表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狂った博愛主義者を生んだある悲劇についての記録  作者: 栗山大膳
第一章 狂った博愛主義者を生んだある悲劇についての記録
6/75

3.

 ともあれ、遼は、いろいろな疑問をつき詰めて考えるのはやめることにしていた。


 考え出せばきりがない。


 結局、考えてもどうしようもないことに突き当たってしまう。



 たとえば、怪奇現象。



 心霊体験。



 霊感のつよい人は幼少からそうだったという話をよく聞くが、遼はかならずしもそうではなかった。


 小学校を卒業するまでのことに限れば、どんなに記憶の櫃をかきまわしても、そういう体験は出てこない。



 中学の頃にいちど、殴り合いの喧嘩をしたことがある。


 いま思えばつまらない理由によるもので、相手ともとうに仲直りが済んでいるが、それでも小学校の頃の喧嘩とは違い、お互いに身体も出来上がってきているので、口のなかを切ったりあちこちに痣をつくったりする、なかなか壮絶なものになった。



 勝ったのか負けたのかはよく憶えてないが、意地は通した。


 けれども初めての喧嘩に恐怖は感じたし、アドレナリンが噴出しすぎて訳が分からなくもなった。


 その動揺が心に深くこびりついて、夜になっても中々眠れなかった。



 明け方ちかくになってようやく眠りに落ちると、すぐに鮮明な夢を見た。



 身体じゅうに入れ墨を施した黒髪のたくましい男たちと、馬に乗って草原を疾走する夢だ。


 空は高く、大地はどこまでも続いていて、手綱をとる大きな黒毛の馬は興奮しながらもとても気持ちよさそうだった。



 やがて、遠方に土煙が見えてくる。


 遼は仲間たちに大声でなにかを呼びかけた。


 すると、男たちは口々にすさまじい雄たけびをあげた。



 黄色くたなびく土煙のしたから、大きな三角形の旗が見えてきた。


 縁取っている金の刺繍がうつくしい。


 赤い飾りのついた兜をかぶり、鱗を編んだような鎧を身につけた騎馬の男たちが、槍や矛、剣をふりあげて、こちらに殺到してくる。



 すぐに敵と味方は戦闘状態に入った。


 むろん遼も剣を抜いて死にもの狂いで槍をはらい、敵の甲冑に叩きつける。


 するどく突きをくりだし、首筋を裂く。


 血が噴きあがり、太陽のひかりのしたで赤く輝いた。



 敵は馬から落ち、草のうえですこし転げてから、動かなくなった。



 いま、俺はたしかに人を殺した……。



 恐怖と興奮が胸のうちでせめぎあっている。



 けれども、悪くはない。



 自分が、満月にむかって吼える狼にでもなったような気がした。



 俊敏な肉食獣が、獲物を狩るのは、よいことでもわるいことでもない。


 自然はそのように肉食獣を造った。


 そのようにして生きろと命じたのだ。



 おなじように、この殺し合いも、よいことでもわるいことでもない。


 ――そう遼は思った。



 ただ、勝ちたいという執念と、素朴な恐怖がある。



 それも、すすんで我を忘れて、それらの衝動に身を委ねようとしている。



 はっきり言えば、心地よかった。



 目が覚めると、下着が寝汗でじっとりと濡れていた。


 カーテンのむこうが仄明るい。


 遼は朝があまり得意なほうではなかったけれど、このときは薄闇に埋もれた部屋のあれこれのものを、ただちにくっきりと見わけることができた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ