第十二話 病は木から 後編
ようやくお姉ちゃんたちが帰って、わたしはぐったり。
良太さんの入院にあたってはいろいろあって、ただでさえ疲れているのに。
お母さまたちに続いて、お姉ちゃんたちの相手までしていたんですもの。
なのに、委員長さんが隼人さんに聞いていることが耳に入ってきて。
「石田君の家族って、いつもこんななの?」
人聞きの悪いことを、当人たちに聞こえるように言わないでください。
それに、隼人さんはともかくどうしてあなたがまだここにいるんですか?
「まあね、あれでもいつもと比べれば静かな方かな」
隼人さんも、あっさりと肯定しないでください。
「そうなんだ、石田君もいろいろ大変ね」
わたしだってたまにそう思いますが、あなたに言われるとかちんときます。
「でも、さっきの三人は良太の家族じゃないんだ」
「家族でもないのに、入院した当日にお見舞いに来る関係なの?」
お言葉ですが、そう言っているあなただってここにいますよね。
「あの三人は、あゆみちゃんと一緒に良太の隣の家に住んでいるんだ」
「お隣さんか、変わった腐れ縁なのね」
だからっ、あなたに腐れ縁なんて言われたくありません。
「良太にとっては家族というか、姉さんたちみたいなものなんだよ」
「ふうん」
「実際に、三人のうちの一人はあゆみちゃんのお姉さんだし」
「へえ、どの人が?」
「大阪弁を話していた人だよ」
「そういえば、あゆみちゃんはこの春に大阪から石田君の家に来たのよね」
何よ、この人ったら根掘り葉掘り。
良太さんの家の、情報収集でもするつもりかしら。
しかも、初対面なのにわたしをあゆみちゃんって呼ぶなんて。
「もうこんな時間か、俺たちは帰るよ」
「帰るって、もう少しいてもいいだら」
「委員長がいるからこれ以上遅くなるのは、明日の放課後にまた来るから」
そう言った隼人さんが、委員長さんを連れて病室を出ていこうとすると。
「隼人、退屈だから漫画でも持ってきてくれよ」
「OK、明日持ってくるよ」
隼人さんが持ってくるべきは、授業のノートやプリントでしょ。
二人ともお気楽すぎませんか、入院を何だと思っているのかしら。
「疲れただろ、もう遅いからあゆみも帰って休むといいよ」
何を言い出すかと思ったら、良太さんったら。
「わたしだったら帰りませんよ、今夜はここに泊まりますから」
「なにも泊まらなくても、僕は松葉づえがあれば一人で動けるんだよ」
「今から帰るぐらいなら、さっき隼人さんと一緒に帰っているでしょ」
「でも、付き添いで泊まってもらうようなけがじゃないだろ」
「けがの程度は関係ないわ、婚約者が入院していれば付き添うのは当然です」
めちゃくちゃな論理だけれど、ここはこの路線で強引に押しきるのよっ!
「それに、お母さまからそうするように言われていますから」
お泊まりに持ち込むための、作戦だって伝授されているし。
「いつの間に、そんなことを」
「お母さまに電話して、良太さんを個室に入院させるように言われたときよ」
ひびが入った程度で個室なんて。
最初はそう思ったけれど、個室なら付き添いでわたしも泊まれるものね。
「個室だから隣のベッドで休みなさいって、看護師さんも言ってくれました」
「でも、あゆみだって明日は学校があるだろ」
「学校で必要なものは持ってきていますから、心配いりません」
やっぱり思っていたとおり、良太さんはわたしを帰そうとするわね。
ここから先はお母さまの作戦だけあって、ちょっと恥ずかしいけれど。
横を向いてみせて、目頭を押さえながら。
「おうちに帰って、一人で良太さんのことを心配しているのは嫌なの」
「何も、泣くことはないだろ」
「どうせ心配するからここにいたいだけなのに、帰れなんて言うんだもの」
これぞ、お母さまに言われた作戦です。
わたしがお泊まりをすることに、良太さんが渋るようなら。
泣いているふりをしながら、こう言えって。
「分かったから泣くなよ、ここにいていいから」
へえ。
お母さまの作戦が成功するなんて、珍しいこともあるのね。
もう消灯時刻の九時か。
「明かり、消しますよ」
「こんな時間に眠れないよ、子供じゃないんだから」
「病室の規則ですからわがままを言わないで、とにかく消しますよ」
明りを消してからしばらくすると、良太さんが。
「あゆみ、もう寝た?」
「起きていますけれど」
確かに、良太さんが言っていたとおりね。
子供じゃないから、さすがに九時に寝ることには無理があるみたい。
「これからは、あゆみを心配させるようなことはしないから」
「ほんと?」
「もちろん本当さ」
「どうして隼人さんを受け止め損なったの、いつもの良太さんらしくないわ」
「あゆみを待たせているのが気になっていて、スタートが一歩遅れたんだよ」
けがをしたのは委員長さんのせいではなくて、わたしのせいだったのね。
うれしいような申し訳ないような、不思議な気分。
「早く起きて良太さん、もう朝ですよ」
「んん……、まだ六時じゃないか」
テーブルの時計を見るなり、文句を言っている良太さん。
起き抜けで、ちょっと寝ぼけた顔がかわいいわね。
「朝食は七時からだろ、こんな時間に起きて何をしろっていうのさ」
「その足じゃ洗顔や歯磨きにだって時間がかかるでしょ、さあ起きて」
「まだ眠いよ」
「九時じゃ寝られないって言っていたのに、あれからすぐに爆睡したでしょ」
いくらなんでも、九時間も寝れば十分だと思いますが。
洗顔と歯磨きを済ませてから、朝食の配膳まで三十分ほどあるので。
嫌がる良太さんをベッドに座らせて、体を拭いてあげているんだけれど。
「もういいよ」
「どうして、まだ拭き始めたばかりよ」
「だって、くすぐったいんだもの」
「お風呂に入れないから体を拭いているんでしょ、動かないで」
「自分で拭くよ、けがをしているのは足で手は普通に使えるんだから」
「わたしが拭いてあげます、そのための付き添いなんだから」
「あゆみは恥ずかしくないの、男子のこんなところまで拭いて」
「恥ずかしくありませんよ、婚約者ですから」
真顔で聞かないでほしいわ。
婚約者だろうがなかろうが、恥ずかしいに決まっているでしょ。
裸でいる男の人に触るのなんて、初めてなんだから。
「はい、終わりましたからパジャマを着ていいわよ」
たかが体を拭くだけで、こんなに疲れるなんて。
配膳を待っている間、ずっと退屈そうにしている良太さん。
「朝食の後は、一日中寝ていなくちゃだめかな」
「だめです、大人しくしていないと治るものも治りませんよ」
「気晴らしにもなるから、ちょっとぐらい外に出て……」
「先生もおっしゃっていたでしょ、この二日間が大事だって」
「だって、ずっとベッドの上にいたら退屈しちゃうよ」
「子供みたいなことを言わないの、休むのも治療のうちなんだから」
「おあいにくさま、僕はまだ子供だよ」
「昨日は力説していたでしょ、子供じゃないからこんな時間に眠れないって」
「ふん、つまらないことばかり覚えているんだな」
「良太さんこそ、都合の悪いときだけ子供になるのね」
「言うことがあっちへこっちへふらふらするから、子供なんだよ」
「良太さんが朝食を済ませたら学校へ行きますけれど、大人しくしていてね」
「あゆみが学校に行っている間は一人か、絶対に退屈しちゃうな」
「本を持ってきてあげたでしょ、それを読んでいて」
「あゆみが持ってきたのって、勉強の本ばかりじゃないか」
「けがをして入院しているだけで、良太さんは勉強が本分の中学生ですから」
「退屈して、具合が悪くなるかも」
「具合は悪くなりませんよ、退屈したぐらいで」
「ちぇっ」
「授業が終わったら、すぐに来てあげますから」
やれやれだわ。
「先生や看護師さんの言うことを聞いて、良い子にしているんですよ」
朝食を済ませれば済ませたで、ぼ~っとしている良太さん。
「どうしたの、さっきから」
{えっ?}
あれだけ楽しみにしていただけに、早くも朝食ロスですか。
「おなかが空いちゃって」
「ついさっき、朝食を取ったばかりでしょ」
「あゆみがさっぱりしたメニューを選ぶからだよ、おかわりもできないし」
「栄養士さんが、ちゃんとカロリー計算をしてくれているんですから」
「学校に行く前に、売店で何か……」
「だめです」
鬼を見るような目で、うらめしそうにわたしを見ないでください。
あっという間に放課後になり、まっすぐ向かった病室では。
「だから、だめです」
「ここの食事だけじゃ足りないから、頼んでいるんだろ」
「お母さまからわたしが言われていたのを、聞いていなかったの?」
「朝も昼も、食事のすぐ後におなかが鳴っていたんだよ」
「病院じゃ、お食事も治療の一環なんですよ」
「おなかが減り過ぎて体調を崩しちゃったら、本末転倒だろ」
「そんなことで、体調は崩れません」
「頼むから、売店で何か買ってきてよ」
「買ってあげてもいいんじゃない、あゆみちゃん」
「何ですか、隼人さんまで一緒になって」
「病院食ってあっさりしているし量も少ないだろ、良太がかわいそうだよ」
さすが親友、訴える内容や手法は同じなのね。
「動かないで間食ばかりしていたら、あっという間に太っちゃいますよ」
「そんなことはないよ」
「いつもは運動しているけれど、今は寝ているだけでしょ」
あれだけ食べても太らないのは、くたくたになるまで遊んでいるからだし。
「精神衛生上、良くないと思うんだよな」
「何がです」
「四六時中、食べ物のことばかり考えているなんて」
言うにこと欠いて、体調の次は精神ですか。
「だからこうやって、リンゴをむいてあげているでしょ」
「リンゴなんて、何の足しにもならないよ」
「あと少しで夕食ですから、これで我慢しましょう」
「空腹時にリンゴだなんてどうかと思うな、病人じゃあるまいし」
「今の良太さんが病人じゃなくて、誰が病人なんですか」
入院してベッドの上にいるんですから、正真正銘の立派な病人でしょ。
「僕は病人じゃなくて、けが人だよ」
自分じゃ歯が立たないからって、隼人さんに目配せをしているわ。
ここは、きっちりくぎを刺しておかなきゃ。
「隼人さんも、良太さんに頼まれたからって何か買ったらだめですからね」
「あっ、ああ」
このうろたえっぷりを見ると、何か買ってくるつもりをしていたのね。
分かりやすいコンビだこと。
わたしがいない間も、こんな調子で看護師さんを困らせているのかしら。
だとしたら、とんだ不良患者ね。
「隼人さん、ちょっと」
不満そうな顔でリンゴを食べている、良太さんを残して。
隼人さんを連れて、病室の外へ。
「いつもながら、あゆみちゃんは良太にだけは厳しいんだな」
「わたしが言わなければ、良太さんはやりたい放題ですから」
「良太が言っていたよ」
「何をです?」
「あゆみちゃんって、だんだんおばさんに似てきたんじゃないかって」
笑いながら言わないでください、自分でも気にしているんですから。
「良太さんのことを考えれば、身内なら同じことを言うのは当然です」
「わざわざ廊下に出てまで何の話をするのさ、病室じゃしにくい話なの?」
しにくい、じゃなくて絶対にできない話ですよ。
「どうして、今日も委員長さんがお見舞いに来ているんですか?」
昨日に引き続き、病室まで来ちゃって。
ベッドの横の椅子に座って、さっきの話を聞いていたし。
いったい、どうなっているんですか?
「結果的に自分が良太をけがさせたって、責任を感じているんじゃないかな」
確かにあの人が元凶ですからね、責任はしっかりと感じてもらうべきです。
だからって、今日も病室にいる必要はないでしょ。
「きっと、罪悪感からだよ」
責任感や罪悪感ぐらいで、二日続けてお見舞いに来るもんですか。
「授業のノートやプリントだって、持ってきているみたいだし」
それだって、わざわざ自分で来なくてもいいはずです。
隼人さんに預ければいいんですから。
わたしにだってばればれな、委員長さんの魂胆が見抜けないなんて。
鈍いところもおそろいなのかしらね、良太さんと隼人さんは。
まあ退院は明日だし、学校以外で会うこともないだろうけれど。
なんて考えていた、わたしの方がよっぽど鈍かっただなんて……。
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