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狂った博愛主義者を生んだある悲劇についての記録  作者: 栗山大膳
第四章 博愛主義者はだれも一人では歩かせない
68/75

12.


   ***




 昨夜の戦いでは、生徒会の戦闘要員のほぼ全員がジャージや制服を派手に破かれた。


 そこで学校が取り合えずジャージを先行して支給するのでサイズを確認しろという。


 花がS、ありさがM、長身の扇谷がLLで、あとは全員Lだった。


 遼は、ひととおりメンバーに電話をかけて確認を済ませ、広瀬先生からもらった用紙に、サイズごとの数量を書き込んだ。


 制服はあとでまとめて採寸する、という話だった。


 隣では、ありさが医療用の包帯や傷薬、消毒液、ガーゼの数を確認していた。


 昨日、使用した分を注文して補充しなければならない。



 生徒会室に、夕暮れまえのけだるい日ざしが射している。


 音楽部や演劇部の練習の物音や声が遠くに聞こえていた。



「花ちゃんに事情を説明して、ちゃんと謝ったよ」


 と、ありさは言った。


「気にしなくていいって言ってくれた」



「それはなにより、だ」


 と、遼は言った。


「その調子で花と仲良くなってくれると嬉しいんだけど」



「生徒会でも数少ない女子で、クラスメートだしね。わたしも仲良くなりたいと思ってる。


 でも、花ちゃんのことならもう心配いらないと思うよ。


 昨夜のことで、ヒーローのひとりになったから。


 今日も、たくさん話しかけられてたし」



「受け答えにビビってなかった?」



 ありさは少し笑った。


「ちょっとだけ、ね」



「俺や雅数たちとはもう普通に話せるのに」



「すぐに慣れると思うよ。


 あの地のキャラクターを出す自信がまだないのかもね」



「典型的な『ツッコミ』キャラだからなあ。


 だれかがボケてくれないとスターターが起動しにくい」



「花ちゃん、槙島くんに感謝してた。


 話しかけられて全てが変わったって」



「そう言ってくれるなら、思い切って話しかけて本当によかったよ」



「槙島くんて女の子には優しいよね。


 チャラそうに見えても意外と下品じゃないし。


 なんで?」



「さあ。


 根っからの女好きなのかもしれない」


 と、遼は言った。


 けれども理由はちゃんと自覚していた。


 女の子に優しいというより、クミに優しくしたかったのだ。


 けれどもその話はひとにしたくなかった。



「たとえば、わたしがさ」


 と、ありさが軽い調子で言う。


「≪瘴気≫が怖いから泊めてって言ったら、泊めてくれる?」


 そうしてまっすぐに眼を見てくる。



 いいよ、と答えたらへんな空気になりそうだったので、



「支倉さんは星宮先輩のところにいけばいいじゃん。


 俺より頼りになると思うよ」



「へー、花ちゃんは避難させてあげるのにわたしはダメなんだ」



「……俺の部屋に泊まりたいの?」



「そっそんな訳ないじゃん」


 ありさは無暗に医療品を出したり仕舞ったりしている。


「たとえば、の話だよ」



「でも、女の子には怖くて当然だよね、あれは」


 と、遼は言った。


「俺もほとんど半泣きで戦ってたし」



「うそばっかり。


『≪魔物≫どもめ、まとめてぶっ倒してやる!』って顔してたよ。


 わたしもそうだけど、扇谷くんもずっとハラハラしてたみたい」



「支倉さん、慣れてたよね。


≪魔物≫と戦うようになって長いの?」



「初めて≪魔物≫を倒したのは十二歳のとき」


 と、ありさは言った。


「おじいちゃんに連れられて渓流に釣りにいったら、雨に降られて、山小屋に泊まることになったの。


 そしたら、夜中に囲まれてね。


 おじいちゃんがほとんどを倒したけど、わたしも弓で一体、仕留めた」



「おじいさんも≪能力者≫なんだね」



「うち、一族のほとんどが≪能力者≫だから。


 ふたりのお兄ちゃんは≪討魔衆≫のエージェントをしているし。


 だから≪魔物≫は怖いというより、いてあたりまえ、みたいな感じになっちゃってる」



「そうなんだ」



「親戚でも、畳のうえで亡くなることができたのは三分の一だって。


 わたしもたぶん、≪魔物≫との戦いで命を落とすんだと思う」



 ありさの声には、悲観するようなところがまるでなかった。


 それが遼にはかえって痛々しく感じられた。


 むかしから、そんな風にして、一族全員で魔物と戦ってきたひとたちが、きっとたくさんいたのだろう。



「俺も、思ったよ。


 昨夜はたまたま星宮先輩が助けてくれたけど、そうでなかったらきっと大変なことになってた」



 自分だけでなく、寮の屋上に追い詰められた十数人の寮生たちは、皆殺しの憂き目に遭っていただろう。



「はっきり言っちゃうけど、こんなのいつまでも続くわけないよなって……」



「熱くカッコよく戦って、ハッピーエンドまでたどり着くなんて、漫画やゲームの世界だけの話だよね」


 と、ありさは言った。


「実際にこういう状況に置かれてみて、よくわかる」



 そうして≪能力者≫の少女はぽつりと、悲惨な死に方だけはしたくないな、と言った。



「支倉さんちは星宮先輩のうちと親しいの?


 そんな話を雅数から聞いたけど」



「むかしの推理小説に、よく出てくるじゃない。


 大きな旧家みたいなのが。


 それで、そのあたり一帯の家が、みんなその旧家を尊敬してるというか、尊重してるというか。


 星宮家とうちはそんな関係なの。


 だからアヤメさんはお嬢様。


 ほんとうはわたしも身の回りのお世話とかしなきゃいけないんだけど、アヤメさんがさせてくれないんだよね。


 自分のことは自分でやるし、ありさだって勉強とかあるでしょって」



 アヤメさんのことが気になるの、と、ありさが顔をのぞきこんでくる。



「いや、なんとなくね……」



「気持ちはわかるよ。


 アヤメさん、きれいだもんね」


 ありさは頬杖をついて、窓のほうを見た。



「たしかに美人だけど、それより性格がイマイチ掴めないっていうか」



「昔から、ひとりでいるのが好きで、人にあれこれ言われるのが嫌いな人だったな。


 そのかわり、人にもあれこれ言わない。


 でも冷たい訳じゃないの。


 すごく優しいよ」



「彼氏とかいるのかな」



「ふーん。


 やっぱり気になるんだ」



「いや、そうじゃなくて」


 と、遼は言った。


「たとえばさ、武蔵野さんとかと付き合ってたりしてたら、微妙なことは言わないほうがいいじゃん?」



「……もしかして、微妙なことを言うつもりだったの?」



「たとえばの話だって」



「やめといたほうがいいよ」


 と、ありさは横顔を翳らせながら言った。


「星宮家は昔からずっと母系相続だから、アヤメさんもお婿さんを取ることなると思うんだけど、お見合いの申し込みがすでに殺到してるらしいよ。


 大企業のオーナーの息子とか、政治家二世とか、旧華族とか。


 どこも星宮家の『家柄』と『神秘的な力』が欲しいの。


 だから、アヤメさんに恋愛結婚を許すなんて、星宮家的には考えられないんじゃない?


 それにアヤメさんは無責任なことが嫌いな人だから、結婚する予定もない人と付き合ったりはしないんじゃないかな」



「なんか……すごいね。


 ド庶民の俺には想像もできない」



「星宮の本家は、実を言うと、アヤメさんが≪魔物≫と戦うのもあまりいい顔をしてない。


 まあ、星宮家はずっと≪魔物≫と戦ってきた一族の中心だから、表立って反対はできないだろうけど。


 はやく結婚してもらって、『癒しの力』をもった女の子を産んでもらいたい、というのが本音じゃないのかな」



「つまり、星宮先輩は自分の意思で≪魔物≫と戦っているっていうこと?」



 ありさは、頷いた。



「先輩は、『癒しの力』を持ってないって聞いたけど……」



「けっこう苦労してるのよ、アヤメさんて」


 と、ありさは言った。


「お洒落な髪形をしてるけど、あれ、ほんとうを言うとアヤメさんの趣味じゃない。


 お見合いのことを考慮にいれて、本家にああいう髪型にさせられてるの。


 本人は黒髪のショートにしたがってるし、私服もロングスカートよりジーンズを穿きたいみたい」



 まるで、『癒しの力』をもっていないアヤメには用はないと言わんばかりだな、と遼は思った。


 露骨に結婚を急がせるというのは、そういうことだろう。


 星宮家がそこまで『癒しの力』こだわるからには、きっと相応の理由があるのだろうが。


 体面を超えた、実利的ななにかが、だ。



「武蔵野さんの妹のいとさんが『癒しの力』を持ってるみたいだね」



「わたしも驚いた」


 と、ありさは言った。


「けれどもよく考えてみたら、星宮家と武蔵野家はむかしから婚姻関係を重ねてきたから、もし『癒しの力』が遺伝によって伝わるのだとしたら、ありえない話ではないんだけど」



「なるほどね」



「それにしても、昨夜はいとさんのおかげで本当に助かったな」



 ありさのスマホが鳴った。


 メールを着信したらしい。彼女は内容を確かめて、



「槙島くんのほうは、終わった?」


 と、言った。



「うん」



「じゃあ、つぎのお仕事」


 ありさは遼の差し出す書類を受け取って、端をそろえた。


「寮生の誘導、だって」



「誘導? どこへ」



「わからない。


 行ってみればわかるでしょ」



 ありさが立ち上がると、肩のまえに垂れる黒髪が夕日のひかりのなかで弾み、光沢が初夏の風のように流れた。


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