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狂った博愛主義者を生んだある悲劇についての記録  作者: 栗山大膳
第四章 博愛主義者はだれも一人では歩かせない
67/75

11.


 心臓のあたりが酷く痛む。



 いつのことだったか、≪討魔衆≫の連中に襲撃されて命からがら逃げのび、医者に見せたらさじを投げられた。


 犯罪仲間が紹介してくれた闇医者に、手術を提案された。


 同意書や保険などの気の利いたものはない。


 拒めばさんざん苦しんだ挙句に死ぬか、幸運にも生き延びることができたとしてもひどい障害が残るだけだと、その闇医者は言った。


 うけがう他になかった。


 手術のおかげで怪我はおおかた障害にならず治ったが、焼けただれた半身に痕が残るのはどうしようもなかった。


 ただ、あれ以来、ときおり胸が激しく痛むようになった。


 文句を言いにいこうとしたけれども、闇医者の行方はようとして知れなかった。



「キュクロプス、見ていたんだろ。


 なにがあったのか教えてくれよ」


 月岡は≪守護者≫に尋ねる。


 一つ目の怪物は、犯罪行為の助言や、赤い霧に関することなどはよく教えてくれたが、この問いにはひとつも答えてくれなかった。



 月岡は、アジトとして借りている倉庫の事務室で、五錠の痛み止めを咬んで嚥下しながら、古館という部下の報告の電話を受けていた。



「神明舎の学生寮には、名うての≪能力者≫がいると聞いている。


 それも複数、だ」


 と、月岡は言った。


「頭数はこっちのほうが断然多いが、むこうは精鋭だ。


 まともにやりあったら分がわるい」


 拳を簡易テーブルに叩きつける。


 癪にさわるが仕方なかった。


「工作をしつこく仕掛けて疲弊するのを待つしかねえ。


 ……なあに、呪術グッズや情報を提供してくれる奴がいるんだよ。


 ……あ? よく知らねえが、新興宗教のグループの関係者だとよ。


 ……さあ、知らねえ。


 俺たちに協力するってこたあ、あいつらにもなにかメリットがあるんだろうよ」



 古館は、神明舎の警備担当者たちがある計画を実行に移しつつあることを掴んだ、と言った。


 この部下は、神明舎の生徒の弟をうまいことハメで兄に寮への工作を押し付けることに成功した、わりと頭の切れる男だった。



「あん、山狩りだと?」


 と、月岡は言った。


「ヒャハハ、あいつら本当にヒグマの仕業だと思ってやがるのか」



 そうじゃない、と古館は言う。


 近くの玄蕃山に≪魔窟≫があると見込んで、その場所を特定しようとしているのだという。


 連中としては、赤い靄のもとを断ちたいのだろう。


 その際には、大半の≪能力者≫が寮を離れることになる。


 必然的に、警備が手薄になる。


 いままでどおりに≪魔物≫をけしかけるのもいいが、じかに忍び込んで暴れてやるつもりなら、格好のタイミングだ、とその部下は言った。



「で、いつよ?」



 今晩だ、と古館は言った。



 月岡の口の端が、嗜虐的につりあがる。


 この国ではなぜか、赤い靄のなかで≪能力≫を用いて人を殺しても、警察は動かない。


 つまり、殺したい放題ということだ。


 それに、処女をさらってきてあの悪魔崇拝の連中に引き渡せば、そこそこのカネになる。


 連中がなにに使うのかは知らないが、まあロクなことではないだろう。


 月岡のあずかり知るところではない。


 ともあれ、クスリ代には当分、苦労しなくて済みそうだった。



 月岡は電話を切ると、事務所を出て、倉庫に詰めている部下たちにむかって、



「いよいよ仕事だぞ、テメエら」


 と、大声で言った。


「車に分乗して、ドライブインの駐車場で待機する。


 赤い靄が出なきゃ引き返すが、出たらそのまま神明舎学院にむかって寮を襲撃する。


 寮生の男は見つけ次第、殺してかまわんが、女は拉致して帰るからな。


 いいか、くれぐれもキズものにするなよ。


 高く売れなくなる」



 窓を閉め切った薄暗い倉庫のなかで、男たちが花札や麻雀牌から手を放して、幽霊の群れのようにぬっと立ち上がった。




   ***




 古館はあばらの辺りをおさえながら、スマホの通話を切って、時代遅れの丸いサングラスをかけた屈強な体躯の男をふりかえった。



「こ、これでいいんスか」



「安心しろ、約束は守る。


 俺は命までは取らないよ。


 あとはおまえの運次第だ」



「運次第って……は、話が違います……」



 サングラスの男は、ため息をついた。



「いいか、俺はおまえの指を一本ずつペンチで潰しながら言うことを聞かせてもよかったンだぞ。


 そうしておまえを始末するのが一番簡単だったんだ。


 考えてもみろ、おまえみたいに悪魔の類を憑依させてるどうしようもない人間を、そのまま娑婆しゃばに出す訳にはいかないだろう。


 これから神明幽賛会の系列の神社で調伏を受けてもらう。


 運が良ければ、死なずに済むだろう。


 ただし、おまえがいままでやってきたことのせいで方々から恨みを買ったことについては、自分でなんとかしろ。


 後始末がすべて済んだら、あとは好きにすればいいが……」


 男の額が憤怒に歪む。


「また悪さをしたら……次こそは殺すぞ」



 古館は椅子から転げ落ちた。


 あのバカな神明舎の三年生をさらに利用する気になって電話をかけたのが運のつきだった。


 調伏を終えるまでに心をいれかえることができないと、精神が悪魔もろとも爛れて廃人になり、ひどいときには即死する、という話は聞いていた。


 この男の要求を飲みさえすれば釈放してもらえるなどと期待するのが甘かった。


 もっとも、自分はそれ以上に辛辣なことを他人にさんざんやってきた訳だが。


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