6.
恋心を抱く女の子からこういう冗談を聞かされるのは少しつらかったが、その辺りでボウリングやカラオケで遊び、愚痴でも聞いてやり、気晴らしに貢献できればと思っていた。
そうしてクミがラブホテルに入らなかったときには、何らかのかたちでがっかりしたという意思表示をしないと、話がオチない。
どう言おうかと考えているうちに、クミはごく自然に、裏路地からラブホテルの狭い入り口へと折れていった。
休憩4000円、宿泊7500円。
紫と赤のネオンで縁取られたプレートには、そう書いてあった。
遼の心臓は予期していたのを遥かに上回るペースで高鳴り始めた。
冗談などひとつも思いつけそうになかった。
彼女は慣れた様子でカウンターに自分たちは大学生だと言い張ってチェック・インし、鍵とコンドームを受け取った。
そのコンドームを、通りがけに、自販機の脇のごみ箱へ放り込む。
「ロ……ロックだな……」
遼はなんとか声を出した。
するとクミは肩ごしにふりかえり、とろんとした眼つきで少し微笑んだ。
エレベーターをあがる間、遼は、
(警戒せよ……)
という男の声を聞いたような気がした。
落ち着いてよく思い出せば、それが古代中国の晋に仕える豹のものと分かっただろうが、そのときは頭のなかがほとんどパニックになっていて、声は意識の浅いところを上滑りしていった。
少女に続いてエレベーターから降り、そのうしろすがたを漫然と眺めながら歩いているうちに、とつぜん、視界が暗転した。
そうして彼女の姿だけが仄白く浮かび上がる。
すこし目を凝らすと、白く見えていたのはどうやら骨格らしいことが分かった。
そのさまが、異様だった。
腹部のあたりを、得体のしれない大きな回虫のようなものがワラワラと動き回っていた。
頭蓋骨にはおおきな穴があき、蜘蛛のような生き物がその脚を脳に食い込ませている。
あまりのきもちわるさに、遼は口元をおおう。
胃液が逆流して、胸のあたりに焼け付くような感覚がひろがった。
(蟲だ……)
と、声が言う。
「蟲?」
遼はあえぎながら言った。
(……むかでや蛇、さまざまな毒虫をあつめてきて、ひとつの壺に入れて蓋をする。
すると虫どもは飢えて共食いを始める。
最後に残った一匹は、大きな呪力を持つといわれている。
これを暗殺に用いるのだ。
私たちの国に実際にあった呪法だよ……)
「それが、どうしてあの子のなかに……」
(……彼女はもう、生ける屍だ。
残念だが……)
視界がもとに戻り、控えめなダウンライトのひかりがクミのウールのコートに注いでいる。
革のかばんに付けられたディズニーのキャラクターが揺れていた。
彼女はとつぜんふりかえり、
「はやくおいでよ」
と、にっこりと微笑んだ。
「こんなとこを、知ってる人に見つかったら、たいへんだぞー」
と、おどけた調子で言う。
それでようやく、自分の脚が止まっていることに気が付いた。
「あ……ああ」
胸郭にちからを込めてなんとか声を絞りだし、あとに続く。