4.
ベッドから降り、それから椅子に座りなおした。
胸元をくつろがせて、窓をひらき、冬の朝の冷たい外気にあてる。
髪に指をさし入れると、ねっとりとした汗が絡みついてきた。
かるく頭を振って、顔をあげたとき――
ベッドに、見知らぬ男が坐っている。
そのことに気付いた。
薄汚れた灰色のマントのしたに、美しい金具をあしらった鎧を身につけている。
腰には剣を佩いていた。
乾燥した豊かな黒髪をうしろで束ねているが、いくらかほつれて頬にかかっている。
眼は切れ長で、眉は細いながらしっかりしていて、いかにも聡明そうだった。
鼻筋は通り、唇は薄い。
輪郭がとても端正だった。
歳はいくつくらいだろうか。
しっかりした二十代のひとのようにも見えれば、若々しい四十代にも見える。
全体的に、浮ついたところがまったくない。
かといって、草臥れたような気配もなかった。
精悍、とでも表現すればよいのか。
中国や韓国の映画俳優だと言われたら、信じたかもしれない。
その男が、遼に微笑みかけた。
並びのきれいな白い歯がすこし見えた。
「だ、だれ?」
「君の七つまえの生まれ変わりだ――」
と、男は穏やかに言った。
「つまり、私は君、ということになる」
「生まれかわりって……前世のこと?」
「そうだ」
「じゃ、さっきの夢は……」
「そう、私の記憶。
そして、君のふるい前世の記憶だ」
「なぜ、急に……」
「驚くのも無理はない。
ふつうの人間はこんな経験をしないからな」
男は落ち着きはらったようすで言った。
「いまは夢だと思っておけばいい」
ということは、夢ではないのだろうか。
少なくとも、この男はそう言っている。
「もちろん、たんに君を驚かせたくて出てきたわけではない。
君はいずれ私の助力が必要になる。
多少は、私のことを知っておいたほうがいい」
そこで尋ねるが、なにか質問はあるか、と男は言った。
「なにを聞けばいいのか……」
男は軽やかに笑い、
「だろうね」
と言った。
「今日のところは挨拶までにしておこう。
……私の名は豹という。
後世のひとたちから春秋時代と名付けられることになった時代に生きていた。
武官として晋という国に仕えていた」
カーテンのむこうが明るくなり始めていた。
豹は黎明にせきたてられる幽霊のように立ち上がって、
「そうだ、君にひとつだけ伝えたかった」
「なんですか」
「昨日はよく戦った。
さすがは私の後世だ。
相手は君よりふたまわりも大柄で、まわりから畏怖されていた。
じつは勝ち目がないと思いながら、喧嘩に踏み切ったのだろう?」
「………」
それは、当たっていた。
豹と名乗る古代中国の武人は、それでいいと言うように軽くうなづくと、そのすがたをゆっくりと希薄にしてゆき、やがて消えた。