14.
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昼間でさえ廃墟じみていた学食は、夜になって、いっそう荒廃の気配を増した。
そのうえ、亀裂の入ったガラス窓のあちこちに御札が貼られ、入口の両脇の線香立てから青い煙がたちのぼっているせいで、なんとも形容しがたいムードが漂っていた。
例のごとく、窓のそとには赤い靄がたちこめ、尋常でない数の≪魔物≫が辺りを闊歩していた。
「心配はいらん」
と、扇谷は腕を組んで窓のそとを眺めながら言った。
「いちおう結界はしっかりと巡らせてある。
≪魔物≫どもには我々が見えんし、見えたとしても学食のなかには入ってこれん」
「けれど……数がすごくね」
と、花が言った。
「≪鬼道衆≫がご丁寧にも学校外周の結界をまた破壊してまわってくれたからな」
と、扇谷。
「けれど、想定の範囲内、というやつだ。
寮生はすべて山のむこうの青少年育成センターに避難済み。
松田さんと広瀬さんの護衛つきでな。
あとは黒崎さんたちがのこのこと寮まで出張ってきた≪鬼道衆≫を待ち伏せて袋叩きにするだけだ」
「なんなら、俺も加わって≪鬼≫どもをボコってやってもいいけど」
と、蔵人。
「≪鬼道衆≫は≪魔物≫を自分たちに憑依させているけど、あくまで人間なの」
と、ありさは言った。
「だから、≪鬼道衆≫の≪魔物≫を倒すということは、人を殺すということになる。
わたしたち一年生には、まだそこまでさせたくない、というのが、黒崎さんや理事長たちの考えみたい」
「むこうもこっちを殺しにかかってくるんだから、正当防衛だろ」
と、遼は言った。
「それに警察も世の中も、≪魔物≫が絡む問題には首をつっこまない。
だったら自分で自分の身を守るしかない。
俺はいつでも、≪魔物≫を悪事に利用するクソ野郎どもをぶった斬る用意はできてるよ」
「まあ、そういきりたつな」
と、扇谷は言った。
「俺たちがここで待機しているのは、万が一の事態に備えるためとはいえ、重要な役割があってのことだ。
かりに、青山エレクトロニクスからの情報提供が事実だとしたら、特殊な対応が必要になる」
「新しく開発された技術がここで実戦投入されるかもしれないっていう、あの話か」
と、遼。
「あのあと、桐山さんがカオス・ウェーブ研究所のサーバーのクラッキングに成功してな。
その新技術の概要がこっちに送られてきた。
連中が合成しようとしている魔物には、恐らく、物理攻撃がほとんど通用しない。
液状の絶縁体で身体が覆われているんだ。
斬りつけても、衝撃を与えても、すぐに塞がってしまう。
魔法攻撃もあまり通らないだろう。
となると、黒崎さんやアヤメさんたちでは対応が難しい」
「じゃ、どうすんだよ」
と、蔵人。
「その魔物には、体内に核がある。
要するに、基盤に接続された呪術的な仕掛けのことだ。
それを破壊すれば倒せるだろうが、そのためには表皮を覆う液状の絶縁体をなんとかする必要がある。
はっきり言って、簡単ではない。
さいわい寮生はみな避難済みだし、状況が許すなら、時間を稼いで≪瘴気≫が晴れるのを待ったほうが無難だろうな」
「さすがの雅数でもお手上げか」
と、遼は言った。
「聞き捨てならんな」
と、扇谷は遼をふりかえった。
「君たちが言うとおりに動いてくれるなら、如何様にも料理してやるが、まだ経験の浅い君たちに、動揺せず通常どおりに力を発揮してくれと言っても難しいだろう」
「ほー。
策があるんだな?」
と、花。
「君たちがそれぞれの役割を果たしてくれれば、必ず仕留められる」
「じゃあ、いざというときはそれでいこう」
と、遼は言った。
「とりあえず、時間稼ぎをして赤い靄が晴れるのを待つのがプランA、で扇谷の秘策がプランB、てことでいいな?」
「俺はかまわねえぜ」
と蔵人。
「それでいいんじゃないの」
と、ありさ。
「おっけ!」
と、花は言った。
「君たちにあまり無理はさせたくないが……」
と、扇谷は言った。
「なにがあるか分からんからな。
では心の準備をしておいてくれ」
「それはそうと」
と、蔵人が言った。
「そとの≪魔物≫の様子がおかしいな。
ぞろぞろとあっちのほうへ歩き出してる」
植込みのほうを指さす。
扇谷がガラス張りに顔を寄せて、靄のむこうに眼をこらす。
「……なにか聞こえるな」
夜風にのって、粘液状のものを水槽に落とすような、得体のしれない音が響いてくる。
なにが起こっているのかは分からない。
ただ、赤い靄が月のひかりをうけてぼんやりと光っているのが見えるだけだ。
百鬼夜行のような魔物の群れが、そのなかへ飲まれるように消えていく。
「なにが起こっている?」
と、遼は言った。
「ここからじゃ、よく見えねー」
と、花。
「呪術的な仕掛けが……連中の新技術とやらが、作動し始めたのかもしれん」
と、扇谷。
「行ってみたほうがよくね」
と、蔵人が言った。
「そうだね」
と、ありさが言った。
「あまり気は乗らないけど……」




