第二十話 夏休みなんだから大計画 ~親の心、子知る~
明らかにこの場を楽しんでいるように見えるお母さまは、良太さんに。
「それで、どうだったの?」
「どうって、何が」
「決まっているでしょ、あたしと大家さんがいない旅行についてよ」
「別に、普通だよ」
普通というのが、次々と遭遇したトラブルに対応するということでしたら。
確かに、わたしたちにとっては普通だったのかもしれませんね。
「何を言っているのよ、昨日は駅に着いて早々に迷子になっていたくせに」
「見ていたように言うね」
「もちろん見ていたわよ、のんびりお散歩をしながら」
「本当に見ていたの?」
「楽しく笑わせてもらったわ、逆へ逆へと歩いていくあなたたちにはね」
そうなの、わたしたちはずっと見られていたんですよ。
「悪趣味の極みだな、迷っていると思うなら声をかければいいだろ」
「いつものように駅からタクシーに乗らない、あなたたちが悪いんでしょ」
「タクシーに乗ったって誰も伝えられないもん、店の名前も場所も」
それって、自慢げに言うことではないと思いますよ。
「さんざん迷って、やっとお店を見つけたと思ったら入れないし」
「仕方ないだろ、満席だったんだから」
「あなたは世間をなめ過ぎなの、海水浴シーズンのお昼どきだっていうのに」
「ふん」
「ビーチの目の前にあるお店に、予約もしないで入ろうなんて」
「別に、入れなければ他の店で食べればいいんだから」
「ふうん、コンビニエンスストアのサンドイッチやおにぎりが?」
「うるさいな」
「観光地なのよ、おいしいお店は周りにいくらでもあるでしょ」
「おなかが減っていたからね、あれで十分満足したよ」
「あの角を曲がらなければ、いつも寄るとんかつ屋さんだってあったのに」
「えっ!」
「夕食のときだって、エレベーターには苦労したでしょ」
「乗れないほどに混むなら、事前に下の階を予約するように言うべきだろ」
それについては、わたしも同感です。
「いつも父さんが低層階を予約するのは、変だなと思ったよ」
「覚えておくのね、変だなと思うことには必ず理由があるってことを」
「そんなの、言葉で伝えるだけで良かっただろ」
「今日のビーチからの帰りもよ、交通規制でタクシーに乗れなかったでしょ」
「だから、何さ」
「駅から送迎バスに乗るべきなのよ、駅とホテルの間は規制の対象外だもの」
「母さんと違って僕らは若いんだから、あれぐらい歩いたって平気さ」
普通なら、ぐうの音も出ないはずなのに。
それなりに言い返している良太さんは、ある意味で立派です。
さっきはお母さまのお部屋で、一緒に来なかった理由を聞かされていたの。
お仕事の都合や、お二人だけで過ごしたかったからじゃないことを。
まずは、良太さんに感じさせるためだって。
お母さまやお父さまが、一緒にいないことの不便さを。
その上で、良太さんに学ばせるためだって。
たとえ不便な状況になったとしても、自力で対応することを。
確かに、今回の旅行では何度となく思ったもの。
お母さまやお父さまがいてくれれば良かったのに、ってね。
「あなたはもっと上手に立ち回れたはずよ、ここに来るのは五回目なんだし」
「大人が三人も一緒にいるんだよ、どうして僕が」
待ってください良太さん、まさか大人ってお姉ちゃんたちのことですか?
「三人娘を何だと思っているの」
ですよね、お母さま。
「あの子たちがいても、思っている以上に役に立たなかったでしょ」
おっしゃるとおりの姉で、返す言葉もありません。
「あなたは、いつまでも子供のままってわけにはいかないのよ」
「どうしてさ」
「中学生とはいえ、あゆみちゃんという婚約者がいるからでしょ」
「じゃあ、どうしろっていうのさ」
「それをあなたに自覚させるために、この旅行を計画したんじゃない」
「何だよ、それ」
「これは、かわいい子には旅をさせる大計画なのよ」
「さも母さんが付けそうな、ぱっとしない名前だな」
良太さんったら、内容よりも計画名が問題なんですか?
「親として、少しでも早くあなたに成長してもいたかったのよ」
「まるで、僕のためだって言っているように聞こえるけれど?」
「あなたを、あゆみちゃんが安心して頼れるようにするための特訓だもの」
「やっぱりね、どうせあゆみのためなんだろうって思っていたよ」
ええっ、このドタバタ劇ってわたしのためだったんですか?
わたしへの被害は、誰よりも甚大だったと思うんですけれど。
それに、何をするにもお姉ちゃんたちがいましたから。
まるで、重い鉄のげたを履かされているような特訓でしたよ。
「母さんの考えは尊重するけれど、それを子供に押し付けないほしいな」
「ふうん、どうしてだか理由を教えてちょうだい」
あれ、お母さまが妙な聞き方をしたわね。
まるで、良太さんがどう思っているのかを確認しているようだわ。
「子供でいる時間を飛ばして、ただ大人をまねしたって意味はないだろ」
「どうして?」
「子供の気持ちが分からない、そんな大人になっちゃうからね」
「ふうん」
「僕ら二人はゆっくり大人になるよ、トラブルをひとつずつ乗り越えながら」
「あなたの言い分は立派だし、あゆみちゃんも感動しているみたいだけれど」
わたしをちらっと見たお母さまは。
「大学を出て就職をして、何年かしたら結婚をするつもりをしているのよね」
「ああ」
「何年かして子供が生まれたら子育てを、それでいいと思っているの?」
二十代半ばまで婚約者でいるのは、わたしとしてはさすがにちょっと。
「ほら、あゆみちゃんもうなずいているじゃない」
つい、お母さまに同調しちゃった。
「あたしはこの計画で、飛び切りの促成栽培をしてあげようとしたのよ」
「栽培下手な親を持ったから、僕は苦労が絶えないよ」
「次に似たようなことがあったときには役立つ、そんな知恵はついたでしょ」
「勝手に暴走したわけじゃない、ってことだけは認めてあげるよ」
「ありがたく、でしょ」
「確かに、今回のことで分かったこともあるね」
「あなたも、子を思う親の心ってものをようやく知ったってことね」
「そうだね、僕が思っていたよりもずっと浅い心だったけれど」
良太さんったら、そう言ってしまっては身もふたもないのでは?
「まだあるよ、困っていても父さんさえいてくれれば解決するってことも」
「うっ、うるさいわねっ!」
動揺しているのを見ると、お母さまもうすうすは気づいていたのね。
「そんなときは、母さんがいてもいなくても問題はないってことも」
「だから言っただろ、くまさん」
「本当ね、大家さんが言っていたとおりの答えだったわ」
「父さんが言ったとおり?」
「この計画のことを相談したときに、大家さんから言われたのよ」
「何てさ」
「余計なことをしなくても良太は健全に育っているし、これからも育つって」
「やっぱり父さんは僕のことを分かってくれているよね、母さんに比べてさ」
わたしが、この特訓で分かったことは。
お二人が一緒にいてくれると、どんなに心強いかってことでしたよ。
「この計画はこれでおしまい、あゆみちゃんは三人娘を呼んできて」
お姉ちゃんたちや、隼人さんと優紀さんには。
このやり取りが始まる前に、隣の部屋で待機してもらっていたの。
みんながそろったところで、久しぶりにいつもの宴会が始まりました。
「宴会のレベルが、昨日とは大違いね」
「大家さんが持ってきた酒と、豪勢なつまみのおかげやな」
「こんなものまで、持ってこられたのですね」
既に満腹の良太さんは、食べ物には関心がないようで。
「それで、明日はどうするの?」
「プールは午後にして、朝はボートでアジを釣りに行かないか?」
お父さまの提案に、良太さんと隼人さんはもろ手をあげて賛成したけれど。
一方で、お姉ちゃんたちは。
「炎天下に釣りですか、あたしはパスかな」
「そもそも釣り言うたら早朝やろ、ウチは起きられへん」
「生きている餌を手で触るなんて、とても無理ですわ」
「良太と隼人を連れて三人で行くのね、残りの人は遊覧船に乗りましょ」
「遊覧船って、どこから?」
「あの磯料理の店が、道の駅から遊覧船を出しているんだよ」
「今日は、それの下見に行ってきたのよ」
「だから、お母さまとお父さまは道の駅にいたんですね」
「あゆみちゃんたちが来るなんて、思ってもいなかったけれど」
「わざわざ下見に行くて、課長らしゅうない」
「あなたたちの見張りばっかりじゃね、わたしたちも退屈をしていたのよ」
「顔を合わせないように、海やプールに行けなかったからな」
「結果的には、あゆみちゃんとお会いになっていますわ」
蝶野さんの指摘をスルーしたお母さまが。
「大家さんたち三人は早朝から釣りで、あたしたちはのんびり遊覧船ね」
「磯料理の店は予約をしておくから、昼に店内で合流しよう」
みんなが部屋を出ていくと、優紀さんとお姉ちゃんとわたしだけに。
「あゆみちゃんは、石田君に付き合ってプールや海ばかりで飽きないの?」
「こいつはなんでもええんや、良太さえ一緒なら」
一人でビールを飲み続けながら、そう言っているお姉ちゃんは無視して。
「わたしも楽しんでいますよ」
「そうなの?」
「夏の旅行以外で良太さんとプールへ行くのは、年に一回ぐらいですから」
「ここで飽きるほど遊んでおくからやんけ、ほんまにあゆみは良太に甘いな」
「本当ね、あゆみちゃんが羨ましいわ」
わたしとしてみれば、優紀さんこそ羨ましいと思いますよ。
隼人さんに、いつでも優しくしてもらっているじゃないですか。
それでもわたしは、たまに優しくしてくれる良太さんが好きですけれど。
「思っていた以上に、奇麗だったわね」
「二日酔いが、あっちゅう間に飛んでったで」
「お魚もたくさん見られましたし」
「良く言うわ、眠いから行きたくないって散々ごねていたのは誰よ」
そうなのです。
翌朝、暗いうちから釣りに行った良太さんたちに対して。
朝食の後はのんびりしてから、十時半にホテルを出発したわたしたち。
遊覧船は、船底が透明になっていて。
ばっちり見える海の景色には、感動しちゃった。
「ちょっとした水族館、くらいに思っていたのに」
普段はクールな優紀さんですら、こうだもの。
「名前を知らない魚でも、あれだけ群れで泳いでいると感動するのね」
お昼になり、待ち合わせをしている磯料理のお店に行くと。
早朝からの釣りを終えた良太さんたちは、先に来ていて。
釣りたてのアジをたたきにしてもらって食べたら、とってもおいしかった。
ボートを借りた船宿が、このお店を経営しているからこその特権よね。
帰りはホテルの送迎バスに乗るから、駅まで歩くことにしたんだけれど。
「どうしたの良太、駅はこっちよ」
「僕と隼人は、腹ごなしに歩いてホテルに帰るよ」
そう言って歩き出した、良太さんと隼人さん。
これだけ暑いのに、よく昨日に続いて歩いて帰ろうなんて思えるわね。
「はい、これ」
お夕食を終えてお部屋に戻ると、良太さんから渡されたのは。
お母さまに驚いたわたしが落として、粉々にしちゃったイルカの置物。
「委員長から聞いたよ、母さんに驚いたんで落として割っちゃたって」
歩いてホテルに帰ったのは、道の駅でこれを買うためだったのね。
「壊しちゃったのが、イルカだって聞いたから買ったんだ」
「ありがとう」
「せっかく、かわいい麦わら帽子を見つけておいたのにな」
「うれしいわ、やっぱりわたしにはイルカですもの」
「プールや海ばかりで退屈だっただろ」
「ううん、楽しかったし夏の旅行はこれでいいの」
それに、うれしかったし。
良太さんが、無理して急がずゆっくり二人で大人になるって言ってくれて。
何かをしたりどこかへ行ったりするたび、思い出をくれる良太さんは。
少しずつ、頼りがいのある人になっていると思いますよ。
お母さまが心配して、こんな大作戦を用意しなくてもね。
今年の夏の旅行もおしまいか、明日はおうちに帰るのね……。
もう少し、いたい?
旅行は旅行で楽しいけれど、一年のうちに何日かだけだから楽しいのよね。
わたしは、おうちで良太さんと過ごす特別ではない毎日が好きなんだもの。
来年は、詩織ちゃんと菜摘ちゃんも連れてきてあげられるかしら。
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