15.
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植込みの闇のなかからぬっと立ち現れた一つ目の巨人が、襲撃犯のリーダーらしき男の頭にいきなり食らいつき、バキバキ、ごりごりと音を立てながら、咀嚼を始めた。
腹を食いちぎると、どっと溢れた血やら内臓やらが塩辛みたいに口から滴り落ちる。
手首がぽとりと、芝生のうえに落ちた。
アヤメは思わず口元をおおった。
いままで散々、グロテスクなものを見てきたが、これはすこし度を過ぎていた。
「愚かな奴だ……」
と、傍に立つ武蔵野があざけるように言った。
かれはまだ戦闘の興奮の中にいた。
「憑依させていた≪魔物≫に襲われたようだな。
おのれの力量に見合わない≪魔物≫を宿すから、そういうことになるンだよ……」
「でも、様子がおかしくない?」
と、アヤメは言った。
「わたし、さっき、いま食べられてる男の心臓に、なにか仕掛けみたいなものが埋め込まれているように見えたんだけど。
寿、見えない?」
武蔵野が、心眼をこらす。
「ああ、見える……これは……呪符と電子基板だな。
この図柄は見たことがある。
たしか、≪魔物≫どもを融合させて一体化させる術に使われるものだ。
しかし……この術には生贄がいる。
生身の人間が、な。
そう簡単に発動させられるものでは……そうか、そういうことか!」
「あの男自身が、生贄になった、ということらしいな」
と、黒崎が言った。
「クソ、厄介だな。
雑魚でも集まって一体化すればそれだけ強化される」
「襲撃犯どものリーダーが死んだのなら、目的は果たしたよ」
と、黒崎は穏やかに言った。
「寮生もすべて青少年育成センターに避難させてある。
あの≪魔物≫には暴れたいように暴れさせて構わん。
≪瘴気≫が晴れるまで、捨て置けばいい」
「ごめんなさい、黒崎さん」
と、アヤメは言った。
「私が油断さえしなければ……」
赤い靄のなかから、ぞろぞろと≪魔物≫の群れが現れて、一つ目の巨人にはりつき、皮膚の境目がなくなり、融合してゆく。
そのたびに一つ目の巨人の体躯がもりあがる。
あっという間に、校舎の二階にまで達するほどになった。
「いい勉強になっただろう」
と、黒崎は言った。
「育ちのいいお嬢さんには、想像もつかないようなクズが、この世には山ほどいるンだ。
情けをかけるなとは言わないが、すべてを疑ってかかる必要はある」
「アヤメが悪いんじゃないさ」
と、武蔵野が言った。
「あれが人と呼ぶに値しないゴミだったというだけの話だよ」
≪魔物≫どもの融合はみるみる進展し、いまや、巨人の不気味な一つ目は、校舎の三階の位置にあった。
耳を劈く怒号をあげ、拳を校舎に叩きつける。
昇降口の壁に放射状の亀裂が入り、砕けたモルタルがばらばらと落ちた。
巨人の皮膚は、ゼリー状のようなもので覆われ、月に照らされて白い光沢を浮かべていた。
「あの粘液状の表皮は、すこし厄介だな」
と、黒崎は言った。
「斬りつけても衝撃を与えても、なしのつぶてだ。
すぐに塞がってしまう。
倒すには然るべき段取りが必要になるが、このメンツじゃあ手が足りん。
……さっきも言ったが、あの化け物は捨て置けばいい。
校舎は散々なことになるだろうが、この際、構いはしない。
本部の連中も、校舎の修繕費の見積もりを見れば、きっと眼を覚ますだろう。
対応するべきときに対応しないと、結局、さらに多くのツケを支払う羽目になる、とな」
アヤメはなかば諦めの気持ちで、ため息をついた。
生徒会の会則にはこうある。
第二条、生徒会は学校生活の充実と向上を目的とする。
第五条、生徒会長は生徒会の責任者でありこれを代表する。
いくら理事会から押し付けられたとはいえ、責任は責任だ。
校舎があの化け物に破壊されてしまえば、その間、学校は休校にならざるを得ないだろう。
あれにやりたいようにやらせるのは、学校生活の充実と向上を目的とする生徒会の責任者にとって、許されることではない。
ろくに考えもせず、自分にこんな責任を押し付けてくれた実家への反発もあった。
アヤメは、凄まじい眼つきで、一つ目の巨人を見上げた。
あの≪魔物≫に校舎の破壊をやめさせるか、自分が死ぬか。
ふたつにひとつだ。




