
わたしが暮らしている環境を見て、もっと安心してもらいたかったのにな。
「そういえばお母ちゃん、さっきは何を読んどったん?」
「良太君から渡されたお手紙よ、昨日の夜に書いたんですって」
「お手紙って、良太さんがお母さんに?」
そんな手紙をお母さんに渡していたなんて、知らなかったな。
じゃあ昨日、遅くまで起きていたのは手紙を書いていたからなのね。
「良太のやつめっちゃ古風やな、なんて書いてあったん?」
「内緒にしてほしいって書いてあったから、教えられないわよ」
「なんや、けちくさ」
「でも、あゆみのことを大切に思ってくれているみたいね」
良かった、良太さんのことを気に入ってくれたみたいで。
今度のことで、良太さんは婚約した責任を感じてくれたみたいだし。
この婚約の会をした意味は、十分にあったわね。
「良太は元気で明るうて男前やし、あゆみにはええ相手やろ」
ここはもっと褒めていいところよ、お姉ちゃん。
「そうね」
「課長と大家さんも優しいし」
「あのご両親だったら、あゆみをお任せしても安心ね」
「みんなからあゆみはかわいがってもろとる、せやから心配せんといて」
「心配していないわよ、今のあゆみの顔を見ていれば幸せなのは分かるもの」
「そないいうても、娘を手放した母親の心境を察すると胸が痛うて」
「あのね、それはあなたが結婚するときにあゆみが言うせりふでしょ」
「ほんまやな、せやけど笑い過ぎやでお母ちゃん」
「じゃあ、あたしたちは新幹線の時間があるから」
そう言うと、お父さんに目配せをしてから席を立つお母さん。
「わたしも東京駅まで行くわ」
「お母ちゃんたちはウチが見送るさかい、自分は良太と一緒に帰り」
「でも、しばらく会えないし」
「新幹線で二時間半じゃない、また遊びに来るからあなたは帰りなさい」
家族が帰るのを見送るのって、変な気持ちね。
お嫁にいくって、こんな気持ちになることなのかしら。
おうちに帰ってからは、良太さんのお部屋へ。
印刷したばかりの今日の写真を見ていたら、いろいろ思い出しちゃった。
婚約の会のお部屋から連れ出されたときに、お母さまから言われたことを。
「どうして、わざわざお部屋の外に出たんですか?」
「正式に婚約したんだし、帰ったら良太におねだりをしちゃいなさい」
「何を、ですか?」
「だから、今夜にでもキスぐらい」
キスって、何てことを言うんですかお母さまっ!
「大人になるまでは、節度を保った清い交際をするはずなのでは?」
ご自分で、そう言っていましたよね。
「中学生としては、キスぐらいなら節度を保った清い交際の範囲内でしょ」
それって、未来の嫁に対して婚約者の母親が言うせりふですか?
「でも、わたしからそんなことをお願いするのは」
「あたしがたきつけてあげるから、大丈夫よ」
たきつけるって、しかも何がどう大丈夫だというんですか?
「だから、その後は自分で何とかするのよ」
何とかしろって、具体的にわたしはどうすればいいんですかっ!
「そんなに顔をくっ付けて、何をやっているのかな?」
ノックもせず、足音も消して良太さんのお部屋に入ってきたお母さま。
「何を驚いているのよ、ケーキと紅茶を持ってきてあげたのに」
「ノックぐらいしてよ、それに二人で写真を見ていただけだし」
「子供のくせに、あゆみちゃんにキスでもしようとしていたんじゃないの?」
ちょっと待ってください、お母さま。
まさかとは思いますが、あのときのたきつけるってこのことですか?
あまりにもストレートすぎて、まるで悪魔のせりふにしか聞こえませんが。
「その子供を、本人への相談や同意もなく婚約させたのはどこの誰だよ」
「反対のひとつもしなかったくせに」
「展開が急だったから、驚き過ぎて何も言えなかっただけだよ」
「それでも嫌じゃなかったんでしょ、だったら人のせいにしないで」
言いたくはありませんが、お母さま。
たきつける、から話がずれている気がするんですけれど。
「とにかく、婚約したからってあゆみちゃんに変なことをしないように」
たきつけているのに、変なことはするなと?
「つまらないことを言っていないで、早く出ていってよ」
「あゆみちゃん、襲われそうになったら大声を出して逃げるのよ」
「そんな心配はいらないよ、あゆみのお母さんにも約束したんだから」
「いい心掛けね、せめて高校に入るまでは清い関係をキープしなきゃだめよ」
まるで、高校に入ったら何をしてもいいと言っているように聞こえますよ。
言いたいことを言い終えたようで、笑いながら部屋を出ていったお母さま。
確かに、たきつけていたみたいだけれど。
この状態から、わたしにどうしろというんですか?
「良太さん、お母さまに対してあの言い方は」
「だって母さんの嫌な笑い方を見ただろ、人を変質者みたいに言っていたし」
まさか、ここからはわたしが何とかするパートってことかしら?
「お母さまは、ああ言ってましたけれど」
「母さんが、何を?」
何をって、さんざんたきつけていたじゃないですか。
「良太さんがしたいなら……、いいんじゃないかしら」
世も末ね。
わたしの口から、こんなせりふが飛び出す日がくるなんて。
「したいとかいいとか、何をさ?」
「だから、その……」
言おうとしてはみたけれど恥ずかしいを通り越しています、お母さま。
「急にどうしたの、あゆみらしくないな」
鈍感な良太さんには、思っていた効果がまったくないみたいですし。
それに、たとえ効果があったとしても。
わたしがキスをしたがっているようにしか、思えないんですけれど。
それでも両家公認の婚約者になれたことだし、今のわたしにはこれで十分。
だから、今日はこれぐらいにしておいてあげます。
お疲れさまでしたとありがとうを言ってから、自分のお部屋に戻ろうっと。
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