リアとバルドの邂逅(ブロローグ部分だけ掲載)
薄暗い森の草原。
風下の丘にて、小さな身体を白い布で覆い隠した少女が潜んでいた。
彼女は是非とも仕留めたい獲物がいた。
標的は草原でのんびりと食事している、角を生えたウサギだ。
名は一角ウサギ。
少女はあの獲物なら仕留めれると思っているのだ。
だが、その可愛らしい見た目に騙されてはいけない。
実は恐ろしい生き物であり、多くの駆け出し冒険者の命を奪ってきている。
故に一角ウサギには高額の懸賞額が掛けられている。
竜などの危険な魔獣と比べたら大した事にないと感じるかもしれないが。
それでも貧乏暮らしの少女が目の色を変える程、充分な金額だ。
少女は死の危険を感じながら、じっと沈黙に耐える。
やがて待ち望んでいた瞬間が来た。
一角ウサギが眠り始めたのだ。
これは少女にとって滅多に訪れる事はない、大きな機会だ。
頬に一滴の冷や汗が伝って落ちた。
(今ならやれる)
早まる心臓の鼓動。
奇妙な緊張感に唾を飲む。
少女は一歩ずつ近づく。
やがて一角ウサギの前に立ち、右手に握っていたナイフを高く掲げる。
(安心したら駄目だ。しっかり殺さないと)
いざ振り下ろそうと構えた直後。
一角ウサギが目覚ました。
「えっ」
予測していなかった出来事に状況判断が一瞬遅れてしまう。
その隙を一角ウサギに突かれた。
腹に衝撃を感じた時、少女は既に地面に転がっていた。
「ひっ」
恐怖で身体が動けない。
そのまま一角ウサギに殺される。
そう身構えた瞬間。
「ゔぁんら」(意訳:僕を恨め)
その時、変な発音が聞こえた。
次の瞬間、一角ウサギの視線が明後日の方向に変えた。
少女も明後日の方向に見ると、2人の男が立っていた。
1人は紋章が描かれた服装を纏い、傷が広がっている盾を持っていた。
その姿は軽戦士そのものだ。
装備だけを見れば頼りなく思える。
だが、よくよく観察すれば、落ち着いており敵を真っ直ぐ見据えていた。
名も知らぬ軽戦士の男に猛者と思わせる雰囲気が滲み出ていた。
彼は軽戦士の後ろに居た。
まだ大人になりきれない少年だ。
重そうなリュックを背負い、一角うさぎを見つめていた。
一角ウサギは怯えていた。
明らかに実力差が違うのだ。
少しずつ後退していく。
「おんぁ、うばぅ」(意訳:僕を、恨め)
何かを言っているのか理解できない言葉を男が告げた瞬間。
一角ウサギが飛びかかった。
男は動かない。
一角ウサギの攻撃をひたすら受ける。
鋭い角と鎧が激突する度に鉄を併せて削るような音が響く。
(なんで、反撃しないんだろう…?)
目の前に起こっている現状が少女の常識を超えていた。
理解が追いつかず、心の底から困惑する。
ふと、男と視線が合う。
「ひーぅ」(意訳:ヒール)
少女の身体に癒しの光が包む。
どうやら一角ウサギに浅くない傷を受けた事を気づかれたらしい。
たちまち傷が塞ぎ、痛みも和らいだ。
しばらくして、一角ウサギの動きが鈍くなり、細長い耳が萎んだ。
「ひーぅ」(意訳:ヒール)
男によって、癒しの光に包まれた一角のウサギは森の奥深くへ立ち去っていく。
その魔物を見届けた男は紙を取り出して、書き始めた。
少年に紙を渡した後、木の影にて腰を下ろした。
その後、少年が近づいてくる。
「大丈夫? 身体は動けるかな?」
優しい声を掛けられて、白い布を被る少女は我を取り戻し、立ち上がる。
寄ってくれた少年に対して敵意を隠そうとせず、腕を組んで睨みつける。
同時に腹が減る音が盛大に鳴る。
「は? 助けてって言っていないんだけど」
「朝から何も食べなくて獲物を探してウロウロして、ようやく見つけたのに。あんたらのせいで取り逃してしまったわ。どうしてくれるのよ。今すぐ魔物を殺して腹を膨らませたいのに…」
「事情はわかった。君はまだ戦えるかい?」
「全然大丈夫じゃないわ。けど、あんたらのの手を借りなくても生きていけるわ。
「だったら、一旦、近くの中継基地まで一緒に戻ろうか?」
「はい」
白い布を被る少女は素直に頷いた。
「ちょっと待ってね。君の事をバルドに報告してくるよ」
少年は盾を持った男に歩き寄って、紙に書き込んで手渡した。
男は頷き、書き返した。
再び少年が歩き戻ってくる。
「バルドがいいって言ってくれたよ。さぁ、行こうか」
少年の問いに白い布を被る少女は迷わず答える。
「いいわよ。付いていってあげるわ」
●
軽戦士の男、リュックを背負う少年、白い布を被る少女。彼ら三人は陽が最も高く昇った頃に、中継基地まで歩き戻っていた。
「ここまでこれば、大丈夫だよ」
少年は微笑む。
中継基地は捜索すべきエリアの近くに置かれる事が多く、そんなに広くはない。
それでも冒険する為のアイテムを補給したり、切れ味が悪くなった武器を修繕する事は出来る。
ちなみに新しいアイテムを造る為には大きな都市に行く必要が有る。
「改めて自己紹介しようか。俺はレオン。そちらの耳が聞こえない男はバルド。君は?」
そう尋ねられて、少女は緊張しながら答える。
「リア…です」
「リア…。いい名前だね。ここにあるものは自由に使っていいよ。ただ、冒険に持って行くときは記録係に報告してね。記録係は入り口の門の近くに居るよ」
「分かりました。ありがとうございます」
「それじゃ、部屋を案内するね。そんで一緒に軽食を食べよう。その後は、そうだなぁ…。リアの実力を見たいから、模擬戦をやろうか」
「私はいいですよ。お願いします」
「それじゃ、部屋を教えてあげるね。ついてきてね」
レオンはそう告げてから歩き始めた。
バルドとリアは彼について行く。
●
レオンに部屋を教えて貰った後、三人で昼ごはんを食べた。
その後、訓練場に移動し、模擬戦を始める。
敵は自動で動く木製人形。
今は1体だが、大勢で襲い掛かってきたら堪らないだろう。
レオンとバルドに見守られながら、リアは木製人形の前に立ち、ナイフを握る。
直後。
木製人形の後ろに回り込み、首を突き立てる。
それだけで木製人形の動きが止まる。
「私の闘い方は敵に近づいてナイフで攻撃します」
リアは自分の戦い方を隠す事なく説明する。
個人戦闘にはあんまり向いていないが、隠れる所が多い戦場では有効な立ち回りだ。
本当は知られてはいけない秘密を抱えている。
けれど、戦闘の立ち回りには知って貰っても損は無い。
それでも一角ウサギに気づかれてしまった事に悔やむ。
(この事は言ってもいいよね…。もっと上手くなりたい!)
レオンは興味深く頷く。
「その立ち回り、集団戦…。特に連携しながら戦う時に使えるね」
「はい。誰かが敵の気を引いてくれば、役に立てます」
「いいね! 君は使えそうだ!」
レオンは歩きながら笑顔を浮かび、手を差し出してくる。
「これからも宜しくね!」
本来の礼儀ならば、ここで手を握り返すだろう。
だが、リアはそうしなかった。
躊躇ってらってしまった。
彼の肌を触れる事に怖がったのだ。
リアは自分の行動に惑い、表情が蒼くなる。
「ん? どうしたんかい?」
レオンは眉を顰め、声が低くなる。
「えっ、あっ…。えっと…」
どう説明したらいいのか。
どう立ち回ればいいのか。
分からない。分からない。分からない…!
人の視線。不満。疑問。疑惑。
あらゆる負の感情がリアにのしかかる。
「大丈夫?」
心配そうに覗き込んでいたレオンがリアの両手を包む。
刹那。
リアの頭の中に声が響く。
『どうしたんだろう? せっかく戦いに使えるかどうか確かめたかったのに。もし使えなかったら、あの状況で助けた意味がないなぁ』
残酷にも感じれる声。
それはリアの内なる感情ではない。
レオンの思いが声となって聞こえてきたのだ。
(私、捨てられる…?)
直視したくない可能性のイメージが脳裏に浮かぶ。
「いやあああああああ!」
今まで心に刻まれた暗い記憶が蘇り、リアは錯乱に堕ちる。
「リア!?」
レオンは叫び、困惑する。
どう対処したら分からない、という表情が見え取れる。
リアは地面に立ち崩れ、過去の惨劇の記憶に苦しむ。
(ごめんなさい! 醜い私が生きてごめんなさい!)
心の中で謝り続ける。
それしかできない。
「大丈夫!?」
レオンが座り込み、リアの右手を握った。
その瞬間、再びレオンの心の声が響く。
『おいおい!? どうしたんだろう? 出会ったばかりの少女を泣かせたと噂になれば、俺の評判が悪くなるじゃないか! 勘弁してくれよ…!』
常に自分の事ばかり考えるレオンの思いが心深く刺さる。
(ああ、この人は他人を駒としか見ていないんだ…)
リアはレオンの事を失望しながら気を失った。
●
夢を見ていた。
リアは辺境の小さな村で生まれ育った。
優しい両親の愛情を注がれた彼女は村一番の人気者となった。
ある日、幼いリアは村の裏山に置かれていた、古い祠を壊した。
すると、黑い光が幼いリアを包み、特別な能力に目覚ましてしまった。
それは、心を読み取る能力。
人の肌を通して、相手の思考を読み取る事が出来る。
それを理解した幼いリアは、周囲に告げた。
その日から幼いリアは悪魔の子と言われるようになった。
毎日悪意をぶつけられて心を擦り減らした。
孤独になった幼いリアは故郷の村から追放された。
●
重い瞼を開ける。
見知らぬ家の天井が見えた。
リアは思い出す。
気を失って倒れた事。
レオンの残酷な思考を読み取った事。
それらの出来事が脳裏に蘇る。
今、リアは寝床に横たわっていた。
ふと、寝床の隣に居る女性に声を掛けられる。
「あら? 起きた? 私は中継基地の記録係。しばらくここに寝ていた方がいいですよ。もう少ししたら夕食を持ってきますね」
そう言われてリアは素直に受け入れた。
●
辺りが暗くなる頃には元気を取り戻して歩けるようになった。
「まだ動かないでね」
記録係には注意されたが、体を動かないと落ち着かない気分だ。
夕食も済ませてしまった。
いざ外に出ると、夜風に当てられた。
冷たい風が気持ち良く感じれる。
「らぁ?」(意訳:あれっ?)
ふと、夜間の見回りに出ていたバルドと出会った。
「えっと、耳が聞こえないよね…。困ったわ…。私、文字を書けない…」
リアは思考を巡らせるが、答えが出ない。
(そうだ。レオンに相談しよう。あの人なら合理的な方法を教えて貰えるかもしれない)
そう思い、この場から離れようとした時。
リアの身体がくらりと揺れた。
(あっ。地面にぶつかる)
この後に訪れる不幸を知っても現実を変える事はできない。
リアは目を瞑る。
そして、身体の痛みは…こなかった。
代わりに脳裏に声が響く。
『あぶなっ!? いきなりリアが倒そうになったな。まだ身体のダメージが抜けていないんだろうな。もし、倒れて傷が付いたら困るなぁ。こんなに可愛いのに』
「ふぇっ!?」
「可愛い」という不意打ちを喰らってしまったリアは思考停止してしまう。
そうしている間も、誰かの思いがリアの心に流れ込む。
『いいなぁ。こんな彼女と付き合えたら最高だろうな。そういう人はイケメンに取られるし…。さらりと可愛いリアの手を握りやがって! くそっ、僕もモテたい!』
心臓の鼓動が早まり、リアの頬が紅くなる。
そっと相手の顔を見上げる。
暗い雰囲気を纏った軽戦士の男。
ついさっき夜間の見廻りに来ていたバルドだった。
ややふらつきながら距離を取る。
バルドは何も言わず立ち去っていく。
引き留める暇が無かった。
バルドと出会った時は怖いと思っていた。
関わりたくないと恐れていた。
だが、今は静かに去っていく彼の背中が輝いて見えた。
(もっと知りたい)
リアの心の底からある種の感情が湧く。
(もっと彼の事が知りたい)
それは今まで体験した事が無い感情。
今は不安定で自覚していないもの。
けれど、今後の行動を後押しするには充分すぎた。
こうして、リアとバルドの邂逅を経て、彼らの運命は大きく動き出す。
これからどうなるのかは誰も知らないーー。
思ったよりも長くなってしまった…。
●
この短編小説の評価次第で、連載版への改稿を検討します。
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