第十八話 夏休みなんだから大計画 ~障害はジャブのように~
チェックインは済ませたけれど、お部屋に入れるのは二時からなので。
プールの一日利用券を受け取り、フロント横の臨時の荷物預り所へ。
「水着とかプールサイドで使うお金とか、必要なものだけ持ってね」
「荷物を預けたら、すぐプールに行くで」
「タオルなら、隣にある温泉で借りられますから」
毎年、チェックインしてからお部屋に入れるまでの数時間は。
のんびりと、午後のプールで過ごしているんです。
プールの下にある更衣室で着替えていると。
いつもながら、ひそひそ話がだだ漏れになっているお姉ちゃんたち。
「今どきの中学生の発育って、良好なのね」
「優紀はもちろん、あゆみかてすぐに蝶野と変わらんようになるやろ」
「これは目の毒ですわね、思春期の男の子たちにとっては」
そんなことを言われても、ひとつもうれしくありませんよ。
優紀さんのビキニ姿が、グラビアアイドル顔負けなのは確かですけれど。
わたしは、ただ恥ずかしいだけです。
お母さまチョイスの例の赤いビキニが、大人っぽ過ぎるのではないかと。
それに、優紀さんはともかくとして。
わたしが、メロンのような蝶野さんみたいになるとは思えませんし。
着替えを終え、プールへの階段を上がりながら。
「お姉ちゃんたち、優紀さんに失礼でしょ」
「何が失礼よ、羨ましい限りなのに」
「褒めとるんやで、魅力にあふれとるて」
「そうですわ、あの二人のお顔をごらんなさい」
蝶野さんが指を指した先には、良太さんと隼人さんが。
ポカンと口を開けて、上からわたしと優紀さんを見ているわ。
「何て顔をしているのよ、良太さんたら」
「怒っちゃかわいそうよ、あゆみちゃん」
「だって、わたしの水着姿なんて毎年見ているのに」
「自分の胸は、去年とは比べものにならんやろ」
「隼人さんだって、プールの授業で優紀さんの水着姿を見ているんですよ」
「優紀さんも、スクール水着と今のビキニでしたら天と地の差ですわ」
「人前であんな顔をされたら、恥ずかしいんですっ!」
「恥ずかしいって、何が?」
「彼氏から、分かりやすう褒められとるんやで」
「もっと、胸をお張りになっても」
その胸が問題になっているのに、さらに胸を張ってどうするんですか。
プールサイドに上がり、良太さんや隼人さんに合流すると。
「へえ、今日は三人おそろいの水着じゃないんだね」
良太さんが、お姉ちゃんたちの水着を見てにやにやしながらそんなことを。
「いつまで言っているのよ、あんなことは三年前の一度きりでしょ」
「あないな思い出、記憶の奥底に封印しとるっちゅうねん」
「人生で最悪の思い出、屈辱の黒歴史ですもの」
よっぽど恥ずかしい思い出なのね、三人とも顔がひきつっているじゃない。
この場でただ一人、黒歴史のいきさつを知らない優紀さんが。
「おそろいの水着って何のこと?」
「三年前に、初めてここに来たときのことなんです」
「それが、黒歴史なの?」
「お姉ちゃんたちが、三人ともレモンイエローのビキニを着ていたんです」
「三人が同じ水着って、どうして」
「良太さんにお父さまの好みを聞いた三人が、似たような水着を買って」
正確には三人じゃなくて、ここにはいない先生を含めて四人でしたけれど。
しかも、オリジナルであるお母さまを入れたら五人でしたからね。
「だからって、あんなに動揺する?」
「お母さまがお父さまに買ってもらった水着と、おそろいだったからです」
「それで?」
「慌てて、ホテルの水着売り場に替えの水着を買いに」
「水着を着ているのに買いに行ったって、以前から変なことをしていたのね」
わたしとしても、恥ずかしいかぎりです。
パラソル付きのテーブルを借りて、ベストポジションに陣取ると。
ふた組に分かれ、午後のひとときを楽しむことにして。
健全な組は、クロールや平泳ぎで競争を始めた良太さんや隼人さんと。
二人を見ながら浮き輪につかまりプカプカしている、わたしと優紀さん。
不健全な組は、もちろんお姉ちゃんたち。
お昼を食べてから、たいして時間がたっていないのに。
プール横の売店で買ってきた、唐揚げやおでんをテーブルに並べちゃって。
生ビールの紙コップを片手に、宴会を始めている。
真逆な楽しみ方をしていても、それぞれが夏の旅行を満喫しているんです。
二時間ほどプールで過ごしてから。
フロントで、お部屋の鍵と預けてあった荷物を受け取ると。
「お部屋、十一階ですって」
「いつもは六階や七階だよね」
「展望がええ部屋を予約したんや、せっかく海が見えるんやし同じ値段なら」
「父さんは、いつも低い階の部屋を予約しているよね」
「大家さんは、低層階がお好きなのでは?」
この時点では、お父さまの思慮深さに気づく人は誰もいなかったんです。
「で、部屋割りはどうなっているの?」
「良太君と隼人君でひと部屋、あたしと蝶野ちゃんでひと部屋」
「あれ、鹿山さんは?」
「鹿ちゃんは、あゆみちゃんや優紀ちゃんと同じ部屋よ」
「どうして、鹿山さんだけがあゆみの部屋に?」
「ウチが子供部屋を希望したとでも思とるんか、課長に言われてん」
「母さんに、何て?」
「あゆみちゃんと優紀ちゃんを二人だけのお部屋にしないように、ですわ」
「どうしてさ?」
「そりゃ、風紀を守るためでしょ」
「風紀?」
「あゆみたちだけやと、自分らが入り込むからやろ」
「鹿山さんが同じ部屋なのは、見張り役みたいなものですわ」
「隼人はともかく、僕はあゆみと毎晩一緒にいるからそんなことはしないよ」
良太さんったら、誤解されるじゃないですか。
いつも一緒に寝ている、みたいな言い方をしないでください。
「そんなことをするかよ、人をけだものみたいに言いやがって」
ほら、隼人さんに怒られた。
お部屋で浴衣に着替えてから温泉に行くと、脱衣場では。
「それにしても、日焼け止めの効果はばっちりだったわね」
「おお、あれだけの日差しやったのに焼けてへんな」
「紫外線はお肌の大敵ですものね」
「あゆみちゃんと優紀ちゃんは、日焼けが怖いあたしたちとは大違いね」
「パラソルの下におったウチらとは違うて、炎天下でも遊び倒しとったな」
「幸せなことですわね、若いって」
自分たちだって二十代半ばのくせに、何を言っているんだか。
わたしたちはまだ中学生ですから、日焼けがさほど気にならないだけです。
それに、わたしたちだって日焼け止めくらい塗っていますよ。
湯船につかったらつかるで。
「ねえ、あの二人を見てよ」
「若いってええな、お肌がピチピチしてお湯をはじいとるやんけ」
「羨ましい限り、ですわ」
「それにしても、あれで中学生だなんて」
「ほんま、よぉ成長しとるな」
「プールでも思いましたけれど、二人ともすっかり大人ですものね」
ここはお風呂で裸なんですよっ、三人でじろじろ見ないでください!
「これでもう四台目だよ、どうして満員が続いているんだろう」
夕食の時間になり、食事会場の一階にあるシアターへ向かおうとしたら。
到着するエレベーターが、すべて満員なんですもの。
「宿泊客が一斉に夕食会場を目指すのに、エレベーターがたったの三基じゃ」
「満員が続いてもしゃあないやろ」
「いつも、お夕食のときにはエレベーターは使いませんものね」
「待っていてもきりがないから、階段で下りようか」
「ここって十一階よ、一階まで階段で下りるの?」
「このまま待っとっても、らちが明んで」
「諦めて階段で下りましょう」
薄明かりに照らされた階段を下りながら。
「エレベーターの満員が続くってことを知っていたんだね、父さんは」
「階段で下りることを前提に、低層階を予約していたんだわ」
「よぉ考えたら景色を見るいうても一面が海やし、上でも六階でも変わらん」
「プールやロビーに行くときや、一階から上がる分には普通に乗れますしね」
「夕食で下りるときだけだものね、不便なのは」
ここに至りようやくお父さまの真意を悟っても、後の祭り。
自分たちの話し声がこだまするのを聞きながら、階段を下りていると。
「下りとはいえ、十一階から一階ってきついわね」
「ほんまやな、六階からやとなんてことあれへんのに」
「これがあと三日も続くなんて考えると、ぞっとしますわ」
たかが、階段を下っているだけなのに。
日頃から運動をしていないお姉ちゃんたちは、体力がなさ過ぎるのよ。
夕食後にお部屋に戻るなり、お菓子を取り出した良太さん。
「良太君ったら、ご飯を食べたばかりなのに」
「ホテルの夕食はお年寄りのご飯みたいで、育ち盛りの僕には量も少ないし」
あきれた、自分の分をペロリと食べた上にわたしのてんぷらもあげたのに。
「どこで買うたんや、そない菓子の山」
「お昼ご飯を買ったときに、一緒に」
良太さんは、コンビニエンスストアの袋をぶら下げていたでしょ。
「おうちでは、間食はなさらないでしょ」
そう言う蝶野さんをスルーした良太さんは、わたしに。
「隣の席の子供が食べていた、お子様用の食事の方が良かったな」
「どうして?」
「エビフライや唐揚げに、ハンバーグだったもの」
「それはそれで、量が足りないって言い出すでしょ」
「明日もあんな感じかなあ」
「いいえ、明日のお夕食はプールの横にあったお食事処でバイキングです」
「やったあ!」
お姉ちゃんたちが、満を持して宴会を始めた一方。
ずっと上の空な、優紀さんと隼人さん。
優紀さんの顔が赤いのは、夜に隼人さんといるのが初めてだからかしら。
隼人さんが緊張しているのも、優紀さんの浴衣姿を初めて見たからよね。
付き合い始めだから二人で一緒にいるだけで幸せなのね、きっと。
それじゃあ、わたしは席を外して良太さんと。
「みなさん、お洗濯物を出してください」
「洗濯って、お部屋のお風呂で手洗いでもするつもり?」
「まさか、五階の大浴場の横にはコインランドリーがあるんですよ」
「そんなん知らんがな、風呂やいうたら二階の海底温泉にしか行かへんし」
「お母さまとわたしは、いつもお洗濯に行っていましたから」
「そういえば、いつも課長が宴会の途中で抜けていましたわ」
「じゃあ行きましょ、良太さん」
「えっ、どうして僕が?」
「七人分のお洗濯を、わたし一人でしろと?」
「手洗いじゃないんだろ、洗うのは洗濯機だから一人でも」
「洗濯と乾燥が終わるまで、一人でぼうっと見ていろって言うんですか」
「そうは言わないけれど」
「一緒に行って、話し相手になってください」
「退屈しのぎの相手をさせられるなんて、嫌だなあ」
そう言いながらも、立ち上がってくれた良太さん。
「何だかんだいっても優しいのよね、良太君は」
「せやけど、隼人たちを見た後に二人を見とると熟年の夫婦みたいやな」
「わたしたちは慣れているだけよ、毎晩のように二人でいるもの」
「羨ましい限りですわよ、それはそれで」
お洗濯と乾燥を終えてお部屋に戻り、しばらく遊んでから。
「じゃあ、部屋に戻るよ」
名残惜しそうな隼人さんを連れて、部屋を出ていこうとする良太さん。
「明日は七時から朝ごはんですから、十五分前にこのお部屋に集合ね」
「OK、あゆみも疲れただろうからゆっくりおやすみ」
「あゆみちゃんと石田君は婚約しているんだって、実感するわ」
「どうしてですか?」
「さっきの洗濯の件もだけれど、今の会話なんてまるで夫婦みたいだもの」
「からかわないでください」
「羨ましいってことよ、それより」
優紀さんは、お布団に潜り込んで爆睡しているお姉ちゃんたちを眺めて。
「あたしが言うのも何だけれど、これでは監視役になっていないんじゃ?」
「そうですね、いつもはもう少しましなんですけれど」
お母さまに起こされて、自力で自分たちのお部屋に帰りますから。
「ここで寝ちゃったら、隣にお部屋を取った意味がないでしょ?」
極めて、もっともなご意見だと思います。
「あたしたちが隣のお部屋で寝ることになりそうね、朝食はどうするの?」
「猪口さんとお姉ちゃんは起きられないか、二日酔いで朝食を抜くんです」
「ふうん」
「ですから、わたしたち四人と蝶野さんだけで」
嫌だなあ、身内の恥をどんどん見られているみたいで。
旅行はまだたっぷり、あと三日も残っているのに。
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