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エピローグ


 土曜日の授業が終わり、教科書を鞄に仕舞っていると、スマホがメールを着信した。


 星宮アヤメからだった。


 もし予定がなければ生徒会室まで来れないか、二人きりで話がしたい、とある。


 遼はそれを誰にも覗かせないよう、机の下に隠すようにして、すぐ行きます、と返信した。


 隣の席のありさから、さよならの声を掛けられると、スマホをすぐに制服の内ポケットに落として、気をつけて帰ってね、と手を振った。


 気を付けてといっても、寮はすぐそこだったが。



 破れた窓の入れ替えはほとんど終わっていたが、昇降口は半壊状態で、長い渡り廊下をとおって寮と学校を行き来する生徒が多かった。


 学食は通常通り営業していたし、中庭の倒木もほとんど撤去されていた。


 日々、あの晩の戦いの痕跡が薄れていっていた。



 遼は実習棟に渡って三階にあがり、突き当りの生徒会室の扉をひらいた。



 窓辺で外を眺めていたアヤメが、驚いたように振り返る。


 美しい髪が校舎に充溢する昼下がりのひかりのなかで優雅に踊った。



「先輩、話って?」



「あのさ……」


 アヤメは切り出しにくそうに、すこし俯いて言った。


「あのとき、言ってくれたじゃない。


 わたしの背負ってる重荷をすこしでも軽くしてあげたい、って。


 ……あれ、本気にしてもいい?」



「もちろん、そのつもりで言いました」



 アヤメは急に顔をあげて、にっこりと笑った。


「ほんと?


 超助かる!」



 これはなにかよくないことを企んでいる顔だ、と遼はピンときた。


 もしかしたら、罠にハメられたかもしれない。


 嫌な予感がこみあげてくる。



「ちょっとだけ、話を合わせて欲しいの」


 と、アヤメは言って、スマホを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。


「……ああ、おばあ様?


 わたしです、アヤメです。


 ご無沙汰しています。


 急で申し訳ないのですけれど、お見合いの話、あれ全部断ってくれます?


 と言うのも、わたし、実は、将来を約束したカレがいるんです。


 年下なのですけれど、カレ、高校を卒業したらすぐに結婚しようって言ってくれて。


 ……うふふ、本当ですよ。


 いま、カレと代わりますね」



 生徒会長は有無を言わせない顔つきで、ぐいとスマホを突き出してきた。



「は、初めまして」


 遼はしぶしぶ受け取って、言った。


「星宮アヤメさんとは日頃から親しくさせていただいてます、ま、槙島遼と言います。


 神明舎の一年生です。


 いまアヤメさんからお話した通りの次第で、……」


 遼は、アヤメの祖母の、だってあなた入学したばかりしょうという慳貪な声に、いっぱいいっぱいになってきた。


「お、お嬢さんを……ぼ、ぼくにください!」



 アヤメは楽しげに笑って、スマホを受け取り、


「じゃ、そういうことですから。


 ……はい、わかってます。


 そのうちカレとご挨拶に伺いますね。


 ではご機嫌よう……」



 それから生徒会長は、こっちにきて、と遼の手をとって引き寄せ、肩に腕をまわし、頬をあわせてスマホをこっちにむける。


 片目を閉じ、指をそろえてピース・サインを作りながら、


「ねえ、笑ってくれない?」


 と、注文をつける。


「でないと、それっぽく見えないでしょ」



 遼が無理やり笑顔をつくった瞬間、シャッターが押された。



「……どうするんですか?」



「しつこくメールしてくるヤツが一人いるの。


 お見合いをさせられそうな相手なんだけどね。


 そいつにこの画像を送りつけてやろうと思って」



「……え、いいんですか」



「なにか困ることでも?」



「いえ、べつに……」



「じゃあ、構わないよね」


 アヤメはにっこりして言った。


 送信の操作を済ませると、


「あー、すっきりした。


 槙島が先輩想いのやさしい子で、ほんとうに助かる。


 ありがと!」



 そうしてバッグを肩にかけ、生徒会室を走って出て行こうとする。


 入口のあたりではたと立ち止まり、遼を振り返った。


 長い髪が弾んで揺れる。



「もちろん、ぜんぶ実家をごまかすためのお芝居だから、挨拶どうこうは忘れていいよ。


 わたしのほうで、てきとうにごまかすし……」



 遼は、打ち解けてみたら案外かわいらしい性格をしているアヤメにすこし驚きながら、この程度のことでいいのなら、いくらでも付き合ってやろう、と思い直した。




「最近、アヤメさんは明るくなった気がするな」


 と、扇谷は和綴じの本をめくりながら言った。


「小さい頃はああだったんだよ。


 調子がよくて頭の回転が速くて、気も強かった。


 いつ頃からだったかな、寡黙なソルジャーみたいになってしまったのは」



 寮のロビーは、私服に着替えて市内へ遊びに出かけたり、実家で土日を過ごす寮生で、賑わっていた。


 扇谷は売店で買ってきたソーセージのパンをかじりながら、地元の公民館から借りてきたという郷土史の古い資料を、テーブルじゅうに開いて、かわるがわる読み漁っていた。



「昨日、山狩りに行ってきたんだろ」


 と、遼は言った。


「目当てのものは見つかったのか?」



 トラックと県道を挟んで、寮のむかいがわにある、玄蕃山という山のどこかに、≪瘴気≫と≪魔物≫を発生させるなんらかの仕掛けがあるに違いない、というのが、扇谷やクロサキたちの推測だった。


 それは恐らく≪魔窟≫と呼ばれるもので、現実世界と異世界のひとつである≪魔界≫をつなぐ経路のようなものだろうと考えられていた。


 その場所を特定するために、夕べひさしぶりに≪瘴気≫が降りたのを見計らって、扇谷とクロサキたちは連れ立って山狩りに出たのだった。



 遼たちは、明け方まで寮のロビーに待機して警戒にあたった。


 低位の≪魔物≫を数体、蹴散らしただけで、さしたる困難はなかったが、赤い靄が晴れるころに戻ってきた扇谷たちは、さすがに疲労困憊した様子だった。


 明日にでも話を聞かせてやる、今日はもう寝かせてくれ、と彼は言い、その場は解散になった。



「衛星画像から、だいたいの位置は特定できていた」


 と、扇谷は言った。


「ただ、現場には獣道らしきものしかなくてな、だいぶ苦労はしたが、まあなんとか見つかったよ。


 中腹あたりに石段の跡を見つけてからは、すぐだった。


 そのさきに禅宗の古い寺院の遺構があってな。


 それに関する記録を、いま調べていたところなんだ。


 ……ほぼ思ったとおり、経緯はだいたい分かったよ」



「ややこしい話なら勘弁してくれ」



「まあそう言うな、大事なことだ」


 と、扇谷は苦笑いする。


「戦国初期から中期にかけて、このあたりは垂木氏と大江原氏という国人が壮絶な争いを続けていてな。


 玄蕃山には大江原おおえはら玄蕃げんばという部将が砦を築いて立てこもっていた。


 垂木氏はこれを攻めあぐねて、≪鬼道衆≫と組んで≪魔物≫をけしかけたんだ。


 玄蕃げんば実次さねつぐはおよそ20年もの間、城砦に攻め寄せてくる垂木軍やふもとの村を荒らす≪魔物≫と戦いながら、よく所領を守った。


 しかしいよいよ、落城寸前まで追い詰められてな。


 実次は自らの身体に≪魔物≫を降ろすことにしたんだ。


 そうして敵方の≪魔物≫を撃退したはいいが、こんどは≪魔物≫となった実次がこの辺りを荒らすようになってしまった」



 遼の脳裏に、赤い靄のむこうにちらついていた戦国乱世の悲劇の模様がよみがえった。


 領主として≪魔物≫を打ち払うために≪魔物≫を召喚した気持ちは分からないでもない。


 ああいう惨状を見れば、だれだって喉から手が出るほど力が欲しくなる。


 とくに遼のなかにいる豹には、感じるものがあったようだった。



「悲惨な話だな」


 と、遼は言った。



「秀吉の小田原征伐のときに石田治部がこの辺りを制圧したんだが、そのときに≪魔物≫となった実次に対して、調伏の処置が取られたらしい。


 その後、奈良から偉いお坊さんを勧請して、実次とそれにまつわる悲劇の犠牲者を弔うために、寺院が建てられた。


 しかし明治初期の廃仏毀釈でとりこわされてしまった。


 それでも地元で夏祭りを絶やさずおこない、実次の霊を慰めていたんだが、数年前の例の伝染病さわぎで取りやめになっていてな。


 そのタイミングで何者かが実次の墓に呪術的な意味をもつ杭を打ち込んた。


 まあ十中八九、≪鬼道衆≫の呪術師の仕業だろうがな。


 それによって実次は蘇り、≪魔窟≫が口をひらき、不幸な死を遂げた霊が≪魔物≫となってワラワラと湧いていた、というわけだ」



「これから、どうするんだ」



「とりあえず、呪術の仕掛けは解除してきた。


≪赤い靄≫はまだ時折出るだろうが、そう酷いことにはならないはずだ。


 それに、この辺りでは、今年から夏祭りを復活させる予定らしい。


 神明幽賛会でも、法要の段取りをとってくれることになった。


≪魔窟≫に踏み入って、実次の霊と戦い、調伏するという手もあるが、それは忍びないというのが、クロサキさんの意見だった。


 思うところがあったんだろうな。


 反対する者はいなかった」



「俺も、それがいいと思う」


 と、遼は言った。



「ともかく、これでひと段落つくな」


 と、扇谷は言って、ゆったりと伸びをした。


「しばらくはのんびりできるだろう。


 君にもいろいろと世話になった。


 ほんとうに助かったよ」



「こっちこそ、だ」



 遼と扇谷のスマホが鳴った。


 生徒会戦闘要員のグループチャットの呼び出しだった。



『【朗報】理事会のオゴリで焼肉食べ放題』


 と、蔵人。


『1700に駅前に集合』



『それって打ち上げ的なこと?』


 と、花。



『親睦会も兼ねて、とのことだ』


 と、蔵人が書き込んだ。


『おまえもちゃんと出るんだぞ』



『仕方ないなアニメは録画にしよう』


 と、花。



『おっけー』


 と、武蔵野。


『いとと予定をあけておくから』



『焼肉って決定なの?』


 と、アヤメ。


『髪とか服に匂いが移るからできれば鉄板ステーキにして欲しいんだけど』



『生徒会長が率先して変更を要求するのってどうかと思いますよー』


 と、ありさ。



『だってさ』


 と、アヤメ。



『わたしも星宮さんに賛成』


 と、広瀬が書き込む。


『コックさんが鉄板で料理してるのを皆で見るのって、けっこう盛り上がるよ』



『先生も来るンすか』


 と、蔵人。



『そうよ?


 だってわたしだってがんばったもの。


 ご褒美をいただいてもいいじゃない』


 と。広瀬。



『私も顔を出しますけどね』


 と、松田理事長。


『みなさんとちゃんと話したことなかったからね。


 どうかおじさんも混ぜてあげてくださいね』



『ゴチです!』


 と、遼。



『黒崎さんももちろん来ますよね』


 と、武蔵野。



 すこしして、クロサキから返信があった。



『俺はいいよ。


 皆で楽しんできてくれ』



『クロサキさん来なきゃ始まらないっしょ』


 と、蔵人。


『俺、迎えにいきますからね』



『予定がなければぜひ』


 と、遼は書き込んだ。



『気持ちはありがたいが、誰かが残ったほうがいいだろう。


 ありがとうな』


 と、黒崎。



『すみません、お土産買っていきます』


 と、アヤメ。



『扇谷くん、見てる?


 参加するよね?』


 と、ありさ。



『公民館に資料を返す用事があるから今日はちょっと』


 と、扇谷が逃げ腰なことを書き込む。



『そんなもん一時間もかからねえだろ?』


 と、蔵人。


『絶対に逃がさねえから覚悟しとけよ』



 グループチャットはわいわい盛り上がっている。



 窓のそとでは、晩春のさわやかな風が、木立や芝生をざわめかせていた。




(了)


 お読みいただきありがとうございました!

 ここでいったん完結としたいと思います。

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