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狂った博愛主義者を生んだある悲劇についての記録  作者: 栗山大膳
第四章 博愛主義者はだれも一人では歩かせない
63/75

7.


   ***




 教室に入るなり、遼は男女を問わずクラスメートたちに囲まれた。


 昨夜、幾人かのクラスメートが学食にいて、遼たちの奮闘を見守っていた。


 むろん彼らは能力者ではなかったから、なにか禍々しくてとても危険なものが赤い靄のなかで蠢いていて、遼たちがそれを必死に追い払おうとしていた、くらいにしか感知していない。


 それでも命懸けであったことは察してくれたようで、労いや感嘆、気遣いの言葉が雨のように降り注いだ。


 それが一巡すると、夕べのあれは実際なんだったのか、という意味の問いがどっと押し寄せてきた。


 あれは魔物だ、と遼は言った。


 いまさらはぐらかしても仕方ないし、話が漏れたところで外のマスコミ連中のうち信じるのはオカルト雑誌くらいのものだろう。


 それもネタとして、だ。


 しかしクラスメートたちは、もはや笑ったりしなかった。


 やはりそうなのか、というような反応が大半だった。


 実際に大量の死者と怪我人が出たのだから当然かもしれない。


 むろん戸惑いや嘆きの声もあった。


 けれどもその矛先は遼たちには向かわなかった。


 かれらは、生徒会を概して味方だと考えてくれているようだった。


 少なくともいっこうに事情を説明しようとしない学校側よりは、身を挺して魔物を打ち払おうと動いてくれた遼、扇谷、竜崎、それから花と支倉のほうが、ずっと信用できると考えているようだった。


 ほかのクラスや学年からわざわざ1-Bまで尋ねてきて、遼たちにお礼を言う生徒も少なからずいた。


 とはいえ、反応は好意的なものばかりではないだろう。


 猜疑心を募らせている者もきっとたくさんいるはずだった。


 そういう者は態度に出さないだけだ。


 とくに武蔵野の処置を目のまえで見た生徒たちはそうに違いなかった。



 教職員たちはひどく浮足立っているようだった。


 こんな状況で授業をやっても統制など取れるはずがない。


 生徒たちが事件について話し合うのを阻むのはまず不可能だろう。


 それは教員から見れば授業の進行をさまたげる雑談にすぎないのかもしれないが、生徒たちにとってはもはや生き死ににかかわる問題だった。


 黒板にはただ自習とのみあった。


 恐らくどこのクラスもそうだろう。


 そうして教員たちは職員室にひきあげ、なにをしているのかといえば、議題すらはっきりしない小田原評定を続けているに相違ない。


 けれども、学校を一方的に批判するのは酷というものだろう。


 法律も学校制度も、世間の常識も、いま神明舎学院を襲っているような事態をまったく想定していない。


 誰を批判したところでどうなるものでもない。


 大人はあてにならない、というのが結局のところの結論かもしれない。


 しかし、だからといって一般の生徒にできることはなにもなかった。


 ただ身柄を黒崎や生徒会に預けて、瘴気が出たら寮室にこもってじっとしているほかない。


 遼は責任の重さを感じないわけにはいかなかった。


 そうして、黒崎をはじめとする能力者の大人たちや生徒会のメンバーたちと力をあわせ、この苦境をなんとかして乗り越えなければならないと痛感した。


 そうしなけば生徒たちの未来が絶たれてしまう。


 遼には、この学校の誰ひとり、クミとおなじ轍を踏ませるつもりはなかった。



 遼を囲んでいた生徒たちが言いたいことを言って戻っていくと、扇谷と蔵人、それに花とありさが入れ違いにやってきた。



「ひとのこと重役出社とか言って小ばかにしてたやつが大遅刻とはなにごとだ!」


 と花。



「すまんね。ところでワシにお茶でも淹れてくれんか花くん」


 と、遼は椅子にふんぞりかえって、やり返してやった。



「秘書あつかいすんなし!」



「やれやれ、えらい学校に来ちまったな」


 と、蔵人は言った。


「こんなのが毎晩続いたらハードすぎるぜ」



「さすがにそれはないでしょ」


 と、ありさ。


「ねえ、結界の応急処置は終わったんだよね」


 と、扇谷に尋ねる。



「あくまで応急処置だ。


 それに、結界を万全にしても、また破壊されかねない。


 元を断たねばな」



「どう考えても、結界をいじった奴らがいるってことよね」


 ありさは腕を組む。


「やっぱり、≪鬼道衆≫が動いてるのかな……」



「おっ、悪の秘密結社か」


 と、蔵人。



「禍々しいネーミングだ……」


 と、遼は言った。



「うちら、ちょうど五人いるし、戦隊を結成して対抗しない?」


 と、花。



「組んだところで問題はなにひとつ解決しないがな」


 と、扇谷が現実をつきつける。



「うう……」



「なにも全否定しなくても……」


 と、ありさ。


「扇谷くんていつもこうなの?」



「支倉さんはなにも分かっていないようだ」


 と、扇谷は言った。


「こいつらの話にまともに付き合うときりがないぞ」



 昨日の、戦闘術の講義のときのことを、まだ根に持っているらしい。



「雅数の『説明しよう!』を待ってるんだけどな」


 と、遼が催促する。



「なぜだろうな。


 乗ったら負けな気がしてきたよ……」



「いいよ、わたしが説明してあげる」


 と、ありさは言った。


「≪魔物≫は昔から権力者に利用されてきたの。


 平安時代には呪殺に使われたり、百鬼夜行をけしかけて一族ごと滅ぼそうとすることもあった。


 戦国時代には暗殺や破壊活動に使役された。


 でね、貴族や大名から、そういう依頼を専門に請け負うひとたちがいたの。


 そういうひとたちのつながりから生まれたのが≪鬼道衆≫。


 もちろん古くからわたしたちの≪討魔衆≫と激しく対立してきた。


 それはいまでも続いてる」



「昭和以降は形態がすこし様変わりしていてな」


 と、扇谷が補足する。


「新興宗教と結託するようになったんだ。


 つまり、ありがちな新興宗教のトラブルの解決を請け負って、報酬を得るわけだな。


 近頃は、教祖の素質がありそうな狂人を見つけだしては≪魔物≫を憑依させて、邪教をたちあげる、ということもやっている。


 教祖は≪魔物≫の力を借りて精神が弱っていたりもともと歪みのひどかったりする人間を洗脳して、カネを集めさせる。


 ときには人身御供……ようするに文字通りの生贄だな、それを捧げることもある。


 端的に言って、かなりタチの悪い連中だよ」



「生贄なんて捧げてなんの意味があるんだ」


 と、遼。



「未開の野蛮人の発想だが――」


 と、扇谷は言った。


「呪術的には、たしかに大きな効果があるんだ。


 生贄に捧げられる人間や、それを見守る人間から発せられる大きな負のエネルギーが、呪術の威力に転化されるんだよ」



「悪趣味極まりないな」


 と、花が顔をしかめる。



「ンな連中は、片っ端から『お祓い』してやらないと」


 と、蔵人。



「ところがそうもいかないの」


 と、ありさは言った。


「この国では宗教活動はとくに保護されているし、おおきな新興宗教は政治家とつながったりもしている。


 そういう宗教団体があつまって、≪新世紀霊性普及協会≫っていう合法の組織を作り、悪事の後始末を政治家にやらせたりしているわけ」



 扇谷はうしろむきに椅子にすわって背にもたれ、



「もちろん政治家にもいろいろいて、≪新世紀霊性普及協会≫や≪鬼道衆≫を利用しようとするろくでもない連中もいれば、我々の≪神明幽賛会≫に協力してくれるまともな政治家もいる。


 かれらは与党内で権力闘争を繰り広げている。


 我々としては、味方をしてくれる政治家たちの足を引っ張るわけにはいかない。


 かれらは、≪討魔衆≫と≪鬼道衆≫の全面戦争が起こることを望んでいないんだ。


 起これば大きな混乱が生じるからな。


 それで≪討魔衆≫と≪鬼道衆≫は、微妙な緊張関係を保ちつつ、日本の各地で小さな衝突を繰り返している」



「この学校の騒ぎも、その『小さな衝突』のひとつ、という訳か」


 と、蔵人。



「それにしては規模がデカすぎる気がするけどな」


 と、花は言った。


「うちの学校だけでも死者が33人。


 山のむこうの青少年育成センターでは24人だっけ。


 大事件だぞ」



「権力者どもの顔色を窺っている場合じゃないだろ」


 と、遼は強い口調で言った。


「これが≪鬼道衆≫の仕業だとすれば……仕掛けてきている連中を特定して叩き潰さないかぎり、毎晩のように死人が出るぞ」



「気持ちはわかるよ」


 と、ありさは顔色をくもらせて言った。


「でもね、≪討魔衆≫は一千年もの歴史がある組織なの。


 ときの権力に逆らうとどうなるか、身をもって知っている。


 わたしたちは≪魔≫と戦うことができるし、いろいろな方面に人脈があるけど、具体的な権力や軍事力を持っている訳じゃない。


 だからときの権力と敵対してしまえば、最終的には、潰されるしかないの」



「じゃあどうすれば……!」



「そのへんのことは大人たちが判断するだろう」


 と、扇谷は言った。


「むろん、≪神明幽賛会≫の上層部だって手をこまねいている訳じゃない。


 与党に働きかけをしているだろうし、被害にみあうだけの報復に踏み切る覚悟も固めているだろう」



「おお……イタリアン・マフィアの世界……」


 と、花がうめくように言った。



「大人って、クロサキさんとかか」


 と、蔵人。



 扇谷はうなづいて、



「それに理事長の松田さん、≪神明幽賛会≫と≪討魔衆≫の上層部だな」



 遼は舌打ちをした。


 なぜ≪魔≫と結託したり、これを利用したりするような連中が、政府のなかで権力を持ち、自分たちの頭をおさえつけることができるのか、理解できなかった。


 連中のどこに正義があるというのだろう。


 政治家というのは、薄汚れた人間しかなりたがらないものなのかもしれない。



「大人の世界はわからないことだらけだ……」


 と、遼は呟いた。



「正直なところ、俺も大人たちの思惑は読み切れん」


 と、扇谷は言った。


「おそらく、アヤメさんや寿さんもだ。


 我々としては、いま、できることをやる他にないだろう。


 ……ところで遼、これから学校と寮の警備に関することで、来客と会わなければならないんだが、よかったら君も一緒に来ないか。


 どのみち昼までおとなしく自習をするタイプでもあるまい」



「客って?」



「青山エレクトロニクスの研究者だ」



「大企業だよな。家電メーカーだっけ」


 と、蔵人。



「それは一昔前のイメージだな」


 と、花が言った。


「最近じゃ半導体とか産業用ロボット、エンターテイメント関連のほうが有名かも。


 財閥系で、原子力や軍需関係もやってた気がする」



 遼はこの学校に進学して、広告とはほぼ無縁の生活を送っていたが、実家にいた頃は青山エレクトロニクスの広告はおなじみだった。


 テレビのCMはもちろん、電車のなかでも、駅前でも、インディゴの三角形を重ねた会社のロゴはよく見かけた。



「大企業のひとが高校にくるなんて。


 就職の話?」


 と、遼は言った。



「いま『学校と寮の警備に関することで』と言ったばかりだが?」


 と、扇谷はうなるように言った。



「防犯カメラや赤外線センサーでも取り付けるのか」


 と、蔵人。



「そういう話なら俺ではなく寮や学校の職員が会うだろう。


 それに来るのは工場の人でも施工会社の人でもなく本社の研究者だ」



 ありさがくすくす笑っている。



「実を言えばな」


 扇谷は話が遅々として進まないことへの苛立ちを落ち着かせるように目を閉じる。


「与党の大派閥がさっき言った新世紀霊性普及協会の選挙支援を受けているんだ。


 当然、支援してもらえば見返りを与えなければならない。


 つまりこの国の権力の中枢は、≪魔≫と結託する勢力に侵されつつある。


 このことに危機感を持っている大企業は少なくないんだよ。


 とくに政府と近い関係にある青山エレクトロニクスは、その思いが強いようでな。


 以前から≪討魔衆≫に有形・無形の便宜を計ってくれている」



「そっか、原子力も軍需も国策関連だもんな」


 と、花。


「お上が腐るのは困るわ」



「けれども、畑が違い過ぎるだろ」


 と、蔵人は言った。


「大企業の技術がいくらすごくたって、≪魔物≫との戦いには役に立たねえんじゃねえの。


 だって、≪能力≫に目覚めてない人間がいくら≪魔物≫を攻撃しても意味ないんだろ。


 戦う力と科学技術は無関係ってことにならないか」



「しかし仮に、だぞ」


 と、扇谷は言った。


「≪魔物≫関連の技術が軍事に転用できるとしたら、どうだ。


 敵国に統制された≪魔物≫の集団を送り込んで蹂躙するような技術があったら、政府や防衛省としては、喉から手が出るほど欲しいと思うだろうな」



「そんなことが可能なのか」


 と、遼。



「研究している組織はすでにある。


 それも、政府が100%出資している研究所だよ」



「マジか……」


 と、花。


「もしかして、この国のえらい人たちって、≪魔物≫が危ない生きモンだということを全然分かってないとか?」



「いや、百も承知だ」


 と、扇谷は吐き捨てるように言った。



「だとしたら、狂ってるな」


 と、遼。



「そんな技術が政府の研究機関によって開発され、与党の大派閥を経由して新世紀霊性普及協会に流れたらどうなる。


 俺たちは、その新技術を駆使する≪鬼道衆≫と戦わなければならなくなる。


 われわれと連中の力関係は激変するだろうな。


 もちろん悪いほうに、だ。


 それは容認できない、というのが青山エレクトロニクスの考えだ。


 結局のところ、彼らが困ることになるからな」



 扇谷は、見てほしいものがある、と言って、自分の席にもどってリュックを取ってきた。


 なかから、ビニール袋にくるまったものを取りだして、それを机のうえに置く。



 道教のお札のようなものに、小さな基板が取り付けてある。



「なに、これ」


 と、遼。



「簡単に説明すると、いわゆる『のろいのお札』だよ。


≪鬼道衆≫が好んで使うタイプだな。


 敷地内の、風水上の急所に仕掛けられていた。


 一時間目から二時間目まで授業を抜け出して、見つけてきたんだ。


 具体的には、いまは使われていない焼却炉の灰の下にあった。


 昨夜、≪魔物≫どもが狙いすましたようにこの学校に集まってきたのは」


 扇谷はビニール袋をピンと指で弾き、


「こいつのせいかもしれん」



 そうして遼を見やり、



「なにか仕掛けがありそうだという見当はついていた。


 君には朝からこいつを探すのを手伝わせたかったのだがな。


 二度寝の誘惑に屈したおのれの悪運に感謝するがいい」



「そうするよ」


 と、遼。



「なに、この基盤みたいなの」


 と、ありさ。



「俺にもよくわからん」


 と、扇谷はあごに手をやる。


「恐らく、御札の効果を拡張するようなものなのだろうがな。


 さもなければ、くっつけて一緒に埋めたりはすまい。


 果たしてそんなことが可能なのか、見当もつかんが」



「それについて、青山エレクトロニクスの技術者に、意見を聞こうということだな!」


 と、花は言った。



「君はなかなか察しがいい」


 と、扇谷は満足げに言った。


「スマホで画像を撮って青山の研究所に送って意見を求めたら、すぐにひとを寄越す、と言ってくれた。


 正直なところ、嫌な予感がしている。


 自社ヘリを飛ばして昼前には到着させる、という話だったが、要はそれだけ緊急性があるということだろうからな」



「へー、この辺にヘリポートあるんだ」


 と、花。


「たしか、それ以外の場所には勝手に着陸できないんだよな」



「駅のむこうに農協の倉庫があって、その敷地にあるの」


 と、ありさは言った。


「うちの関係者もたまにそこを貸してもらうみたい」



 蔵人がなにかに気づいたように、窓のほうを見た。


 そう遠くないところから重低音が響いてくる。


 徐々に大きくなるにつれ、窓が振動を始めた。


「噂をすればなんとやら、か……」



「どこで会うことになっているんだ?」


 と、遼。



「学校の応接室だ。校長室の隣にある」


 と、扇谷は言った。



「いこう」


 遼は立ち上がった。


 長い話になって恐縮です。

 二回に分けたかったけど、分けるのに適当な箇所がなかったので、そのまま投稿することにしました。

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