第十話 初めての夜には雷の伴奏を 後編
不本意ながら。
正確に言うならば、僕としては極めて不本意ながらですが。
おばあちゃんが好きそうな、さっぱりとした昼食を済ませてから。
あゆみと分担して家事をしていると、あっという間に三時に。
「詩織と菜摘の帰り支度をしようよ、そろそろここを出なくちゃ」
雷が鳴ったら、とてもじゃないけれどあゆみを連れて帰れないものね。
「それと、夕ご飯は早めにしてくれないかな」
「さっきお昼を食べたばかりでしょ、どうして早めに?」
「あれじゃまるで病院食だもの、おなかにたまらないよ」
その病院食を食べる日がくるなんて、このときには思いもよらなかったな。
帰り支度を終えた詩織と菜摘を抱いて、おばあちゃんにあいさつを。
「僕らはもう帰るよ、夕方には雷になるらしいから」
「どうして雷を気にするんだい?」
「雷が苦手なんだよ、あゆみは」
「ほう」
「鳴るたびに悲鳴をあげるんだ、詩織と菜摘を預かってもらって助かったよ」
「役に立ったのなら構わないが、帰るっていってもこれじゃあ……」
おばあちゃんが指差した窓の外は、いつの間にか暗くなっている。
雲の向こうからは、ゴロゴロって不気味な音まで聞こえ始めていて。
早くも、あゆみは顔面蒼白に。
「どうせ帰っても強は仕事で泊まりだし、くまさんは出張でいないんだろ」
「うん」
「今日はうちに泊まればいいさ」
詩織と菜摘を抱いた上。
顔面蒼白のままで震えている、あゆみを連れて帰れないし。
「どうするあゆみ、ここに泊まっていく?」
わざわざ聞くまでもなく、聞かれたあゆみは首を何度も縦に振っている。
「じゃあ、今夜はお世話になるね」
分かりやすく、ほっとした表情をしているあゆみ。
「雷が怖いのなら、強の部屋で寝るといいよ」
「父さんの部屋で?」
「強は、高校のときに同級生とバンドを組んでいてね」
へえ、父さんがバンドを組んでいたなんて初めて聞いたな。
「練習するからと、この家を建てたときに自分の部屋を完全防音にしたんだ」
確か、うちのリビングもそうだったよね。
「窓を閉めれば雷鳴は聞こえない?」
「ああ、高性能の遮光カーテンだから稲光も見えないよ」
昼に続いての、さっぱりとした夕食を済ませて。
テレビを見て暇をつぶしていると、そろそろ寝る時間に。
小腹がすくだろうから、後で夜食でも。
キッチンにカップ麺やお菓子はなかったから、外に買いにいくしかないな。
そんなことを考えながら二階に行っていた僕が、階段を下りていくと。
下には、あゆみが震えながら立っていた。
「こんな雷の中、わたしを残してどこに行っていたの?」
「父さんの部屋へ、どんな部屋だか下見に行ってきたんだよ」
「どっ、どうだったの?」
そう聞いてきたあゆみの表情ったら、真剣そのもの。
父さんの部屋の防音と遮光の効果に、よっぽど期待をしているんだな。
「完全防音だけあって、ドアを閉めると外の物音がまったく聞こえないよ」
「よかった」
「カーテンを閉じたら、稲光も見えなかったし」
「それなら今夜は怖がらずに眠れ、きゃ~っ!」
ついに一発目の雷が盛大に落ちて、昨夜のあゆみが再び。
「じゃあね、お休み」
「どっ、どこに行くの?」
「詩織と菜摘が心配だから、僕は客用寝室で寝るよ」
その前に、夜食を買いにいくけれど。
「何ですって!」
昨日からの悲鳴を除けば、あゆみの大声なんて初めて聞いたな。
「こんなところにいないで、あゆみも早く父さんの部屋に行って休みなよ」
「いくら完全防音でも雷は雷なのよ、一人じゃ寝られないわ」
「さっき自分で言ったばかりじゃないか、父さんの部屋だったら大丈夫って」
「良太さんと一緒に寝るなら、です」
「何を騒いでいるんだい、こんな時間に」
この騒ぎで、寝室にいたはずのおばあちゃんが。
「良太さんが、あたしに一人で寝ろと言うんです」
「何だい、頼りがいのない男だね」
おばあちゃん、茶茶を入れないでほしいな。
「雷が怖いって言っているんだから、一緒に寝てやればいいじゃないか」
「詩織と菜摘だけにできないよ、父さんの部屋じゃ鳴き声も聞こえないもの」
「なら、四人で寝ればいいだろ」
「ひっきりなしに悲鳴をあげるあゆみと一緒じゃ、詩織と菜摘が眠れないよ」
「詩織と菜摘はあたしが一緒に寝てやるから、あんたはあゆみと寝てあげな」
「僕らは結婚していないんだし、また一緒に寝たなんて母さんに知られたら」
「またって、一緒に寝るのは初めてじゃないのかい?」
しっ、しまった……。
「良太さんは、昨日は一緒に寝てくれたのに今夜は」
あゆみったら、泣き落としでおばあちゃんを味方に引き入れるつもりだな。
「昨日は、ねえ」
「何もなかったんだから、意味深に笑うのはやめてほしいな」
「だったら、くまさんと強にはあたしから説明してやるよ」
「ちょっと待ってよ、おばあちゃん」
そんな説明は、丁重に辞退させてもらうよ。
きっと、おばあちゃんが絡んだらさらにややこしくなるだけだもの。
そんな抵抗までしたからか、父さんの部屋で僕を待ち受けていたのは。
昨夜とは違い、雷におびえることもなく熟睡するあゆみと。
その横で昨夜に続いて過ごすことになる、長くてつらい眠れない夜でした。
翌朝になると。
夜遅くになってもやまなかった雨と雷が、うそのような快晴に。
寝不足の僕としては、朝一番にでもうちに帰りたかったのに。
おばあちゃんの家でお昼を食べてからって、あゆみが言い出したから。
ようやく家に帰ってきたのは、一時を回ったころ。
これでゆっくりできると思ったら、リビングの窓が開いているじゃないか。
「ちぇっ、誰か帰っているみたいだ」
「お母さまかしら、お父さまの車もあるわ」
「詩織と菜摘は預かるから、あゆみは着替えておいで」
あゆみを自分の部屋に行かせてから、リビングに行くと。
待っていたのは、仁王立ちをして詰問する気に満ちあふれた顔の母さん。
そしてその後ろでソファーに座り、災難だなって顔をしている父さん。
「どこに行っていたのよ、心配したじゃない」
僕は母さんのことを熟知しているから、容易に察知できるんだ。
心配していた母親、という皮こそかぶってはいるけれど。
僕の話をまったく聞こうとせずに、怒り出すパターンだってことは。
心身ともに疲れ切った状態だから、できることなら後にしてほしいのに。
「昨日の晩は、家に電話をしても誰も出ないし」
そりゃそうだろ、誰もいなかったんだから。
「二人とも、携帯電話にかけても出ないし」
「あゆみは詩織と菜摘の荷物に気を取られて、自分の部屋に置いてきたんだ」
「じゃあ、あなたは?」
「僕は充電していたのを忘れて、そのまま出発しちゃったんだ」
「いつも持っていないんじゃ、携帯電話の意味がないでしょ」
ふうん、母さんにしてはまともなことを言っているね。
「急いで帰ってきてみれば、あなたもあゆみちゃんもいないし」
「昨日の昼から、おばあちゃんの家に行っていたんだよ」
「さっきも言っただろ、預けた詩織と菜摘を迎えに行っているんだろうって」
父さんが言わなくても、それぐらい見当がつくだろ。
こうやって両手に詩織と菜摘を抱いている、僕の姿を見れば。
おばあちゃんへ電話をしに、母さんは携帯電話を片手にキッチンへ。
僕はもう上に行ってもいいかと、父さんに聞こうとしたその瞬間。
すごい顔をした母さんが、戻ってくるなり。
「良太っ、あなたたちはふた晩も続けて一緒のベッドで寝たんですって!」
ほ~らきた、やっぱり想像していたとおりだ。
おばあちゃんが母さんにする説明は、どうせ逆効果になると思っていたよ。
「あゆみちゃんが雷を怖がるなんて、子供だましのうそまでついて」
「雷を怖がるのは本当さ、疑うならあゆみか鹿山さんに確かめればいいだろ」
「たとえ本当でも、ひとつのベッドで寝るのは非常識だと思わないのっ!」
「おとといは、みんなが留守にしたのが悪いんだよ」
「留守だったから、どうだっていうのよ」
「誰かがいてくれれば、あゆみが僕の部屋に来ることもなかったんだから」
「だったら、昨日は何なのよ」
「僕は別々に寝ようとしたんだ、なのにおばあちゃんが強引に二人にしてさ」
「何でもかんでも人のせいにすればいいと思って、あなたって子はっ!」
「もっと僕を信用すべきだろ、何もしていないって言っているんだから」
「今度は親を非難するつもり?」
「うるさいな、二日続けて寝ていなくてとても眠いんだから休ませてよ」
「親に向かって、うるさいとは何よっ!」
まだ文句を言いたそうにしている母さんを、どうにか振り切って。
自分の部屋に行き、ベッドに倒れ込んだまでは覚えているけれど。
二日間の寝不足もあり、泥のように眠っていたようで。
目が覚めると、窓の外はすっかり暗くなっていた。
リビングに下りた僕は、ソファーに座っている鹿山さんと鉢合わせ。
「おう、待っとったで」
「どうして鹿山さん一人だけなの、あゆみは?」
そう聞いた僕に、鹿山さんが話してくれたのは。
シャワーを終えて自分の部屋で着替えていたあゆみは、鹿山さんから。
自分が雷を怖がったために、僕が母さんから雷を落とされたことを聞いて。
鹿山さんと二人でうちに来て、母さんに事情を説明したんだって。
「良太さんは、雷を怖がっているわたしを安心させてくれていただけです」
「ほんまや思うで、あゆみは雷をめっさ怖がってパニックになるんや」
「ふうん、あゆみちゃんが雷を怖いって話は本当だったのね」
「良太さんは、ふた晩とも別の部屋で寝るように言っていましたから」
「別の部屋で、ねえ」
「なのに、わたしが無理やり一緒に寝てもらったんです」
「本当に、あゆみちゃんから?」
「二晩続けてほとんど眠らずにいたから、寝不足になって」
「中二のボウズの衝動よか、婚約者としての務めを果たすんを優先したんや」
「おばあさまも、良太さんを褒めていました」
「良太はあゆみを大切にしとるんや、むしろ褒めたるべきや思うで」
僕が寝ている間に、そんなことがあったそうで。
「ねえ鹿山さん、どうしてあゆみはあんなに雷を怖がるの?」
「目の前で見てもうたさかい、トラウマになっとるんとちゃう」
「トラウマって、いつのことなの?」
「そやな、あれは五年ほど前やったかな」
五年ほど前ならあゆみはまだ小学二年生だよ、よっぽと怖かったんだな。
「お母ちゃんの田舎へ遊びに行って、一人で留守番しとったときや」
「何があったの?」
「家の前にある公園の木に、おっきな雷が落ちたのを見てん」
「一人でいるときに、目の前に雷が落ちるのを見ちゃったのか」
「そんときの体験が、トラウマになっとるんやろ」
「なるほどね、それであんなに雷を怖がるように」
「それよかふた晩も続けて雷ん中であゆみと一緒に寝たんか、難儀やったな」
「うん、雷のたびにしがみつかれるから眠れなくてさ」
「そうやのうて、一緒に寝たのによぉ我慢してくれたっちゅう方や」
「当然でしょ、僕らはまだ中学生なんだから」
「おおきに、あゆみを大切に思うてくれて」
「鹿山さんは僕を信用してくれているんだね、母さんよりよっぽど」
「課長が怒ったんは、ウチよかずっとあゆみを心配しとるからやで」
「母さんが、鹿山さん以上にあゆみのことを心配しているって?」
「目に入れても痛うないあゆみに、万が一のことがあったらと思うたんやろ」
「その万が一の相手が、自分の息子だったから余計に怒ったんだね」
「たとえ息子を信用しとっても、な」
「ってことは、母さんは僕への信用よりあゆみへの心配が勝るんだ」
「未来のしゅうとめとしての心配やから、ここは課長を許したれ」
「ちょっと複雑だけれど、それだけあゆみを大切に思ってくれてのことなら」
初めて本当の姉さんみたいに思えたな、鹿山さんのことを。
そんなことがあった後。
雷が鳴っても、あゆみが取り乱すほど怖がることはなくなった。
それだけでなく。
母さんは、僕とあゆみのことについて目くじらをたてなくなったし。
あゆみと初めて過ごした夜の思い出が、雷とあゆみの悲鳴だけだった僕は。
次にあゆみと一緒に寝ることがあるのなら、そのときこそ。
もっといい思い出が作れますようにって、こっそりと願っているんだ。
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