第十七話 夏休みなんだから大計画 ~今年は2+2+3~
七月に入りようやく梅雨も明け、朝から暑い毎日が続いています。
もうすぐ夏も本番ですから、遊びたい盛りの良太さんは気もそぞろ。
そんなある日のことです。
夕食後に、リビングでお母さまや良太さんとスイカを食べていると。
「今年の夏休みは、泊まりがけの旅行に連れていってあげられないわね」
お母さまのなにげないひと言は、威力が十分だったようで。
スイカを口にしようとしていた良太さんは、一瞬にして凍りついています。
さほど夏を楽しみにしていないわたしだって、驚いているぐらいですから。
「旅行をしないって、どういうこと?」
良太さんがお母さまに聞き返しているのも、無理はないと思うんです。
長いお休みには、いつも旅行に連れていってもらっていましたからね。
なのに今年は、夏休みを前にしてもお母さまから何のお話もなかったから。
わたしですら、どうしたのかなって思っていたんです。
「大家さんは、九月末にシステムの大幅な変更を控えているでしょ」
「知らないよ、僕は何も聞いていないもの」
お父さまがお忙しそうなことは、わたしは何となく感じていましたよ。
「これから九月の末までは、システムテストやらなんやらで大忙しなのよ」
確かに、このごろは週に一回は会社にお泊まりをしているもの。
「それに、あたしだって忙しくなるの」
「どうしてさ」
「突然、秋に全社員へ研修をすることになったの」
「旅行ができないほどに?」
「講習の内容を決めて、場所の選定や講師の手配をするから」
「決定事項のように言っているけれど、それって大人の都合だろ」
「あなたも中学生ならもう大人でしょ、だったら大人の都合に合わせなきゃ」
良太さんには大人の都合なんて関係ないようで、こんな提案を。
「父さんや母さんが行けないんだったら、僕らだけで行ってもいい?」
ちょっと前まで、けがで入院をしていたのに。
そんなことはみじんも感じさせず、元気が余っている良太さんとしては。
どうにかしてこのピンチを切り抜けて、旅行する気が満々のようです。
「何を言い出すの、あゆみちゃんと二人っきりで旅行をするつもり?」
「二人っきりじゃないよ、隼人や委員長を誘うもん」
「あなたたちだけならまだしも優紀ちゃんが一緒なんて、絶対にだめよ」
わたしたちだけならOKを出したのに、と言っているように聞こえますが。
もしそうでしたら、その提案は慎んでお受けいたします。
「今さっき、中学生は大人だって言っていたくせに」
正論とも言える、良太さんの反論です。
「僕らって、都合良く子供と大人を行ったり来たりするんだね」
「親に向かって、そんな口を利いていいのかな~」
あれ、お母さまのその口調は。
「何だよ、その意味深な言い方は」
「あなたたちだけではだめでも、旅行してだめだとは言っていないわよ」
「えっ?」
「あたしと大家さんの代わりに、三人娘に引率してもらいなさい」
まさかとは思いますが、お母さま。
あのお姉ちゃんたちに、わたしたちの引率を任せるおつもりですか?
こんなことを、妹のわたしが言うのも何ですが。
お姉ちゃんを含むあの三人は、引率者として適任とは思えないのですが。
「研修の計画で忙しいって言っていただろ、課員が三人も休んでいいの?」
そうですよ、あんな三人でも課員としては中堅なのでは?
「計画するのは課長のあたし、サポートする課員は他にいるから心配ご無用」
お母さまったら、これ以上ないほどの笑顔ね。
と、いうことは……。
わたしたちを旅行させ、詩織ちゃんと菜摘ちゃんもおばあさまに預けて。
お父さまと二人っきりで、静かに過ごすつもりなのね。
なあんだ、そういうことか。
だったら、わたしたちは協力してあげなくちゃ。
さっそくお姉ちゃんを呼び出して、旅行の引率を依頼している良太さん。
「中学生のカップルを二組て、引率を任されるウチらはむなしいだけやんけ」
不服そうなお姉ちゃんに、良太さんは。
「こんなことを頼めるのは、義姉さんたちしかいないんだよ」
「なんや、こないなときばかり義姉さんて」
言っていることとは裏腹に、お義姉さんて言われたぐらいでにやにやして。
お姉ちゃんも、意外と単純なのね。
相手のプライドをくすぐるのが得意な、良太さんにも困ったものだわ。
「で、一切の費用は課長が出すんやな」
「うん、父さんに頼んでくれるって母さんが言っていたよ」
「ウチらが三人一緒に休むとなると、三泊四日やったら土日を絡めんとな」
「気にしないで、普通に休んでいいってさ」
「ほう、そらごきげんやな」
さらっと流しているけれど、これって喜んでいる場合ですか?
お姉ちゃんたちがいてもいなくても、業務には支障がない。
そう、お母さまが判断したってことでしょ。
話がまとまったところで、猪口さんと蝶野さんも呼んで行き先の相談を。
「行き先はどこにするの、夏なんだからやっぱり海がいいなあ」
良太さんにとっては、夏の旅行といえば海一択のようです。
「暑い盛りだもの、避暑地がいいんじゃない?」
二十代半ばの女性ですからね、猪口さんの意見も当然です。
「だったら、パラソルの下にいればいいじゃない」
「遊びたい盛りの良太たちを連れていくんやったら、いつも行くホテルやろ」
春や冬には、行ったことがないところに連れていってもらって。
夏は毎年決まって、おなじみの伊東のホテルに行くんです。
それにしても、お姉ちゃんが良太さんを援護するとは。
さきほどプライドをくすぐられた効果は、まだ残っているようですね。
「あそこでしたら勝手を知っていますから、子連れでも安心ですし」
子連れとか安心とかって、わたしたちは中学生ですよ。
「でも、あのホテルのプールって夏休み中は家族連ればかりでしょ」
そこ、重要なポイントですか?
「ホテルのプールだけやのうて海に行ったらええやん、海ならおるやろ」
何がいるっていうの?
「いつものホテルでしたら海水浴場が近いですし、殿方だって」
ああ、そういうこと……。
このようなごたごたの末に、夏休みの大計画は始動したんです。
日程は、八月の第一週の木曜日から日曜日までの三泊四日。
行き先は、伊東。
参加者はわたしと良太さんに優紀さんと隼人さん、そしてお姉ちゃんたち。
ホテルと電車の予約も済ませたし、あとは出発する日を待つだけね。
楽しみだけれどちょっと心配な点もある、かな……。
「で、いったいここはどこやねん」
目の前の風景に頭を抱え、そう口にしているのはお姉ちゃん。
口にこそ出していないけれど、その場のみんなが同じことを思っています。
覚悟をしていたほどのトラブルもなく、伊東駅に着いて。
いつも連れていってもらう、磯料理のお店に行くことにしたんだけれど。
「天気もいいし、今日はタクシーに乗らずに歩いていかない?」
良太さんからの、そんな提案にみんなは。
「そうね、歩きましょうか」
「健康的で、ええな」
「前に帰りに駅まで歩いたときも、たいした距離ではありませんでしたわ」
「タクシーでも歩いても、時間はそれほど変わらないもの」
「せやな、いつもかて年配の課長が一緒やからタクシーに乗っとるだけやし」
「若いんですし、お店も近いんですから元気に歩いてまいりましょう」
お姉ちゃんたちにしては珍しく、良太さんの健康的な提案に乗ったんです。
で、歩き出してはみたものの。
誰もが、自分以外の誰かが道順を知っているだろうと思っていたため。
暑い中を三十分も、うろうろと歩き回った結果。
観光客が行くとは思えない、ごく普通の街並みを散策することとなり。
商店街を抜けたところで、足を止めて。
疲れきった様子での、さっきのお姉ちゃんのせりふなんです。
「こんな通り、あったっけ?」
「知らんで、こないな通りは見たことあらへん」
「いつもでしたらタクシーで五分もかかりませんもの、歩き過ぎでは?」
炎天下に荷物を持って三十分も歩いたから、さすがに七人とも汗だくだし。
若いんだからと言っていた面影は、お姉ちゃんたちにはもはや影も形も。
「海沿いのお店なのは間違いないんだから、とりあえずは海に向かわない?」
「まずは、ウチらがどこにおるんか調べんと」
「それでは、駅を検索してみましょうか」
猪口さんが携帯電話で位置情報を表示し、現在位置を確認したことで。
ようやく、今の自分たちがどこにいるのかを知り。
「あたしたちがいるのはここだから、その角を右折すると川があるみたいね」
「よっしゃ、川沿いに歩けばすぐ海やな」
「それでは、いざ出発っ!」
自分たちが迷子であるという前提を、あっさりと受け入れ。
現状を打開すべく、前に進もうとするお姉ちゃんたち。
トラブルに慣れているって、本当に怖いわね。
川沿いを歩くこと数分で海岸沿いの道に出ると、通りの向かいには公園が。
「大きな公園ね、海が目の前で風が気持ち良さそう」
「ひと休みするにはぴったりな公園やな」
「これだけ暑い真夏ではなく、迷子になって途方にくれていなければですが」
携帯電話で位置情報を頼りに、周辺の地図を見ている猪口さんが。
「なぎさ公園っていうみたいね」
「名前を知ったところで、見たことも聞いたこともあらへん」
「ここがどこかより、目的のお店を探した方がよろしいのでは?」
お姉ちゃんたちがどうするのか、見ていると。
「この道沿いなのは間違いないんだから、携帯電話でお店を探しましょうよ」
最初から、そうすれば良かったんじゃないかしら。
「名案やけど、店の名前なんぞ知らんで」
「店名が分かりませんのに、どうやって調べるんですの?」
蝶野さんのひと言に、全員がうなずいているのが情けないわね。
せっかくの携帯電話も、宝の持ち腐れになりそうだけれど。
「だったら、みんなでヒントを出し合いましょう」
猪口さんからまともな、もとい建設的な提案が。
「せやな、どうにかせんと」
どうにかもこうにかも、ここまではどうにもなっていないものね。
「三人寄れば文殊の知恵と言いますもの」
烏合の衆にならないことを、心から願います。
「目の前はビーチで、海の家が何軒もあったわ」
「磯料理の店やっちゅうのは、確かやで」
「壁にケースに入った大きなカニが飾ってありました、タカアシガニでは?」
「エビフライがおいしかったよ」
良太さんは、エビフライならどこで食べてもおいしいって言うでしょ。
伊東・海沿い・磯料理・タカアシガニで検索すると。
「三軒、ヒットしたわ」
「今おるとこから近いんは、この店やな」
「ここじゃないですか、海を見ながらお食事をどうぞって書いてありますし」
お父さまが、船宿が経営しているお店だと言っていたでしょ。
検索するときに、それをキーワードに追加すれば良かったのでは?
足どりも重く歩き初めてから五分ほど、ようやくたどり着いたお店の前で。
「この入り口って、見覚えがあるわよ」
「おおっ、まさにここやん」
「奥の壁に、タカアシガニが」
やっと見つけたお店に、そろって大歓喜しているのに。
お店に入ると、店員さんがあっさりと。
「申し訳ございません、ただいま満席でして」
それはそうよね。
伊東駅に着いたのが十一時で、一時間以上もうろうろしていたんだもの。
今は海水浴シーズン真っ盛り、しかもお昼どきです。
観光客以外にもビーチから海水浴客が来るんだもの、満席なのも当然よね。
駅に戻る途中に、コンビニエンスストアへ寄って。
サンドイッチやおにぎりを買って、お昼は済ませたけれど。
「良く考えたら、どこのお店でも同じ感じなんでしょ」
「せやな、あの店にこだわらんでも良かったんとちゃう?」
「それより、最初から大家さんにお店の名前や電話番号を聞いておけば」
誰でも思うことを、ようやく今になって……。
そんなことを考えていると、優紀さんが。
「何回も聞いて申し訳ないけれど、あなたたちっていつもこんななの?」
「そうですね、いつもこんな感じです」
「あゆみちゃんも大変ね、いつもこんな展開じゃ」
お姉ちゃんを含む大人が三人もいるのに、同情されちゃった。
気を取り直して、駅からの送迎バスでホテルへ向かいましょ。
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