第十九話 夏休みなんだから大計画 ~あゆみの災難~
朝食を済ませてエレベーターを待っていると、優紀さんが。
「エレベーターが混むのって、本当に夕食で下りるときだけなのね」
「朝だと、行きも帰りも待たずに乗れますね」
「何だったのかしら」
納得できないって顔の優紀さんは、遅れてやってきた良太さんに。
「ねえ石田君、この後の予定はどうなっているの?」
自分が聞かれたのに、わたしに向かって手を振った良太さん。
食べ過ぎておなかがいっぱいだから、代わりに答えろってことね。
「午前中は、海で遊ぶんです」
「海って?」
「昨日のお昼に探していたお店の前がビーチだったでしょ、そこに」
そうだとばかりに、うなずいている良太さん。
「一日中、海で遊ぶの?」
「お昼を食べてからホテルに戻って、その後はプールかと」
「ふうん、海へは歩いて行けるの?」
「タクシーを呼んであります、ここからだと五分ぐらいですね」
お部屋に戻ると、お布団の中でゴロゴロしているお姉ちゃんと猪口さん。
「やっと起きたの、早く起きて支度をしてね」
「早よせえて、二日酔いの姉に向かってなんちゅうことを」
お姉ちゃんたら、分かっているのかしら。
自分が、かなり情けないことを言っているって。
「だって、九時にはタクシーを呼んであるから」
「あと一時間やんけ、そないに早うから行かんでも海は逃げんやろ」
「今日は早めに海に行くって、お姉ちゃんが言ったからでしょ」
「確かに言うたけど、なにも九時に出発せんでも」
「会社なら始業時間でしょ、それに昨日はそんなに飲んでいないのに」
「課長がおらんと気楽なんやろな、酒がまわるんが早い早い」
気楽に飲んで早めにつぶれて、二日酔いになるなんて。
社会人うんぬんよりも、人としてどうかと思うわ。
「いいから、早くお布団から出てちょうだい」
ようやく、二人をお布団から出したと思ったら。
「あれ、あたしのバッグがないけれど」
「寝ぼけているんですか、猪口さん」
「えっ?」
「ここはわたしたちのお部屋ですから、荷物なら隣のお部屋にあります」
すったもんだのあげく、ようやくビーチに着くと。
「荷物はどうするの?」
「いつもだと、海の家に置いておくわよね」
「日焼けを嫌がる課長が残っとるから、見てもろとったし」
「全員で浜に行ったら、誰が荷物を見るのさ」
「海の家にしろパラソルの下にしろ、荷物番は必要ですわね」
「母さんがいてくれたらいいのにな」
こんなときばかりむだに頼りにされていますよ、お母さま。
「交代で誰かが海の家にいて、見ているしかないわね」
「暇つぶしに飲んでいられるのはええな、ほな荷物番の順番を決めよか」
「海の家に荷物を置くなら、パラソルは借りなくてもよろしいのでは?」
そうよね、どうせお昼を済ませたらホテルに帰るんだもの。
最初に荷物番になった蝶野さんを、海の家に残して。
それぞれ、サンオイルや日焼け止めを塗ってから浜辺へ。
すぐに、沖の浮き島に向かって泳ぎ始めた良太さんと隼人さん。
「もう浮き島に着くわよ」
「ほんま、あれやと河童と変わらんな」
「あの二人って、よっぽど体力が余っているのね」
「浮き島に上がって、手ぇ振っとるぞ」
残る四人は浜辺で波とたわむれた後、ビーチボールで遊んでいたけれど。
早くも飽きたのか、猪口さんとお姉ちゃんったら。
海の家から手を振っている蝶野さんを、恨めしそうに見ているじゃない。
「思ったより日差しが強いから、長い間は浜辺にはいられないわね」
「日陰でビールを飲みながら休めるんやし、海の家で荷物番が正解やったな」
それじゃ、何のために海に来たんだか分からないでしょ。
「二人で海の家に行けばいいでしょ、わたしたちはまだ遊んでいるから」
そんな言葉に、これ幸いと海の家に駆け出したお姉ちゃんと猪口さん。
海に来た目的、例の殿方問題はとっくに忘れ去られているようです。
良太さんと隼人さんが沖から戻ってからは、ちょっとしたダブルデートに。
バナナボートに乗ったり、ビーチで遊んだり。
「さすがに疲れたし、おなかも空いたね」
「海の家に戻りましょうか」
荷物番のお姉ちゃんたちも、ビールのジョッキを振っているけれど。
あれが手招きのつもりだとしたら、随分と情けない姿ね。
お昼を食べて少し遊んでから、ホテルに帰ることにしたんだけれど。
「タクシーが走っていないわね、海の家でも呼べないって言われたし」
「今日はお祭りで昼から道路が規制されるって、ホテルの人が言っていたよ」
「そない大切なこと、もっと早よ言わんと」
「タクシーが来ないなら、歩いて帰ればいいじゃない」
「ホテルはすくそこに見えているんですし、運動がてらに歩きましょうか」
確かに、運動が必要だと思うわ。
海にきてからのお姉ちゃんたちは、ず~っと食べて飲んでいたんだもの。
いざ歩き始めてみると、思っていたよりも遠いし暑いのね。
先頭を歩いている良太さんと隼人さんは、元気いっぱいだけれど。
わたしと優紀さんは、汗だくでへとへと。
ましてや、お酒を飲んだ直後の運動にお姉ちゃんたちはよれよれ。
「どうして、二日続けてこんなことに……」
「駅まで歩いて、送迎バスに乗った方が良かったんちゃう……」
「あちらの道の駅に寄っていきませんか、涼しいでしょうし休めるかと……」
そんなわけで、道の駅に立ち寄ることにしたんですが。
息も絶え絶えにベンチに座り込んだ、お姉ちゃんたちに対して。
良太さんと隼人さんは、軽食コーナーに向かい。
わたしと優紀さんは、お土産物のコーナーへ。
ガッチャ~ン!
わたしが館内に響かせたのは、手に持っていたイルカの置物を落とした音。
驚いた優紀さんが。
「あゆみちゃん大丈夫、けがはしていない?」
「大丈夫です、ちょっとぼうっとしちゃって」
「手が滑ったのね、店員さんを呼んでくるから触らないでね」
ごめんなさい、優紀さん。
わたしが置物を落としたのは、手が滑ったからではないんです。
見てはいけないものを目にしたから、慌ててしまって。
優紀さんが呼んでくれた定員さんが来ると。
置物を壊したことを謝った上で、買い取らせてもらうことにして。
粉々になったイルカのかけらを、ビニール袋に入れてもらい。
代金を支払ってから、さっきのあたりを見ると。
もういないわ。
わたしの見間違い、ではなかったわよね。
目が合った瞬間に背を向けられちゃったから、一瞬だったけれど。
向こうも、わたしに負けずに驚いたような表情をしていたもの。
もやもやとしたままで、休憩中のお姉ちゃんたちのところへ行くと。
館内の冷房の効果は抜群だったようで、どうにか復活しているみたい。
「いろいろなお店があるのね」
「海に面したデッキで、ビールを片手にピザやシーフードなんてどや?」
「文句はございません、最高ですわ」
「ホテルから歩いて来られるし、今夜にまた来るってのはどう?」
「ここやと夜やったら真っ暗やろ、海に面しとる意味がないんとちゃうか?」
「お夕食の後に来たくても、ラストオーダーが七時半ですわよ」
「その時間だと、ホテルで食事をしているものね」
「せやけど、ホテルの中やと地下の居酒屋しかないで」
「やっぱりお部屋飲み、ですわね」
のんきな会話で、羨ましいわね。
さっきわたしが何を見たのかを知ったら、腰を抜かすほど驚くでしょうに。
やっぱり、お姉ちゃんたちには言わない方がいいわよね。
知ったら大騒ぎするでしょうし、ややこしいことになるのは確実だもの。
でも、後になってからわたしだけが知っていたって分かったら。
それはそれで、大騒ぎするわよね。
どっちにしても、わたしには逃げ場がないってことか。
良太さんにだけでも、言っておいた方がいいかしら。
そもそも何のためにあんなことをしているのか、まったく分からないし。
どうしようかなあ、う~ん……。
ホテルに戻ってからも、わたしのもやもやはどんどん増していくばかり。
プールで遊んでいても温泉に入っていても、ずっともやもや。
せっかく、旅行を楽しんでいたのに。
それもこれも、あんな秘密をたった一人で抱え込んじゃったからよね。
夕食のバイキングでは、昨日とは別人のようにご機嫌な良太さん。
今は、てんぷらとステーキのお代わりに立ち向かうのに夢中になっている。
わたしが心ここに在らずだから、ブレーキをかけられることもないので。
好きなものを好きなだけ食べられるという、夢のような状況なんですもの。
野菜を食べるようにとか、バランスを考えてとか。
せめてそれぐらいは、言ってあげなきゃいけないんだろうけれど。
今のわたしは、とてもそれどころじゃないのよね。
「どこに行くの、あゆみちゃん?」
「ちょっとお手洗いに」
「少し顔色が悪いみたいだけれど、大丈夫?」
優紀さんにまで心配させちゃった、しっかりしなきゃだめじゃない。
「委員長、あゆみはどこにいるの?」
「トイレに行ったんだけれど、二十分もたつのに戻ってこないのよ」
「二十分って」
「つらそうにしていたから、あたしも心配していたんだけれど」
「鹿山さんたちは見ていない?」
「そういえば、見ていないわね」
「さっきウチがトイレに行ったときには、誰もおらんかったで」
「何も言わずにいなくなるなんて、あゆみちゃんらしくありませんわね」
携帯電話にかけても、わたしが出ないので。
「僕は鹿山さんと部屋に戻ってみるよ、隼人と委員長は」
「俺らは、売店やゲームコーナーを探しに行くよ」
「あたしと蝶野ちゃんは、フロントに行ってみるわ」
わたしだって、それなりの騒動になっていることぐらい想像していたのよ。
でも、バイキング会場を出た瞬間に声を掛けられて。
振り返る間もなく手をつかまれると、お部屋に連れていかれて。
この事態の説明をされていたから。
たいへん申し訳ありませんが、わたしにはどうしようもなかったんです。
「あゆみ、母さんと父さん!」
まずは、良太さん。
「あゆみちゃん、課長と大家さんまで!」
続いて、お姉ちゃんたちも。
「あゆみちゃん、おじさんとおばさんも!」
最後に、隼人さんが。
わたしたち三人を見た全員が、もれなく驚いて。
声を上げてからはぽかんとしているのも、当然だと思います。
みんながわたしを心配している、そんな中。
わたしとお母さまとお父さまが、三人でお部屋に入ってきたんですもの。
「何も言わずにどこへ行っていたのさ、みんなで館内中を探し回ったんだよ」
「ごめんなさい、良太さん」
「あたしたちといたんだから、大声で怒鳴らないであげて」
「どうせ見られたんだから、あゆみちゃんにこの状況を説明していたんだ」
お母さま、お父さま……。
「あゆみちゃんが課長を見たって、いつどこで?」
「お昼に道の駅で偶然にです、言えなくてごめんなさい猪口さん」
「そうか、だからイルカを落としちゃったのね」
「いろいろと気を使わせてしまってすみません、優紀さん」
「で、今までどこに行っとったんや」
「お母さまのお部屋にいたの、ごめんねお姉ちゃん」
「ひと声でも掛けてくだされば、こんなに心配いたしませんのに」
「ごめんなさい、蝶野さん」
四方八方に頭を下げて謝っているわたし、いったい何をやっているんだろ。
質問タイムの主役が、わたしからお母さまへ移るのも当然の流れです。
「何をしに来たのさ、仕事が忙しくて一緒に行けないなんてうそまでついて」
「うるさいわね、親には親の考えってものがあるのよ」
「まさか、ずっと僕たちを見張っていたの?」
「ずっとじゃないわ、プールにいるのはお食事処の個室から見ていたけれど」
「どうだかね、夕食のときは?」
「昨日は、一階のあなたたちの席を二階から見下ろしていたわ」
「本当に悪趣味だな」
「大変だったんだから、あなたたちと顔を合わせないようにするのは」
「そりゃ、そうだろうさ」
ふくれっ面の良太さん。
「お昼の偶然にはびっくりしたわ、あゆみちゃんと目が合っちゃって」
お母さまとお父さまがいらしていることは、周知の事実となりましたので。
ずしりとのし掛かっていたわたしの肩の荷も、ようやく下りたみたいです。
晴ればれとはいかないまでも、こんなにすっきりしているんですもの。
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