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第一話 急(せ)いてんの、へきえき 前編

 お久しぶりです、二年間のご無沙汰になりますね。

 この春から中学二年生になる、森野……。

 いえ、今は石田良太です。

 これから僕がお話しするのは、みなさまにはもうおなじみな。

 僕と僕の家族やその周りでの、あいもかわらず騒がしい毎日についてです。




 この二年の間にあったことで、最初にお伝えすべきニュースといえば。

 結婚してしばらくは、新婚生活を満喫すると豪語していた母さんですが。

「あ~あ……、二年間は新婚生活を送りたかったのに」

「自分はマル高だから、すぐにでも子供を欲しいと言っていたくせに」

 そうなんです。

 公言していたとおり、一年間は新婚生活を満喫した母さんですが。

 去年の春にめでたくも懐妊いたしまして、今年の一月に双子の姉妹を出産。

 つまり、今の僕にはあの七夕の短冊にお願いした妹が二人もいるんです。

「やっぱり、父さんの言うとおり新婚生活は一年だったね」

 母さんが結婚してから、僕は大家さんのことを父さんと呼んでいます。

「くまさんも言っていただろ、新婚生活なんてせいぜい一年よねって」

「大家さんには言われたくないわ、新婚生活が終わった最大の原因のくせに」

 母さんと父さんはお互いを、大家さんにくまさんと呼び合っています。

 その呼び方のほうが、しっくりくるんだって。

 父さんがくまさんって呼ぶのは、あだ名だからともかくとして。

 母さんが大家さんって呼ぶのって、どうなんだろ。

 父さんが文字どおりに大家さんだったのは、たったの一年だけだったのに。


 次のニュースは。

 生まれてくるのは、双子だと分かっていましたから。

 母さんには、双子の部屋を確保する必要がありまして。

 すっかり居着いていた三人娘に、寝室を明け渡すように通告したんです。

 大騒動が予想されたのに、あっさりと母さんの通告に応じた三人娘。

 これには、ちゃんとした理由がありまして。

 双子が誕生すれば退去を切り出されるだろうと、覚悟していた蝶野さんは。

 近所の一戸建てを物色し、隣の家が売りに出されているのを発見しまして。

 親に買ってもらうという、とんでもない暴挙に出たんです。

「そういえば、蝶野は超が付くお金持ちの一人娘だったわね」

 あきれたって顔をしてそう言った母さんですが。

 もともと独り暮らしをしていた、鹿山さんはともかく。

 猪口さんまで、親元を離れて移ってくることになり。

 今や三人娘は、隣人となっているんです。

「やけに素直だとは思ったのよ、でもねえ」

「まさか、あいつらとお隣さんになるとはな」


 それと、どうでもいいニュースですが。

 三か月の産休を終え、久しぶりに出社する前夜。

「あたしって新人を教育する今の仕事、やっぱり好きなのね」

「どうしてさ」

「だって、また会社に行けるのがこんなに楽しみだなんて」

「知らない人が聞いたら、くまさんの職業意識の高さに脱帽するところだよ」

「だって、本当に楽しみなのよ」

「今ひとつだったものね、うちの会社にいたころのくまさんは」

「ひっど~い、今ひとつだったなんて」

「自分と違う、ちゃんとした新人を育てたいって欲求があるんだろ」

「欲求だったら他にもあるわよ、ほら」

「こらこら、明日は久しぶりの出社なんだから」

「疲れてぐっすり寝られるでしょ」

「だからって、まだ時間が早いだろ」

「そんなことを言うならもう一度、えいっ」

「くまさんってば」

「ふんだ、こんなになっているくせに」

 以上は、自分たちの寝室でいちゃいちゃしながらの会話でして。

 結婚して二年たつのに仲が良過ぎるんですよ、うちの両親は。




「早く、お夕飯を済ませてくださいね」

「うん、もう行くよ」

「温かいうちに食べてください、片付かなくて困りますから」

 自分の部屋でくつろいでいた僕に、窓越しにそう言ってきたのは誰かって?

 そうか、僕にとって最大のニュースを話していなかったですね。


 出産後は、早期の職場復帰を希望していた母さんですが。

 仕事をしながら双子の世話と家事、中でも夕ご飯を作るのは至難の業。

 そこで、三人娘とこんな会話を。

「でね、平日に人を雇うのはどうかなって」

「ベビーシッター兼、良太君の夕ご飯を作ってもらえる人をですか」

「食事が遅なんのは、今までかて我慢しとったからええとしても」

「良太君がお一人で赤ちゃんの送り迎えやお世話をするのは、無理ですわ」

「だから、大家さんとも相談したのよ」

 そんな、母さんと三人娘の話を姉の鹿山さんから伝え聞くと。

 ここは自分がうちに行き、そして双子の世話と家事をさせてもらうべきだ。

 いいや、絶対にそうしなければならない。

 両親にそう懇願したそうで。

 いくら諭しても、頑として聞こうとしなかったから。

 困り果てた両親から相談を受けた母さんが、大阪に行き。

 渋る両親を説得して、話をまとめてきちゃったんです。

 え、誰のことかって?

 さっきまでうちのキッチンで夕ご飯の支度をしていて、今は隣の家に戻り。

 自分の部屋で洗濯物をたたみながら、窓越しに僕へ小言を並べた声の主。

 そう、あゆみですよ。




 四月から中学校に進学するあゆみは、三人娘の引っ越しと同時に上京して。

 僕の部屋とは、窓を挟んで隣り合わせの部屋を確保したんです。

 まるで、昔のラブコメにでも出てくるようなシチュエーションでしょ。


「同居までさせるつもりで呼び寄せるなんて、何を考えているのさ」

「鹿山が引っ越してくるから、あゆみちゃんも隣に住むことになったでしょ」

「それは結果論だろ」

「長いお休みには泊まりに来ていたし、以前から家族みたいなものじゃない」

 確かに、母さんが結婚してからは長期の休みのたびに泊まりに来ていたよ。

 春休みとか夏休みとかの、長い休みの間は最初から最後までずっと。

 だとしても、母さんもあゆみも考えることがめちゃくちゃでしょ。


 えっ?

 あゆみは恥ずかしがり屋で、引っ込み思案だっただろうって?

 確かに、人が変わったようにはっきりとした声で話しているし。

 ちゃんと、自分の意見だって言う。

 さっきは、僕への小言まで聞かれちゃいましたよね。

 僕だって不思議に思って、母さんに聞いたんだけれど。

 この上京を機に、モデルチェンジをしたんだとしか教えてくれない。

 モデルチェンジって、変化するにしてもほどってものがあるだろ。

「洗濯物をたたみ終わったら、そっちに戻ってあげますから」

 ほらね、自分の部屋からそう言うなり窓をぴしゃりと閉めちゃった。

 しかもそっちに行くじゃなくて、戻るだなんて。

 あゆみにとって隣の家は、ただ寝るための場所って認識なんでしょうね。

 僕の家こそが、自分の居るべき場所だと。




 あゆみに関しては、学校でもそれなりの騒動がありまして。

 新学期早々から、僕ら二年生の間ではうわさになっていたんです。

 すごくかわいい子が、新入生の中にいるぞって。

 クラスメートに連れられて見にいくと、みんなの視線の先にはあゆみが。

 そりゃ、あゆみは小さいころからかわいかったし。

 前はやせっぽちだったけれど、中学生になってからは女の子らしくなって。

 だからって、うわさをしてまで見にいくほどかなあ。


 ところが、そんなあゆみの話題は一週間もしないうちにどこへやら。

 その原因については、いくつかありまして。

 まずは、入学式での出来事です。

 東京での保護者として、母さんと父さんが出席したんだけれど。

 校門前で僕を招き入れ、四人で記念写真を撮っているのを見られたこと。

 続いては、あゆみの生活環境。

 毎日の登下校が僕と一緒で、家が隣どうしだと知れ渡ると。

 いつの間にか、家だけじゃなく部屋まで隣だとばれちゃった。

 とどめは、あゆみの行動パターン。

 あゆみは、家庭科の調理実習で作ったお菓子を僕の教室に持ってきて。

 クラスの全員が見ている前で、僕に味見をさせるし。

 前日の夜に自分で袋に入れ間違えた体操着を、教室まで交換しに来るんだ。

 二週間に一度はそうしているから、僕はわざとじゃないかと疑っている。

 そんなことがあって。

 あっという間に、あゆみが僕の彼女だってうわさが学校中に広まり。

 その結果、みんなのあゆみに対する関心がなくなっただけなんです。


 そんなあゆみの毎日は。

 僕が起きるころ、朝ご飯の支度をしに制服姿でうちにやって来ます。

 朝食を済ませて双子の登園の用意をした後に、僕と一緒に学校へ。

 授業が終わると、靴置き場の前で僕と待ち合わせをして。

 母さんが出勤前に預けた双子を、二人で保育園にお迎えに行くと。

 その足でスーパーマーケットやお店に向かい、夕ご飯の買い物をします。

 あゆみは下の妹の菜摘を乗せたバギーを押し、買うものを僕に指示する係。

 上の妹の詩織を抱く僕は、指示された商品を買い物カートに入れる係。

 家に帰ると、まずは掃除をしてから洗濯物を取り込んで。

 詩織と菜摘の世話をして、夕ご飯の支度に取りかかります。

 それが一段落すると、詩織と菜摘をお風呂に入れて。

 僕と一緒に食事をした後は、母さんと父さんの食事の準備を。

 母さんと父さんが帰ってきて食事を始めると、僕と交代でお風呂に入り。

 お風呂あがりには、僕の部屋へ。

 詩織と菜摘の様子を見ながら、デザートを食べたりテレビを見たり。

 母さんたちが食事を終えると、詩織と菜摘を引き継いでから。

 名残惜しそうに自分の部屋に帰るのが、十時を回ったころ。




 学生兼主婦みたいな生活をしているのに、あゆみの成績はすこぶる優秀。

 頭もいいんだろうけれど、部屋に帰ってからは遅くまで机に向かっている。

 それを見ていたから、僕は母さんに言ったんだ。

「あゆみに無理をさせ過ぎていると思うよ、勉強や自分の時間がなくっちゃ」

「これも修行の一環だって、あゆみちゃんが言うんだもの」

「修行の一環?」

「奥さんになるための上京だから、これは花嫁修業の一環なんですって」

「誰が誰の奥さんに?」

「あゆみちゃんが、あなたの」

「いきなり何の話だよ、それ」

「だから、あなたは親同士が決めたあゆみちゃんの婚約者だってことよ」

 両家の親同士が決めた?

 婚約者?

「僕らはまだ中学生だよ、婚約だなんて何を言っているのさ」

「昔は珍しくなかったのよ、十四歳や十五歳で結婚するのは」

「いつの時代の話をしているんだよ」

「あゆみちゃんがあなたの奥さんになりたいってことより、年齢が問題?」

「話をそらさないでほしいな、それでも母親のつもり?」

「母親だからこそ、あゆみちゃんのご両親と話をつけに大阪まで行ったのよ」

「わざわざ大阪に行ったのは、そんな話をするためか」

「あゆみちゃんと婚約させてもらうのは、嫌だとでも?」

「言っていないだろ、そんなこと」

 しかも、させてもらうって何だよ。

「だったら、何が不満なのよ」


 あゆみには聞こえないように、目一杯の小声で。

「確かにあゆみは好きだし」

「ふうん」

 嫌な笑い方だな。

「付き合ってから、いずれ結婚って話になるかもしれないけれど」

「それで?」

「もう少し大人になってからって言っているんだよ」

「何を、のんきなことを言っているのよ」

 これって、僕が怒られること?

「あゆみちゃんは、あれだけかわいい上に家事だって万全なのよ」

「だから、何さ」

「大きくなるまで待っていたら、余計な虫が付いちゃうじゃない」

「そりゃ、そうかもしれないけれど」

 こんな、青天せいてん霹靂へきれきともいうべき話をしていた間。

 あゆみはといえば、何ごともないかのように落ち着き払い。

 デザート用にリンゴの皮をむきながら、大満足って顔をしています。


 母さんは、あゆみを見ながら。

「聞いたでしょ、家のことを全部やってもらうのは今日で終わりよ」

「はい、良太さんが止めに入るまでの約束でしたから」

「明日からは、詩織と菜摘のお迎えと夕食の準備だけにしてね」

「分かりました」

「それと、良かったわねあゆみちゃん」

 何が良かったっていうんだよ。

「良太はあゆみちゃんが好きで、付き合ってから結婚するつもりなんだって」

「はい、しっかりと聞きました」

 満足そうな顔をして、答えたあゆみ。

 母さんとの会話はすべて聞こえていたのか、最後は大声になっていたから。

「うう……」

 一生の不覚って顔をして、うめいた僕。




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