最悪の悪役令嬢に転生してしまったので、破滅ルート回避のため引きこもります!
「……はっ!?」
絢爛豪華な自室ベッドの上で、私、ローザは汗だくのまま飛び起きる。
思い出した。前世の記憶……この世界は乙女ゲームの世界で、私はその悪役令嬢。高慢が服を着て歩いているような性格で、使用人からの評判も最悪、ヒロインを苛め抜いて最終的に断罪され破滅する……そんな絵に描いたような悪役令嬢。
さっき見た夢はまさにその破滅の場面だ。魔法学園に入学したローザ(私)は正ヒロインと出会い、その魔法の才能を嫉んでいじめを始める。しかしゲームの攻略対象によって公の場で悪事の全てを告発され、ルートによってはその場で斬殺される……思い返すだけで恐ろしい。
「お嬢様? お気付きになられましたか?」
部屋の外からメイドの声。
そうだ、私は流行り病にかかり、生死の境を彷徨っていたのだ。そのショックで前世を思い出せたのは不幸中の幸いというべきか……
流行り病ゆえつきっきりの看病はできず、メイドは私の部屋のすぐ前でずっと待機してくれていたのだろう。そして私が起きたことにすぐ気づいて声をかけてくれたわけだ。
なんて優秀なメイドだろう、褒めてあげなくては。あと汗をかいて喉が渇いたから水を持ってきてもらおう。
そう思って私は口を開いたのだが……
「さっさと水を持ってきなさい、のろま!」
口から飛び出たのは、そんな刺々しい言葉だった。
自分の言葉にびっくりして、慌てて口を抑えたがもう遅く、メイドは「は、はいぃっ」と怯えた声を出して走って行ってしまった。
これは……まずいかもしれない。
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それからすぐにわかった。前世を思い出した私だが、私の魂はローザと混ざってひとつになっており、その高慢で冷血、悪役令嬢メンタルを受け継いでいる。
そして気を抜くと、悪役令嬢のままに高圧的な態度をとってしまうのだ。しっかりと気を張れば抑えることはできるが、完全には抑えきれない。
こんな悪役令嬢メンタルで正ヒロインと出会えば絶対にいじめを始める。そしてそのまま破滅ルートへ一直線……
どうしよう、どうしようと私は考え抜いた末に……
引きこもることにした。
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「わたくし、今後この部屋より出ませんので、そのつもりで」
流行り病から快復した娘を見舞いにきた私の両親は、私の宣言を聞いて目を丸くした。
「ローザ、何を言っているんだ? 部屋から出ないなど、どういうつもりだ」
「病で生死の境を彷徨う中、神託を受けたのです。わたくしは災厄をばら撒く凶星のもとに生まれたと。やがてそれは私自身を滅ぼすことになる……逃れるすべは、可能な限り人との関りを避けるほかない、と」
「そんな……!」
適当にでっちあげた理由だが、病で死にかけたのは事実であるので真実味がある。前世の経験も、神託と言えばまあ遠くはない? のだし。
「この部屋から出なければ人との関わりは最低限で済みます。むしろそうしなければいけないのですわ、わたくしの内の獣を抑えるためには……」
引きこもってしまえばヒロインとの接点はなくなり、いじめることは物理的に不可能になる。引きこもり令嬢の世話をさせられる使用人からの評判はより悪くなるかもしれないが、まあ許容範囲だろう。部屋から出なければ害するにも限界があるし。
もともと、前世の私はただのオタクだ。引きこもりには慣れているし、貴族の立場なら無限に引きこもり生活ができる。この世界は娯楽の幅は狭いがその分書物に需要が集中していて数も質も豊富だ、退屈することはないだろう。
そういうわけで、私は引きこもって破滅を回避することに決めたのだ。
「しかしお前はこのラグリア家の令嬢、そんな勝手が許されるわけが……」
「お父様もご存知のはずです、すでに私がどれほどの災厄をばら撒いてきたか」
「うっ、そ、それは……」
ローザ(私)の性格の悪さは父親も知るところだ。暇つぶしとして使用人をいじめ、心を病み辞めていった使用人は数知れず。身分が下の令嬢を冷たくあしらい、家同士の仲を悪化させたことも幾度もある。
それがエスカレートしていった先に破滅が待つ、と言われれば、両親も想像できるものだっただろう。
「災厄はやがてこの家そのものを滅ぼしかねません。それを避けるためには、私をこの部屋に封印するよりないのです。家のことはお兄様たちにお任せしますわ」
「ううむ……決心は固いのだな?」
「はい」
だって、そうしなければ破滅するんですもの。
最終的に両親は認めてくれた。対外的には不治の病にかかったこととし、かくして私ローザは、引きこもり生活をスタートしたのだった。
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引きこもり生活は案外快適だった。
部屋から出ないといっても部屋自体がかなり広いし、欲しいものは望めばいつでも手に入る。さすがに病に倒れてた時のようにメイドをずっと待機させておくのは悪いので、日に三度ほど時間を決め、欲しいものを書いた紙をドアの隙間から差し出しておくというシステムになった。
食事に困らないのは言わずもがなで、さりげに一番の懸念だった下の世話も、この世界には魔法があるため案外簡単に解決した。最初こそメイドが部屋に入って着替えをさせたりベッドを直したりしようとしたが全て断り、服やシーツだけ部屋に入れてもらって自分で直した。令嬢としては異例の行為だが、前世がただのオタクだった身としてはなんら苦痛ではない。
娯楽に関しても、この世界の本はやはり面白い。あらゆる知識が書物として反映されるため種類が多くて質も高く、興味のなかった軍記ものなどにも手を出してみたら案外面白くて読みふける……なんてことも多い。ついでに盛り上がって徹夜で読みふけっても誰にも怒られないし。
そんなわけで、私は引きこもり令嬢生活を満喫したのだった。
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が、そんな生活をふた月ほど続けた頃……異変がやってきた。
「ローザ? 今、いいかしら?」
部屋の外からノックと共に母親の声。ちょうど読書も合間だったので本を閉じ応対する。
「はあ゛っ……んんっ!!」
久々に声を出したせいでうまく声が出ず慌てて咳払いした。どうしても誰かと話すとローザの悪役令嬢が顔を出し悪態をついたりしがちなので、最近はメイドとも会話せず筆談や暗黙の了解で済ましていた弊害である。
「おほん、お母様、いかがなさいましたか?」
「それがね……ルーフェン様がいらっしゃったの」
「ルーフェン様?」
ルーフェン? その名前を聞いて私は飛び起きた。
乙女ゲームの攻略対象の1人で……私、ローザの婚約者の、ルーフェン・ウォルグ侯爵家子息!
容姿端麗で剣の腕にも魔法の才にも優れた、一見完全無欠の男だが、人間嫌いと噂され誰に対しても刺々しい態度で突き放し、別名を『茨の貴公子』。
そうだ、破滅への恐怖と引きこもりの満喫ですっかり忘れていたが、私には婚約者がいたんだった。といっても家同士が決めただけの政略結婚、お互いにろくに顔を合わせたこともない。
というよりルーフェンはローザ、つまり私を嫌っていたはずだ。その少ない顔合わせの機会でローザは見事にその性格の悪さを発揮し、一発でルーフェンに嫌われた。
具体的にはルーフェンの目の前で使用人をいびり、頭から紅茶をかけて追い出した上、逆にルーフェンには侯爵家子息という一点で媚びへつらった。立場の弱い者をいじめ、一方で家柄だけを見て媚びて……これで好かれるわけはない。
一方でローザからしてもルーフェンは『茨の貴公子』の呼び名通りツンケンした態度をとられ、表向きは媚びつつもプライドの高いローザは内心で憎たらしく思っている。
だからこそゲームでは婚約者を袖にし、正ヒロインとの恋愛に向かうわけなのだが……
そのルーフェンがなぜ?
「なんでもあなたが病気と聞いて心配でいらっしゃったのだとか。身なりを整えたら、すぐに応接の間に来なさい」
「えっ!?」
それはつまり、私に部屋を出ろということか?
「お母様、私は……」
「わかっています、しかし侯爵家の子息がわざわざ向こうから足を運んでくださったんです、それを無下にしてはそれこそ家に災厄をもたらそうというもの。あなたが家を想うなら、応対をするのですよ」
「う、ぐっ……」
家を守るために引きこもる、というのを大義名分にした以上、こう言われては断れない。
ルーフェンめ、面倒なことを。私が心配で来たというのも、おおかた婚約者が病気とあらば顔を出さないと男の恥となるため、彼の方も親に言われて渋々来ただけだろう。
嫌っている者同士がお互い嫌がりながら顔を合わせる。本当に貴族というのは面倒だ。
だが仕方ない、会ってやるか……私はふた月ぶりに部屋を出るため身だしなみの準備をするのだった。
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応接の間ではルーフェンが待っていた。出された茶に手を付けようともせず、ソファに浅く腰掛け、すぐにでも帰りたい雰囲気が目に見えて分かった。
私が現れてもにこりともしない。完全に嫌われている。まあローザの性格を考えれば当然なのだが。
「ルーフェン様、ご足労いただき恐縮の極みでございますわ」
そんなルーフェンの様子に見て見ぬふりをして挨拶をする。望み通りすぐ返してやろうじゃないの。
「ああローザ、久しぶり。病と聞いていたけど、大丈夫なのか?」
「それがもう辛くて辛くて……一日中ベッドの上で唸るような日々を送っております」
一日中ベッドの上にいるのは事実だ。唸るとしたら本に感動してだが。
「ですのでルーフェン様にたいしたおもてなしもできず申し訳ありませんわ」
暗にもてなさないから早く帰れ、とせっつく。
「病気にしてはずいぶん血色がいいな?」
「うっ」
だがルーフェンは痛いところを突いてきた。当然だ、毎日食っちゃ寝しているだけなのだから。
「それに……やつれてもいないようだ。むしろ健康的ですらある」
「ううっ」
これも当然、幸い体質と食事内容からか太ったりはしていないが、食べて寝てを繰り返すだけなのでやつれるわけはなく、ルーフェンの言った通り健康的な肉付きとなっている。
さすがは『茨の貴公子』、容赦がない。チクチクとこっちを刺してくる。
「ふた月も病で伏せっていたにしてはずいぶん元気そうじゃないか」
「そ、それはその……」
「もういい、芝居はよせ。何を企んでいるんだ?」
ルーフェンはジロリと私を睨んできた。
どうやらルーフェンは、私が何か悪だくみをしていると思い込んでいるらしい。まあローザの性格を考えれば当然といえば当然かもしれない、悪役令嬢が病を騙って引きこもれば、裏で何かしていると考えるのが普通だ。
「じ、実はですね、神託がありまして……私は凶星のもとに生まれ、災厄をばら撒くから、これ以上人々に迷惑をかけぬよう、引きこもって暮らそうと……」
「君がそんな殊勝なことを考えるものか」
「うぐっ」
親には通じた言い訳をルーフェンはバッサリと切り捨てた。彼の言うとおり、本来のローザならばどれだけ他人を不幸にしようと気にはしないだろう。むしろそれを楽しみすらしたはずだ。
「病弱を演じて俺に心配させ取り入ろうとでもしていたのか? ご苦労なことだな」
ルーフェンは冷たく言い放った。たしかにローザの性格を考えればそれが自然な推定だが……今回に限っては的外れ。
こっちとしては破滅を回避するためにがんばっているのに。それをずけずけと指摘し、的外れな推測で茶化して……さすがに私も頭に来た。
その怒りはローザの悪役令嬢メンタルと混ざり、最悪の形で出力された。
「う……うるさいわね! こっちは必死なの、あんたなんてどうでもいいのよっ!」
ルーフェンが目を見開いた。私も慌てて口を抑えたが時すでに遅し。
言ってしまった……侯爵家子息にこの暴言。ましてや婚約者相手に。なんてことだ。なんてことだ。
すっかりパニックになった私は、もうヤケクソだった。混乱と、絶望のあまり涙も溢れていた。
「わ、私だって、好きでこんな性格じゃないわよ! でも仕方ないじゃない、そういう風になっちゃったんだから! 私は生きているだけで誰かを傷つけるの、そうせずにはいられないの! そしてそれはやがて、私を破滅させる……! だから、だからもう……私に近づかないで! 放っておいてっ!!」
感情のままに、まくし立てる。自分の心、ローザの心、ごちゃまぜになってわからなくなって、ただただ感情に従った。
「ローザ……君は……」
「……失礼しますっ!」
逃げるようにしてその場を後にする。終わった、破滅だ、そんな絶望感と共に……
……だがそのあとに私を待っていたのは、意外すぎる展開だった。
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ルーフェンとの会話の後、何日経っても私が処罰されることはなかった。
代わりにルーフェンが頻繁に屋敷を訪れるようになった。しかもなぜか刺々しい態度は鳴りを潜め、私の部屋までわざわざ訪れ、会いたくないと言えば無理に会わずに帰り、文句も言わずまたやって来る。贈り物も頻繁にもらった。
そんな彼を無下にできず、私たちはドア越しに言葉を交わすようになった。その中で幾度となく私は彼に暴言を言ってしまったが、彼は全く気にしていなかった。
私が読書が好きだと知ると、今読んでいる本の題名を聞き、次に来るときには同じ本を読んできてくれた。侯爵家の育ちのよさからかルーフェンは頭がよくて、彼と本の感想を話し合うのはオタクとしても非常に楽しい時間だった。
やがて私はルーフェンを自室へと招き入れるようになった。令嬢とはいえ引きこもりの部屋だ、けして居心地のいいものではなかったはずだが、ルーフェンは一切文句を言わず、私に会えて嬉しいと言って笑った。
その頃には私も理解した。ルーフェンは私を、ローザを……愛してくれている、と。
でも、なぜ? 私はルーフェンにひどいことを言ったし、知っての通りのひどい性格だし、令嬢失格の引きこもりなのに。なぜこんな私を愛してくれるのか……
ある日ルーフェンに問いかけると、彼は彼自身の過去を語ってくれた。
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ルーフェンは生まれつき、侯爵家を憎む者によってある呪いをかけられていた。茨の呪いと呼ばれるそれは、ルーフェンの体から茨が現れ、本人の意思に関係なく触れた者を痛めつけるというものだ。
そのせいでルーフェンは幼い頃から人の温もりを知らず、化け物のように遠ざけられて育った。侯爵家の生まれでなければ処分されていたかもしれないと、冗談交じりに語ったが、おそらく本当にそうだったのだろう。
幸い宮廷魔術師の助力により、成長につれてルーフェンは意志の力で呪いを抑えられるようになり、今ではほとんど完全に制御できている。それでもふいに呪いが暴れ出し、周囲を傷つけることをルーフェンは恐れている。
だから不用意に人を近づけ、茨で傷つけてしまわないよう、ルーフェンは意図して刺々しい態度をとり、人を遠ざけるようになった。『茨の貴公子』の悪評も、ルーフェン自身が家の者を利用してばら撒いたものだ。
ルーフェンは自分の運命を受け入れていた。自分は生涯、本当の意味で人と寄り添うことはない。ローザとの婚約も、侯爵家という部分のみを見る相手ならばちょうどいいと、半ば諦めの境地によるものだった。
だがあの日、私の本音の吐露を聞き、私の涙を見て……ルーフェンは、自分と同じだ、と思ったのだそうだ。
傷つけたくなくても傷つけてしまう。だからわざと人を遠ざける……まあローザの場合性格の問題だからだいぶ違う気もするが……少なくともルーフェンは強い共感を感じたらしい。
自分も幼い頃は独りぼっちで泣いていた、その辛さを思うと放っておけなかった。ルーフェンはそう私に語った。まあ私は引きこもり生活をわりとエンジョイしていたので苦笑いを返したのだが……
ともあれその後、本当に誰も傷つけないよう引きこもりを続ける私を見て、ますます私を愛おしく感じたのだとか。
きっとこれは運命なのだろう。そんな恥ずかしいセリフをルーフェンは臆面もなく言い切った。
そんな彼の気持ちを、私も……正直、心から嬉しく思った。
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それからも私は引きこもりを続けたが、ルーフェンとの仲はみるみるうちに進展していった。
いつしか私の中のローザの悪心も鳴りを潜めていた。どうやらローザの性格は承認欲求からくるものだったらしく、顔も家柄も申し分なしなルーフェンからの溺愛を受けた結果、とろとろに満足して軟化したらしい。
ある種、ルーフェンの愛によって呪いが解けた……と言えるのかもしれない。
とはいえ、引きこもり生活はやっぱり快適だ。ルーフェンの愛に甘え、少なくとももうしばらくは続けさせてもらおう。
「ローザ、来たよ」
「いらっしゃいませルーフェン様」
今日も私は自室へと、ルーフェンを迎えるのだった。
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