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第十三話 あなたって、グイグイくる系なんですね 前編

 ふう……、思っていたよりも時間がかかっちゃった。

 首を長くして待っているでしょうから、急いで戻ってあげなくちゃ。




 良太さんのけがは、経過が良好だったようで。

 今朝の回診で退院の許可が下りたことを、良太さんがお母さまに連絡して。

 お母さまからのメールを見たわたしは、早退して良太さんのおうちへ。

 用意されていた入院費用を持って、病院に駆けつけると。

 退院手続きをしてから、一階の精算機で精算を終えたところなの。

 それにしても、わたしには良太さんからの連絡がないなんて。


 病室にいくと、既に着替えを終えてベッドに腰掛けている良太さん。

 やっと自由の身になれる、そんな希望に満ちあふれた顔をしているわ。

 しかも、わたしの顔を見るなり。

「精算が終わったんだろ、だったら早く帰ろうよ」

「退院するのが、そんなにうれしいの?」

「そりゃ、退屈だし四六時中おなかが減っているのはつらかったからね」

 退院しても、おうちにはわたしだけじゃなくお母さまもいるのよ。

 良太さんが期待しているほど、事態が好転するとも思えないのに。

 そこまでのんきに笑っていられるなんて、羨ましい限りね。

「とにかく、病院の匂いにはへきえきしているんだ」




 電車で帰ろうとする良太さんを、無理やりタクシーに押し込んで。

 おうちに着いたのは、二時を過ぎたころ。

「わざわざタクシーに乗らなくても、僕は電車で良かったのに」

「まだ言っている、お母さまからタクシーで帰るように言われていますから」

「どうして、タクシーで?」

「他人の迷惑になるから、タクシーで帰ってきなさいって」

「何が迷惑だよ」

「松葉づえに慣れていないから、しょっちゅう転びそうになっていたくせに」

「結果的には、一度も転ばなかっただろ」

「そのたびに、わたしが支えてあげていたからでしょ」

 しかも、たかが病室から病院前のタクシー乗り場までの間に何度もよ。

「あゆみだって、たかが退院のために早退しなくても良かったのに」

 わたしの指摘には、聞こえないふりをしているくせに。

 自分はわたしを非難するなんて、恩をあだで返すつもりですか?

 そんなことでは、ろくな大人になれませんよ。

「良太さん一人じゃ心配だからよ、四時限目は体育で午後もクラブだけだし」

「入院していたのは二日間だよ、たいした荷物もないから一人で帰れたのに」

 自分を過信していますよ、松葉づえの扱いだっておぼつかないくせに。


「詩織と菜摘は?」

「良太さんが入院した日から、おばあさまに預かっていただいています」

「しょうがないな、母さんったら」

「お母さまが、何か?」

「母親として、自覚ってものがなさすぎるよ」

「そんなことは……」

「息子が退院するってのに迎えにも来ないし、幼い娘は預けっ放しなんて」

「明日の夕方に、桜井さんが連れてくることになっていますから」

「これから二人で迎えに行こうよ」

「退院したばかりで、疲れているでしょ」

「だったら、母さんが早退すれば良かったんだよ」

「そうはいきませんよ、お母さまは責任のあるお仕事をなさっているんです」

「だからって、母親なんだし」

 さっき自分で言ったばかりでしょ、たかだか二日間の入院なんだからって。

「わたしがおうちにいないから、おばあさまに預けるしかなかったんです」

「とにかく、明日から詩織と菜摘のお迎えと買い物は僕も行くよ」

「行けないでしょ、そんな格好をしているくせに」

 それに、良太さんがお迎えに行く必要はないんです。

 松葉づえをついているから歩きづらい、うんぬん以前にね。




 といいますのも、こんなわけがありまして。

 今日の二時限目と三時限目の間、休み時間のことです。


 三時限目が終わったら早退するから、準備をしていると。

 男子たちが廊下でざわついているのが、教室の中にも聞こえてきたの。

 ドアの方を見てみると、委員長さんが立っているじゃない。

 男子たちが興奮するのも、無理はないわよね。

 自分たちの教室に、いきなり年上のマドンナが来たんですもの。

 わたしと目が合ったら、手招きをしているわ。

 呼ばれるままに廊下に出てみると、その場で立ち話を始めるつもりみたい。

 わさわざ教室に訪ねて来るなんて、いったい何の用があるのかしら。


 時間がたつにつれて、他のクラスの男子たちも集まってきちゃった。

「あの……、食い入るように見られていますけれど」

「校内一位と二位の美人が一緒にいるからよ、誰が一位かは知らないけれど」

 ふんだ。

 わたしはともかく、自分は一位だって言いたいのね。


「これは今日のプリントとノートよ、石田君に渡してあげて」

「えっ?」

「石田君が今日のお昼に退院するって聞いたから、あなたに渡しておこうと」

 退院のことを、隼人さんから聞いたのね。

 わたしが隼人さんに伝えたのはさっきの休み時間なのに、地獄耳だこと。

「学年で成績二位の、あたしのノートで我慢するように伝えてね」

 へえ、この人って勉強ができるんだ。

「わざわざありがとうございます」

 で、あなたがここに来た本当の目的は何ですか?

 わたしのところに来た目的が、ノートを渡すだけではないはずよ。

 まさか、お見舞いだけでは物足りずに退院にも付き添うつもりかしら。

 だったら、きっちりと話をつけてあげる。

「委員長さんも二日続けてお見舞いにきてくれて、ありがとうございました」

「お礼なんてしなくていいわよ、あたしにも責任があるんだもの」

 まあ、良太さんのけがの発端はあなたですものね。

「退院手続きには、早退してわたしが行くつもりですから」

 先生へは、お母さまから連絡済だもの。

 つまり、わたしは公私ともに早退のお許しをもらってあるんですよ。


 あなたは来なくて結構ですって言ったつもりだけれど、伝わったかしら。

「目を三角にしちゃって、かわいいのね」

 余裕しゃくしゃくって顔をしちゃって、失礼ね。

「それに、いつまでも委員長さんだなんて」

 では何と呼べばいいんですか、わたしはあなたの名前を知らないのに。

「あたしにはちゃんと、橿原優紀かしはら ゆうきって名前があるのよ」

 優紀さんか、悔しいけれど顔に似合ったかわいい名前だこと。

「敵意をむき出しにしているのを見ると、石田君から何も聞いていないのね」

 そう言いながら、にやにやしちゃって。

「聞くって、何をですか?」

「だから、あなたが心配しなくてもいいってことを」

 この何日かの状況を思えば、心配をするのも当然でしょ。

「婚約者がいることを学校中が知っているのに、石田君なんか狙わないわ」

「えっ!」

 恥ずかしい、わたしが警戒しているのがばればれじゃない。

「言っておきますけれど、あたしの本命は峯岸君ですからね」

 良太さんじゃなくて、隼人さん?

 だったら、話をつけるどころか最初から問題なんかなかったのね。

 あんなに心配して、損しちゃった。

 それにしても良太さんなんかですって、なんかって何よ。


「お目当てが隼人さんなら、どうして二日続けて良太さんのお見舞いに?」

「あたしね、あなたと石田君を見ていて思ったのよ」

「何をです?」

「今のうちから一緒にいれば、峯岸君を自分好みに成長させられるって」

「そんな意図なんて、わたしは別に……」

「結果的に、そうなっているでしょ」

 どこをどう見れば、そうなるのよっ!

「女の子には興味のなかった石田君が、いつもあなたと一緒にいるじゃない」

 そうなのかしら。

 他人から見たら、良太さんってわたし好みに成長しているの?

「石田君のお見舞いを口実に、あたしはごく自然と峯岸君に接近しているの」

 これぞどや顔って感じだけれど、それにしてもこの人って積極的ね。


「ところで、峯岸君の趣味って何だか知っている?」

「そんなこと、どうしてわたしに聞くんですか」

 直接、隼人さんに聞けばいいのに。

「峯岸君はいつも石田君と一緒だし、石田君はいつもあなたと一緒じゃない」

「まあ、そうですね……」

「ってことは、あなたなら峯岸君の趣味を知っているんじゃないかと思って」

「わたしは良太さんのことしか見ていませんから、隼人さんの趣味までは」

「言ってくれるわね、やっぱり自分で調べるしかないか」


「そういえば、あなたと石田君はいつも帰りに待ち合わせをしているわよね」

 この人って、話がコロコロ変わるわね。

「良太さんの妹たちを迎えに、保育園へ行くからです」

「石田君の妹、たち?」

「双子なんです、今年の始めに生まれた」

「二人で赤ちゃんのお迎えに行くんだ、その後はどうしているの?」

「一緒にお夕飯のお買い物をしてから、おうちに帰ります」

「双子を連れて、お買い物をするの?」

「はい」

「大変ね、石田君の家に帰ってからは?」

「わたしはお夕飯を支度して、良太さんは隼人さんと遊んでいます」

「じゃあ、家に帰ってからの石田君はいつも峯岸君と一緒なのね」

「そうですけれど」

 納得したような顔をしている優紀さんだけれど、納得顔はすぐさま笑顔に。

「石田君って、退院しても当分の間はギプスをしているんでしょ?」

「はい」

「そんな姿じゃ通学はともかく、お迎えや夕食のお買い物には行けないわね」

「まあ、そうでしょうね」

 それについては、わたしも頭が痛いのよね。

「だったら、あたしが行ってあげるわ」

「えっ?」

 わたし一人で何とかしなくちゃ、そう思ってはいたけれど。

「双子のお迎えと買い物を、あたしとあなたが二人でするのよ」

「どうして、あなたが?」

「買い物の後は、石田君と一緒にいる峯岸君と過ごせるからよ」

 そんなに簡単にはいかないと思いますけれど。

 良太さんの周りには、有形無形のさまざまな障害物がありますから。

「じゃあ、今日からってことでよろしくね」

 えっ、わたしの意見も聞かずに?

「今日はお迎えに行かないんです、退院で手一杯でしょうから」

「だったら、明日からくつ置き場の前で待ち合わせをしましょ」

「はあ……」

「今日はしっかりサポートしてあげなさいよ、すてきな婚約者の退院を」

 勝手に押し掛けると高らかに宣言し、自分の教室に戻っていった優紀さん。

 いくら、良太さんと一緒にいる隼人さんがお目当てとはいえ。

 やけに、グイグイくる人ね。

 まるで、機動力を備えたお母さまって感じ。


 そんなやり取りがありまして。

 退院直後だろうが、回復してからだろうが。

 本人の意思とは無関係に、放課後に良太さんの出番はなくなるんです。

 でも、問題はそこではなくて……。




 翌日は、優紀さんと二人で詩織ちゃんと菜摘ちゃんのお迎えに。

 その後、スーパーマーケットへ向かう途中。

「ねえ、夕食は何にするの?」

「給食が揚げものでしたから、麻婆豆腐と水餃子にトウモロコシのスープを」

「話には聞いていたけれど、本当に何でも作れちゃうのね」

「そんなことは」

「お昼との兼ね合いも考慮するなんて、優秀じゃない」

 優秀だなんて、優紀さんたら気の利いたことも言ってくれるのね。

 なんて見直しかけた途端。

「赤ちゃんて意外と重いのね、どうしてバギーは双子用にしなかったの?」

 いつも良太さんが持ってくれる荷物は、今日はバギーのかごに入れている。

 だから、優紀さんは詩織ちゃんを抱っこしているだけなのに。

 自分から言い出して一緒に来たのに、初日から文句ですか?

「おなかの赤ちゃんが双子だって、産まれる前から知っていたんでしょ?」

「双子用のバギーなら、良太さんのおうちの物置にあります」

「あるのに、どうして使わないの?」

「この町の道幅が、そんなに広くないからです」

「道幅?」

「特に、スーパーマーケットの前にある通りは狭い上に人も多いでしょ」

 だから何、って顔をしているわね。

「お買い物の間や道を押して歩くときに、周りの迷惑になるからです」

「ふうん」

「一人用も買ってくださいって、わたしがお母さまにお願いしたんです」

「もう一人は抱っこしなきゃならないのに?」

「いつもは、良太さんが横にいてくれますから」

「あゆみちゃんの日常って石田君がいる前提なのね、羨ましいな」

 自分で言うのもなんですが。

 優紀さんもすぐに、わたしが送っている騒がしい毎日を知るでしょうから。

 間違いなく、羨ましさも半減すると思いますよ。




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