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第十一話 病は木から 前編

「どっ、どうしたんです良太さんっ!」

 そうは言ってはみたものの、わたしにだってひと目見れば分かります。

 どうしたもこうしたもない、非常事態だってことぐらいは。

 それでもつい聞いちゃったのは、わたしがひどく慌てていたからなんです。




 ここは、放課後に良太さんと待ち合わせをしているくつ置き場の前。

 わたしは、毎日ここで良太さんと合流してから。

 保育園に、詩織ちゃんと菜摘ちゃんをお迎えに行くんです。

 

 で、どうしてわたしが慌てているかというと。

 いつもなら先に来て、わたしを待っていてくれる良太さんですが。

 今日に限って、わたしが来たときにはいなくて。

 なかなか来ないから、どうしたんだろうと心配していたら。

 隼人さんに肩を借りた上に、足を引きずりながら歩いてくるんだもの。

 朝にここで別れたときは、ぴんぴんしていたのに。

 いきなりこんな姿を見せられたら、わたしが慌てるのも当然です。


「あゆみちゃんごめん、体育倉庫の屋根で仔猫が泣いていてね」

 隼人さんは、さらりと言っているけれど。

 倉庫の屋根の上、仔猫って何のことですか?

「下りられなくなったみたいで、助けてやろうと横の木に登ったんだけれど」

 木登りって、猫を助けるために?

「最後に足を乗せた枝が腐っていて、ボキって折れて落っこちちゃったんだ」

 痛みに堪えるので精一杯な良太さんの代わりに、説明してくれた隼人さん。

 それを聞いて、事態を把握しようと精一杯なのに。

 さらに、わたしを混乱させる事態が。

「ごめんね石田君、あたしが仔猫を助けてあげてなんてお願いをしたから」

 良太さんと隼人さんに隠れていて、今まで見えていなかったけれど。

 二人の後ろから奇麗な女の人が出てきて、そう言うんだもの。


「別に、委員長のせいじゃないから気にしなくていいよ」

 良太さんはそう言うけれど。

 委員長さんって、良太さんのクラスに行ったときに見たことのある人よね。

 この人に頼まれて、仔猫を助けるために木に登ってけがをしたんですか?


「それで隼人さん、良太さんのけがの具合は?」

「とりあえず、保健室で応急手当ては受けたけれど」

「先生は何て?」

「折れているかもしれないから、病院に連れていくように言われたんだ」

「病院なんて行っていられないよ、詩織と菜摘を迎えに行くんだから」

 良太さんったら、痛みに顔をしかめながらそんなことを言っている。

「詩織ちゃんと菜摘ちゃんなら、わたしが一人でお迎えに行きますから」

「でも、夕ご飯の買い物だってあるだろ」

「余計な心配をしなくても、みんなの夕ご飯は外で済ませてもらいます」

 そう言ってから、隼人さんに。

「良太さんを病院に連れていってください、わたしもすぐに行きますから」

「中央総合病院に行くように言われたから、後でね」

「あたしも一緒に行くから、これをお願いするわ」

 委員長さんにそう言われて、良太さんの荷物を渡されちゃった。

 そもそも、どうしてあなたが病院に付き添うなんて言っているんですかっ!

 今からわたし一人で、詩織ちゃんと菜摘ちゃんをお迎えに行くのに。

 こんな、余計な荷物まで持たされるなんて。

 あっ、こんなとか余計とかなんて思っちゃった。




 詩織ちゃんと菜摘ちゃんをお迎えに行ってから、おうちに帰ると。

 思っていた以上に、へとへと。

 そりゃ、そうよね。

 良太さんとわたしのカバンを両肩に掛けて、詩織ちゃんを抱いた上。

 菜摘ちゃんを乗せたバギーを押して、おうちまで帰ってきたんだもの。

 でも、今は良太さんのけがの具合が心配。

 詩織ちゃんと菜摘ちゃんのお世話は、おばあさまにお任せするしかないわ。

 電話で事情を説明して、おうちに来てもらわなくちゃ。


「というわけで、これから病院に行きたいんですが」

「今からあたしが行ってあげるから、詩織と菜摘のことは任せなさい」

「ありがとうございます」

「で、くまさんと強には伝えたのかい?」

「良太さんの状況が分からないので、検査の結果が出てから電話しようかと」

 それから二十分ほどで来てくださったおばあさまには、助かったわ。




 わたしが病院に着くと同時に、良太さんの検査が終わったので。

 レントゲン写真を見せられながら、お医者さまから説明を聞けたの。

「折れてはいないけれど、ひびが入っていますね」

 ひびで済んで、良かった。

「ギプスをして経過観察をしますので、二日ほど入院するつもりで」

 お医者さまのそのひと言で、良太さんはそのまま入院することになったの。

 良太さんの足をギプスで固定している間に、わたしはお母さまに連絡を。

 お母さまから個室にするように言われて、入院の手続きを済ませると。

 看護師さんに、入院するのに必要なものを聞いてから。

 ストレッチャーに乗せられて出てきた良太さんに付き添い、病室へ。

 縦横無尽の大活躍って今のわたしの状態をいうのね、きっと。

 でも、まだ終わりじゃないわ。

 この場を隼人さんに任せて、必要なものを取りにおうちへ戻らなくちゃ。




「歯ブラシと歯磨き粉は、コップと一緒にここに置きますよ」

「うん」

「タオルは引き出しの上の段で、下着は下の段に入れておきますからね」

「ああ」

 おうちから持ってきた、入院用の荷物をしまいながら説明しているのに。

 良太さんったら、気のない返事を繰り返しちゃって。

「そんな説明はしなくていいよ、どうせ毎日あゆみが来るんだろ」

「わたしがいないときに必要になったら、どうするんです」

「そうなったら、そのときに探せばいいだろ」

「絵に描いたような泥縄じゃない」

「すぐ見つかるさ、ロッカー以外にはテーブルの引き出しだけなんだから」




 そんなタイミングで、ドアが開いたと思ったら。

「あなたって子は、何をやっているのっ!」

「くまさん、病室なんだからいきなり怒鳴らなくてもいいだろ」

 待ち合わせたかのように、ほぼ同時に到着されたお父さまとお母さま。

 わたしからの連絡を受けて、お仕事を早めに切り上げると言っていたの。


「だいだい、たかが木から落ちたぐらいで骨折するなんて」

 お母さまったら、病室に顔を出すなりいきなりそれですか。

 あの……、まさかとは思いますが。

 個室にするように言ったのは、良太さんを思いっきり怒れるからですか?

「いきなり怒鳴るなら、来なくてもいいのに」

 うんざりとした顔で、そう言う良太さん。

 お母さまはお母さまなりに心配しているのに、その言い方は。

「二人とも、ここは病室なんだから大声を出すのは」

 いつもながら、冷静なのはお父さまだけね。


 なぜだか、隼人さんは恐縮しているみたいだし。

 お母さまへの免疫力がない委員長さんは、どん引きをしているわ。

「骨折じゃないよ、ひびが入っただけだって言っているだろ」

「同じことでしょっ!」

 病室なんだから怒鳴るなって、お父さまに言われたばかりなのに。


「それに、木に登って落ちたのは僕じゃないもん」

 良太さんったら、涼しい顔をしてそんなことを言うんですもの。

 わたしを含め、お母さまとお父さままで同時に。

「えっ?」

 驚くのも、無理はないと思います。

「良太さんがけがしたのは、木から落ちたからじゃないの?」

 代表する形で、わたしが聞いたんだけれど。

「そうだよ、木に登ったのは隼人だもん」

「だったら、どうして良太さんがけがしたの?」

「枝が折れて落ちた隼人を受け止めようとして、僕が下敷きになったんだ」

「あなたは、そんなことで骨折したっていうのっ!」

「だから、骨折じゃないって言っているだろ」

 委員長さんが仔猫を助けるように頼んだのは、隼人さんだったのね。

 それじゃ、良太さんがけがしたのはとんだとばっちりじゃないの。

「人助けなんだからくまさんが怒ることじゃないだろ、褒めるならともかく」

「だって、大家さん……」

「ひびが入ったぐらいじゃ気にしないよ、そうだろ良太」

「うん」

「良太はあゆみちゃんが看病するんだし、顔を見たから俺たちはもう帰ろう」

 たったひと言で、混乱しかけているその場を収めるなんて。

 さすがです、お父さま。


「帰るなら、お金を置いていってよ」

「お金って、どうするのよ」

「こんなところにいたら退屈するだろうし、売店で雑誌でも買おうと思って」

「お金はあゆみちゃんに預けておくから、必要なときは買ってもらいなさい」

 良太さんにそう言ったお母さまは、わたしに向かって。

「良太が間食したいと言っても、買ったらだめよ」

「分かりました」

「僕は雑誌を買うって言ったんで、間食なんて言っていないだろ」

 この場の誰もが、買い食いに使うつもりだろうって思っていますよ。

 良太さんの猛抗議を、完全に無視したお母さまは。

「後で三人娘が果物を持ってくるから、間食はそれだけにさせてね」

「はい」




 お父さまとお母さまが帰られて、これで静かになるとほっとしていたのに。

 入れ替わりに、お姉ちゃんたちがぞろぞろと到着したのを見ると。

 この世には、油断も隙もないみたいね。

 一難去ってまた一難とは良く言ったもんだわ、はあ……。


「ほれ、見舞いや」

「まるで、自分たちが気を利かせたとでも言いたいみたいね」

「やけに突っかかるやんけ、人が好意で買うてきたのに」

「ふんだ、お母さまに言われたからでしょ」

「なんや、知っとんのか」

 お姉ちゃんから渡されたのは、かごに入ったフルーツ。

 これが、お母さまが言っていた間食用なのね。

「何をしているのよ、お姉ちゃんたちっ!」

 フルーツのかごをテーブルに置くんで、ちょっと目を離しただけなのに。

 お母さまが買ってきたケーキに、三人して手を出そうとしているし。

「会社の近くにあるお店の箱なら、課長からのケーキでしょ」

「四つやったら、良太とウチら三人の分やろ」

「急いで来たから、小腹が空いていますの」

「良太さんとあたし、付き添いの隼人さんと委員長さんへのケーキですっ!」


「体育倉庫の屋根なんて、たかだか三メートルくらいでしょ」

 猪口さん、食べるか質問するかどちらかにしてください。

「その高さやったら普通に着地できるやろ、いつもの良太らしゅうないな」

 ちらちらと残りひとつになったケーキを見ないで、お姉ちゃん。

「仔猫を助けようとして木に登って落ちたのは、隼人さんなの」

「でしたら、どうして良太君はけがをされたのですか?」

 蝶野さんったら、唇の端に生クリームが。

「良太さんは、落ちた隼人さんを受け止め損なってけがをしたんです」

「とんだとばっちりね」

 猪口さんっ、ここには隼人さんもいるんですよ。

「ほんで、その仔猫はどないなってん」

 お姉ちゃんったら、仔猫よりけがをした良太さんを心配すべきでしょ。

「元気に走っていっちゃったんですって」

「随分と恩知らずな仔猫ですわね、助けてくれた恩人はけがをしているのに」

 だから蝶野さん、良太さんが助けたのは仔猫じゃなくて隼人さんだと。


 ケーキを食べ終えて、退屈そうにしているお姉ちゃんたち。

 看護師さんから献立を選ぶように言われ、さっき渡された紙を見ながら。

「へえ、今の病院って三食とも事前に二種類から選べるのね」

「ぜいたくな話やな、ほんま」

「良太君にしては、さっぱりとしたお料理にばかり印を付けていません?」

「選んだのは僕じゃないよ、あゆみが選んだんだ」

「入院の初日から、普通食でいいのね」

「悪いのは足ですから、お食事は普通食なんです」

「にしても、自分がもう少し良太のことを考えてやらなあかんやろ」

「これ以上、何を考えろって言うのよ」

「育ち盛りの男子中学生ですもの、病院のお食事だけでは足りないかと」

「病院のお食事は、ちゃんと栄養やカロリーの計算がされていますから」

「そうはいっても、味もそっけもないわよ」

「ぜいたくを言える立場じゃないんです、病人なんですから」

「分からんやっちゃな、良太の好物を作って差し入れたれ言うとんねん」

「好きなものを作ってきたら、そればかり食べちゃうでしょ」

「そんなに厳しくされると逃げてしまいますよね、良太君」

「入院中はこれでいいんだよ」

 あら、意外な返事ね。

「退院してからあゆみが作った好物を食べれば、余計においしく感じるもの」

 ふうん。

 いつになく殊勝なのね、これこそけがの功名って言うのかしら。




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