表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/24

第二十四話 自転車とあゆみちゃん 後編

 ナシ狩りから数日、ようやく秋らしくなった夜。

 夕食後のデザートに、お土産に買ってきたナシを食べている良太さんが。

「あゆみは、自転車を普段使いはしないつもり?」

「どうしてですか」

「あのままだと宝の持ち腐れだろ、車庫でほこりをかぶっていたんじゃ」

 確かに、彩湖へのサイクリングデートの後。

 わたしの自転車は、隣の家の車庫に置かれたままなんです。

「こんなことなら、電動アシスト付きのママチャリにすれば良かったのに」

「どうして?」

「詩織と菜摘を乗せて買い物に行けるからだよ、送り迎えも楽になるし」

「まだ先でしょ、詩織ちゃんと菜摘ちゃんを乗せられるようになるのは」

「子供の成長なんてあっという間だよ、すぐに乗せられるようになるさ」


「週に一度はおばあちゃんの家に通うんだから、そのときに乗れば?」

「お料理教室への行き帰りに、ですか」

 どうして、そんなにわたしを自転車に乗せたいのかしら。

「そういえば、あゆみはまだ自転車で車道を走ったことがないだろ」

 まだも何も、わたしが自転車で走ったことがあるのは。

 交通公園からの帰りに、車通りの少ない道を二十分ほど。

 彩湖へのサイクリングとナシ狩りでは。

 自転車通行可の広い歩道や、サイクリングロードでしたから。

「最初におばあちゃんの家に行くときは、僕も一瞬に行ってあげるよ」

 お台所での洗い物を終えて。

 リビングにいる、わたしたちの会話を耳にしたお母さまは。

「ちょうどよかった、お義母さまの家に行くなら浴衣を受け取ってきなさい」

「浴衣って?」

「お義母さまと、亡くなったお義父さまが着ていた浴衣よ」

「どうして、そんな昔の浴衣をもらってくるの?」

「あゆみちゃんと良太が着られるように、今風にリメイクしたんですって」

 先週、お料理教室のときにはそんな話はひと言もなかったのに。


「もう一つお使いを頼みたいの、ギョーザを買ってきてちょうだい」

「ギョーザ?」

「大家さんが好きなギョーザの専門店が、閉店したでしょ」

「スーパーマーケットの近くにあった店だろ、今は肉屋になったよね」

 そのお店のギョーザは、安くておいしいから。

 みんな、特にお父さまとお姉ちゃんが好きで。

 おかずにだけでなく、おつまみにも重宝していたんです。

「同じ系列のお店が、お義母さまが行く歯医者さんの近くにあるの」

 その歯医者さんって、おばあさまの家へ行く途中にあるんですよね。

「へえ、いくつ買ってくればいいの?」

「そうね、生のギョーザを二十人前」

「二十人前って、お使いって数じゃないだろ」

「十人前だと、三人娘でも来たらあっという間になくなっちゃうもの」

「二人ともクロスバイクなんだよ、前かごもないのに二十人前もどうやって」

「あなたが、リュックサックを背負っていけばいいでしょ」

「僕は配達員じゃないよ、かごを買ってくれなきゃ行かないから」

「しょうがないわね、前かごなら買ってあげるわ」

「最初から、かごを付けておいてくれれば良かったんだよ」




 浴衣とギョーザのお使いを兼ねた練習走行を終えて、おうちに帰ると。

「おばあさまの家へ往復しただけで、こんなに疲れるのね」

「だらしないな、たったあれしきで弱音を吐くなんて」

「走っている間は、ただひたすら体力と注意力を使いまくるんだもの」

 あの距離を自転車で移動するのは、運動能力に難があるわたしにとって。

 良太さんの言う、「たった」でも「あれしき」でもないんです。

「歩道やサイクリングロードと違って、車が横を通りすぎる車道だからよ」

「週に一度だろ、体力づくりだと思うんだね」


 そんなわけで、わたしの自転車は週に一度の出番を待っているんです。

 ちょっとかわいそうだけれど、ほこりをかぶっているわけではないし。

 何年間も放っておかれた、お母さまのジューサーミキサーよりはましよね。

 それでも、おばあさまの家に行く日に雨が降らないかな。

 などとわたしがひそかに願っていることは、内緒にしておきます。




 持ち帰った箱を開けてみると、良太さんとわたしへの浴衣と帯が。

「さすがお義母さまね、あゆみちゃんによく似合いそう」

「わたしには、少し大人っぽいのでは?」

「そんなことはないわ、もう中学生なんだもの」


「どうせ浴衣をくれるなら、お祭りに間に合うころにくれたら良かったのに」

「もらっておいて、文句を言わないの」

「せっかく浴衣をもらっても、出番が一年も先になるんじゃね」

 花火大会は八月の頭でしたし、お祭りだって先々週にありましたから。

「大丈夫よ、来週の土曜日はこれを着てお祭りに行けるから」

「だから、神社のお祭りなら先々週にあっただろ」

「あたしが言っているのは、隣駅の神社でお祭りがあるってことよ」

「お父さまとお母さまが、結婚式を挙げた神社ですか?」

「ええ」

 あそこは近所の神社より境内が広いから、さぞや盛大なお祭りでしょうね。


「そういえば、あゆみちゃんが履いていたげたって小さいんじゃない?」

「去年がぴったりでしたから、今年はちょっと小さかったかも」

「あたしが買ってあげるわ、これから駅前の呉服屋さんへ行かない?」

「母さんは来なくていいよ、お金をくれれば僕とあゆみで買いに行くから」

「だめよ、あたしのげたも買うんだもの」

「母さんもげたを、どうしてさ?」

「そりゃ、あなたたちと一緒にお祭りへ行くからに決まっているでしょ」

「もう、親と一緒にお祭りに行く年じゃないよ」

 先々週のお祭りには、一緒に行ったくせに。

「大人だけで行けばいいだろ、僕らは隼人と委員長を誘って四人で行くから」

「だって、今週末も大家さんは帰りが遅いもの」

 期首に、システム変更があるそうで。

 このところ、週末のお父さまは休日出勤が続いてあるんです。

「父さんがいなくても、三人娘がいるだろ」

「あたしは、はらはらやドキドキとは無縁なお祭りの風情を楽しみたいの」

 お姉ちゃんたちとなら、風情というよりアドベンチャーですものね。

「あたしが一緒なら、お小遣いの心配をしなくていいのにな~」

 良太さんの顔色が一瞬で変わったのを見て、だめを押すように。

「お祭りで使うお金は、あたしが出してあげるって言っているの」

「えっ!」

 良太さんたら、完全に食いついているじゃない。

「大家さんとは違って、好きなだけ出してあげてもいいわよ」

「そっ、そう?」

 まんまと、お母さまの作戦に引っかかっちゃって。

 わたしの水着を買いに行ったときと、まったく同じ手法じゃない。

 何度、同じ手に引っかかれば気がすむんですか?




 お祭りの日は、お母さまに浴衣を着付けてもらってから。

 家を出るまで、リビングで時間をつぶしていると。

「やっぱり、中学生にもなると落ち着いた柄も似合うわね」

「おばあさまからいただいた浴衣が、すてきなんですよ」

 先に着付けを終えて、暇を持て余していた良太さんが。

「去年まで着ていた浴衣より、大人っぽくて似合っていると思うな」

「あなたは本当に鈍いわね、年頃の女の子ってものを分かっていないし」

「どうしてさ」

「小学生だった去年の浴衣姿と比べられても、うれしさは今ひとつなのよ」

 そうですよ。

 褒めるなら、お母さまのように今の浴衣姿をストレートに褒めてください。

 大人っぽくなったのは浴衣だけでなく、中身のわたしもなんですから。




 隼人さんと優紀さんが迎えに来たので、玄関へ行くと。

 ご自身も家を出ようとしている、お母さまから。

「あまり遅くなるんじゃないわよ、子供だけなんだから」

 子供だけって。

 お祭りには、お母さまも同行する予定だったのでは?


 それについては、とある事情がありまして。

 お祭りでのお小遣いを拠出することで、同行を許されたお母さまですが。

 何日か前、おばあさまからお芝居を見に行こうとお誘いがありまして。

 お芝居がお祭りの当日なので、お母さまはお祭りへ行けなくなったんです。


 良太さんは、未練たっぷりにわたしたちを見ているお母さまに。

「心配しなくても、九時には帰ってくるから」

「余分にお小遣いをあげたからって、むだ遣いはしないようにね」

「分かっているよ」

「あたしは十時前に、大家さんは九時すぎに帰ってくるから」

「それじゃあ、行ってくるね」


 実は昨日の夜、良太さんがさも得意げに話していたんです。

「おばあちゃんに頼んだのさ、あゆみとデートだから母さんを遠ざけてって」

 どうせ、そんなことだろうと思いました。

「でも、お母さまが来ないなら当てにしていたお祭りでのお小遣いはなしね」

「それが、せっかくあゆみとお祭りデートなのにって言ったらくれたんだ」

 やっぱり鈍いし、何も分かっていないのね。

 このお祭りはわたしとのデートだ、良太さんがそう認識しているから。

 ご褒美として、お母さまからお小遣いをもらえたってことを。




 神社に着くと、良太さんと隼人さんが何やらこそこそと。

「屋台で食べ物を買うときは、あゆみと委員長に行かせよう」

「どうして?」

「先々週のお祭りで気がついたんだ、かわいい女の子だと盛りが違うって」

 情けないことを真剣に話しているわね、全部まる聞こえですよ。

 思っていても口に出す勇気はないわたしとは違い、優紀さんは。

「そんな理由で、婚約者や彼女を買いに行かせようとするなんて」

「きっ、聞こえていたの?」 

「本当にデリカシーがないわね、二人とも」

 あの……、わたしが言うのもなんですが。

 デリカシーがないのは、良太さん一人だと思います。

 隼人さんは、どうでもいいよって返事をしていましたから。


 手当たり次第に屋台グルメを満喫している、良太さんと隼人さん。

 じゃがバターとお好み焼きや、焼きそばから始まって。

 お次は、たこ焼きとソースせんべいに焼きイカを平らげて。

 今はトウモロコシを手にしながら、かき氷を買おうとしている。

「そんなに食べて大丈夫なの、峯岸君」

「別腹だよ、別腹」

「あきれた、別腹ってメインを食べた後のデザートとかに使うんでしょ」

「良太さんも、おなかと相談して食べないと」

「いいじゃないか、せっかく食べ放題なんだから」

 資金が潤沢だから食べられているだけで、食べ放題ではないでしょ。


 帰るころには、食べ過ぎで苦しそうに息をしている良太さんと隼人さん。

 情け容赦ない優紀さんは、とどめとばかりに。

「別腹だって、あれだけ豪語していたくせに」

 たとえ別腹だとしても、あそこまで食べたら。

「何でも買えるからって、片っ端から手を出すもんじゃないね」

「ほどほどが一番だって、よく分かったよ」

 二人とも反省しているようだし、これで懲りたのなら良しとしましょうか。




 隼人さんや優紀さんと別れて、おうちに帰ってくると。

 お父さまだけでなく、お母さまも帰っていて。

「どうしたのあゆみちゃん、そのぬいぐるみは」

「射的で良太さんが取ってくれた景品です、かわいいでしょ」

 そう言って、ぬいぐるみの頭をなでていると。

「射的、ぬいぐるみか……」

 そうつぶやくと、急に笑い出したお母さま。

「どうしたんですか、おかしそうに」

「前に、良太が射的の景品にもらったぬいぐるみをくれたことがあったの」

「あゆみちゃんのぬいぐるみに比べると、かなり残念なフォルムだったね」

「文句たらたらのあたしに、大家さんが言ったのよ」

「お父さまは、何と?」

「良太が一緒にお祭りに来るなんて、あと何年かだって」

「ぬいぐるみをくまさんにくれるのは今だけだよ、って言ったんだ」

「何年かしたら、ぬいぐるみはかわいい彼女にあげるようになるって」

 確かに、お父さまの言うとおりでしたね。

「でも、かわいい彼女があゆみちゃんだったのなら文句はないわ」




 毎年、夏休みになると長期でお泊まりにきていたとはいえ。

 お祭りがあるのは、夏休みが終わってからなので。

 わたしがお祭りへ一緒に行けたのは、今年が初めてだったけれど。

 隼人さんや優紀さんと行くお祭り、楽しかったな。


 東京に来て良太さんと過ごすようになって、もう半年か……。

 こうやって、二人で過ごす思い出がひとつずつ増えていくのね。

 明日はどんな思い出が増えるのか、楽しみ。

 これからも、こんな毎日が続きますように。

 ただし、自転車がらみではない思い出でお願いしますっ!




Copyright 2025 後落 超


「くまさんの春から 2nd season」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


 2nd seasonでは、お話の中心がくまさんと大家さんの関係から。

 中学生どうしで婚約した、良太君とあゆみちゃんにシフトして。

 二人が過ごす、騒々しい日々へと変わりましたが。


「くまさんの春から 3rd Season」では、新たな人物が登場します。

 その人物がある意味でのキーパーソンとなるお話が、何話か続きますが。

 比較的ゆるいこのお話にしては、その何話かは目まぐるしい展開になりますので。

 どうぞ、お楽しみに。


「くまさんの春から 3rd Season」は全二十四話、二十六年四月一日から投稿予定です。




 二十五年の十月三日からは、「難ガール 2nd season ~急展開すぎる恋にも難がある~」を投稿予定ですので。

 春は「くま春」、秋は「難ガール」でお楽しみいただけますと幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ