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第二話 急(せ)いてんの、へきえき 後編

 あゆみの手を引いてリビングから出ていこうとすると、母さんが。

「ちょっと、どこへ行くのよ?」

「僕の部屋だよ、詳しい話をあゆみから聞いて気持ちを整理したいんだ」

「話なら、ここですればいいでしょ」

「これ以上、母さんに余計な口出しをされたくないんでね」


 僕の部屋で、あゆみと向かい合って座ると。

「婚約って何のことなのか、分かるように説明してくれないかな」

「そのお話なら、さっきお母さまから聞いたでしょ」

 洗濯物をたたみ始めながら、涼しい顔でそう言ったあゆみ。

「母さんの話じゃ納得できないから、当事者に直接聞いているんだろ」

「良太さんだって、当事者なんですよ」

「ふっ、何も知らない当事者か」

 思わず吹き出した僕を見たあゆみは。

 たたみ終わった洗濯物を、クローゼットにしまおうとしていた手を止めて。

 まっすぐ僕の目を見てから。

「わたしは、イルカのヘアピンをもらったときに決めたの」

「決めたって、何を」

「良太さんの奥さんになるって」

 確か、僕があゆみにイルカのヘアピンをあげたのは二年半前だったっけ。

 だったら、あゆみが四年生のときの話じゃないか。

「大人になるまで、このまま待っているのは嫌だなって思っていたら」

 衝撃的な話を、落ち着いた口調で続けるあゆみ。

「双子のお世話と、このおうちの家事が大変になるって話を聞いたの」

「そんな話を、いったい誰から」

「お姉ちゃんから」

 なんてこった、姉妹でそんな伝言ゲームを。

「それで、両親にお願いしたのよ」

 双子の世話と家事を引き受ければ、僕と一緒にいられると思ったのか。

「わたしが引き受けるから、良太さんのおうちに行きたいって」

 あゆみの両親も災難だな、いきなりそんなお願いをされたんじゃ。

「でもね、猛反対されちゃったの」

 そりゃそうなるだろ、いきなりそんなことを言われたら。

「結婚前の娘を、会ったこともない人のところに行かせられないって」

 まともな親だったら、そう言うのが当然だと思うよ。

「だからお母さまに事情を話して、両親を説得してもらったのよ」

 普通の母親なら、あゆみを説得しようとするだろうに。

 あゆみの両親を説得しに、わざわざ大阪まで行っちゃう母さんって。

「で、お母さまは言ってくださったの」

「何てさ」

「ちゃんとこの先の責任をとるから、わたしを上京させてあげてほしいって」

「この先の責任?」

「だから……、わたしを良太さんと婚約させるからって」

 以前みたいに、会話の途中で少し間が空いたってことは。

 多少は後ろめたいらしいな、あゆみも。


「それで」

 意を決したように、話を続けるあゆみは。

「わたしがここにいるのは、わたしたちが婚約しているからなの」

 きっぱりと、そう言い切った。

「過程は分かったけれど、そのまま納得しろって言われてもなあ」

 僕の話を遮ったあゆみの口からは、さらなる衝撃発言が。

「それに、わたしたちが婚約したのはみんなが知っているんだし」

「みんなって、誰が?」

「先生や学校のみんなよ」

「どうして、そんなことを先生や学校のみんなが知っているのさ」

「話したからですよ、良太さんやわたしの担任に」

「えっ、話したってあゆみが?」

「わたしじゃありません、お母さまが昨日の午後に学校にいらして」

「そんなことのために、母さんは会社を早退したの?」

 何を考えているんだよ、社会人として失格だろ。

 会社を早退してまで、わざわざ学校にまで言いふらしに行くなんて。

「そんなこと、じゃありませんよ」

「どうしてさ」

「先生たちにはちゃんと話をしておくべきだって、お母さまは言っていたわ」

「だから、どうしてそんなことをわざわざ」

「学校内で変な誤解を生んだり、うわさが流れたりするからです」

 確かに、こんなことでうわさをされるのは勘弁してもらいたいな。

 誤解やうわさが原因で、これ以上のごたごたに巻き込まれるのも。

「先生はともかく、どうしてみんなが知っているのさ?」

「たまたま職員室にいた、わたしのクラスメートが聞いていたの」

「それじゃ、明日は大騒ぎになるな」

「もうなっているわ、今日の帰りにクラスのみんなに冷やかされたもの」

「うう……」

 ただでさえ、うわさになっているのに。

 隣りに住んでいて、二人で赤ん坊を連れて買い物しているだけじゃなくて。

 実は、婚約している中学二年生と一年生か。


 いきさつを話し終え、洗濯物をクローゼットにしまい始めたあゆみ。

 僕に背を向けたまま、静かに聞いてきた。

「わたしが無理やり押し掛けたから、怒っている?」

「あゆみに怒っているんじゃないよ、怒っているのは母さんに対してさ」

「お母さまに?」

「僕に何の相談もせずに、勝手にこんな話を進めたからだよ」

「じゃあ、わたしが来たことは?」

「あゆみがいるのは、僕にとっては怒るようなことじゃないよ」

「ほんと?」

「ああ、それにあゆみはもうこっちに来ちゃったんだし」

「じやあ、このままここにいてもいいの?」

「うん」

 あゆみの性格じゃ、こんなことをするのは大変だったろうな。

 きっと、よっぽどの固い決意で臨んだんだね。

「じゃあ、わたしが婚約者になってもいいの?」

 あゆみの肩が震えているように見えたんで、そっと手を置くと。

 びくっとしてから、振り向いたあゆみ。

「いいよ、このままで」

 僕がそう答えると、無理をして笑おうとするものだから。

 目にいっぱい浮かべていた涙が、僕の手の甲にこぼれ落ちた。

 それを見た僕は、思ったんだ。

 今のあゆみの姿を、いつまでも覚えていてあげようって。

 それと、母さんにはちゃんと謝ってもらわなくちゃって。




 覚悟はしていたけれど、登校すると真っ先にやって来た隼人。

「おい、大騒ぎになっているぞ」

「やっぱり……」

「どうなっているんだよ、おまえとあゆみちゃんが婚約したって」

 真剣な声でそう聞いてはいるけれど、目が笑っているのを見ると。

 隼人は、心配だけしているわけじゃないようで。

 少なからず、この状況を面白がっているんだろうな。

「どうもこうも、当の俺だって知ったのは昨日なんだから」

「婚約した当人なのに、知ったのが昨日?」

「母さんが勝手に動きまわって、こんなことになっているんだから」

「苦労が絶えないな、おまえも」

 このまま教室で話していたんじゃ、みんなの視線が痛いんで。

 隼人の袖をつかむと、そそくさと外階段の踊り場に移動を。


 とりあえず、昨日からのドタバタとした経緯を説明すると。

「じゃあ、婚約したってのは本当なんだな」

「ああ」

「どうして浮かない顔をしているんだよ」

 もう長い付き合いなんだから、こんな顔の理由ぐらい察してくれよ。

「こんなところで、こそこそと話していないといけないからだよ」

「学校中のみんなが、あれだけ興味津々になっているんじゃ無理もないか」

「母さんが一人で騒いでいる、なんちゃって婚約だと思っていたのに」

「違ったってわけか」

「ああ、学校に乗り込んで婚約宣言までしたっていうから困っているんだ」

「どれもこれも、おまえの母さんのやりそうなことだけれど」

 僕の家の内情を、誰よりも熟知している隼人だけに。

 母さんが暴走したんだろうってことは、あっという間に納得してくれた。

 多分に情けないけれど、隼人は母さんの行いを日頃から見ているからね。

「でも、おまえの母さんが学校に乗り込んだのにも意味はあると思うぞ」

「そうかなあ」

「先手を打って教師に納得させれば、事態が悪化するのを未然に防げるから」

「教師が納得している以上、生徒が大騒ぎすることはないってことか」

「とにかく、クラスのみんなには俺がうまく説明をしておくから」

 さすが隼人、こんなときは頼りになるな。

「すぐに騒ぎも静まるだろうし、あんまり辛気くさい顔をするなよ」

「ああ」

「おまえだって不満はないんだろ、相手はあゆみちゃんなんだから」

「それはまあ、な」

 ここまで話して納得したらしく、隼人は。

「あゆみちゃんも思い切ったことをするよな、東京に来ちゃうなんて」

「すべてが公になってほっとしたからか、今朝なんか生き生きとしていたよ」

 この騒動で喜んでいるのは、一位が母さんで二位があゆみだもの。


 とはいえ、そんな親友からの援護も当日からの効果は限定的。

 うちのクラスはともかくとして、ほかのクラスは手つかずだもの。

 僕らのうわさ話は、学校中のそこかしこで飛び交っているようで。

 廊下を歩いていても、のべつ幕なしに興味本位の視線が突き刺さってくる。

 ああ、難儀な毎日が始まるのか……。




 学校から帰って、ようやくひと休みしているのに。

 終業と同時に猛ダッシュをしたらしく、驚異的な時刻に帰ってきた三人娘。

 詩織と菜摘をあやしていた僕とあゆみを、リビングに下りてこさせて。

 これから大騒ぎをするわよ、そんな気が満々って感じです。

「良太君とあゆみちゃんが婚約したんですって!」

「……」

「まだ中学生のお二人には、早いのでは?」

 きっと、昼休みにでも母さんが爆弾発言をしたんだろうな。

 それにしても、鹿山さんが一人だけ何も言わなかったのが気になるけれど。


「だから、母さんが勝手に画策したんだってば」

「課長が、どうして?」

「あゆみを自分の手元に置いておきたいからだよ」

「違いますよ、お母さまはわたしのお願いを聞いてくださったんです」

「上京したいというお願いですの?」

「いいえ、良太さんの奥さんになりたいってお願いです」

 そんなあゆみの発言を気にする間もなく、鹿山さんが。

「自分ら、ちょっと来ぃ」


 僕の部屋に移動し、鹿山さんにもろもろの事情を説明している僕とあゆみ。

「せやから、婚約てなんのことや言うとんねん」

「さっきも話したでしょ、わたしと良太さんが婚約したんだって」

 昨日その話を聞いたばかりの僕と違い、あゆみにとっては過去形なんだね。

「自分ら、まだ中学生やで」

 それについては僕も同感ですよ、未来のお義姉さん。

「婚約するのが、わたしがこっちに来られる条件だったんだもの」

「母さんが、あゆみのお母さんに約束したんだってさ」

「ちっ」

 鹿山さんの舌打ちが。

「実の姉のウチに内緒て、課長もお母ちゃんもどないなっとんねん」

「怒る問題かどうかはともかく、そのリアクションには同感だな」

「ほら、良太かて言うとるがな」

「時期がきたと思ったから、お母さまはお姉ちゃんたちに話したのよ」

 身内が相手だと、こんなに不利な状況でもあゆみは引かないんだな。

「自分が婚約しよが結婚しよが、そないなことで怒っとんのとちゃう」

「じゃあ、何に怒っているのよ」

「課長もお母ちゃんも、ウチにだけ内緒にしとったから怒っとんねん」

 昨日の僕とまったく同じ反応か、当然だよね。

「そう怒らないでほしいな、当の僕だって知ったのは昨日なんだから」

「さっきまでと、言うとることがちゃうやんけ」

「どこが違うのさ、あゆみには非がないって言っているだけだよ」

「もうフィアンセ気取りかいな、あゆみをかばいよって」

「大きい声を出さないで、寝かしつけた詩織ちゃんと菜摘ちゃんが起きるわ」


 それから二十分もかけて、なんとか鹿山さんを落ち着かせてから。

 三人でリビングに行くと、母さんも帰ってきていた。

「良かったわね鹿ちゃん、おめでたいことじゃない」

「もともとが、おめでたい話ですわ」

 猪口さんと蝶野さんからの、お祝いの言葉に対しても。

「どこが良うて、どこがめでたいねん」

「いつまですねているのよ、鹿山」

「ウチよか先に、ひとまわりも年下の妹が婚約したんやで」

 さっき自分で言っていたくせに。

 納得していないのは、そこじゃないって。

「悔しかったら、鹿山が先に結婚すればいいじゃない」

 母さんっ、せっかくまとまった話を混ぜっ返すような過激な発言は。

「婚約といっても、結婚なんてずっと先のことなんだから」

「あゆみはともかく、課長にはウチに謝ろうっちゅう気がないんか」

「お祝いごとなのよ、謝るような話じゃないでしょ」




 いきなり婚約者だなんて、考えさせられちゃうけれど。

 だんだん抵抗がなくなっている気がするのは、慣れちゃったのかな。

「良太さん、お風呂の支度ができていますから先に入ってください」

 かといって、どうなのかな。

 こうやって、あゆみに指示をされていることにまで慣れているのって。




Copyright 2025 後落 超


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