3.
ともあれ、遼は、いろいろな疑問をつき詰めて考えるのはやめることにしていた。
考え出せばきりがない。
結局、考えてもどうしようもないことに突き当たってしまう。
たとえば、怪奇現象。
心霊体験。
霊感のつよい人は幼少からそうだったという話をよく聞くが、遼はかならずしもそうではなかった。
小学校を卒業するまでのことに限れば、どんなに記憶の櫃をかきまわしても、そういう体験は出てこない。
中学の頃にいちど、殴り合いの喧嘩をしたことがある。
いま思えばつまらない理由によるもので、相手ともとうに仲直りが済んでいるが、それでも小学校の頃の喧嘩とは違い、お互いに身体も出来上がってきているので、口のなかを切ったりあちこちに痣をつくったりする、なかなか壮絶なものになった。
勝ったのか負けたのかはよく憶えてないが、意地は通した。
けれども初めての喧嘩に恐怖は感じたし、アドレナリンが噴出しすぎて訳が分からなくもなった。
その動揺が心に深くこびりついて、夜になっても中々眠れなかった。
明け方ちかくになってようやく眠りに落ちると、すぐに鮮明な夢を見た。
身体じゅうに入れ墨を施した黒髪のたくましい男たちと、馬に乗って草原を疾走する夢だ。
空は高く、大地はどこまでも続いていて、手綱をとる大きな黒毛の馬は興奮しながらもとても気持ちよさそうだった。
やがて、遠方に土煙が見えてくる。
遼は仲間たちに大声でなにかを呼びかけた。
すると、男たちは口々にすさまじい雄たけびをあげた。
黄色くたなびく土煙のしたから、大きな三角形の旗が見えてきた。
縁取っている金の刺繍がうつくしい。
赤い飾りのついた兜をかぶり、鱗を編んだような鎧を身につけた騎馬の男たちが、槍や矛、剣をふりあげて、こちらに殺到してくる。
すぐに敵と味方は戦闘状態に入った。
むろん遼も剣を抜いて死にもの狂いで槍をはらい、敵の甲冑に叩きつける。
するどく突きをくりだし、首筋を裂く。
血が噴きあがり、太陽のひかりのしたで赤く輝いた。
敵は馬から落ち、草のうえですこし転げてから、動かなくなった。
いま、俺はたしかに人を殺した……。
恐怖と興奮が胸のうちでせめぎあっている。
けれども、悪くはない。
自分が、満月にむかって吼える狼にでもなったような気がした。
俊敏な肉食獣が、獲物を狩るのは、よいことでもわるいことでもない。
自然はそのように肉食獣を造った。
そのようにして生きろと命じたのだ。
おなじように、この殺し合いも、よいことでもわるいことでもない。
――そう遼は思った。
ただ、勝ちたいという執念と、素朴な恐怖がある。
それも、すすんで我を忘れて、それらの衝動に身を委ねようとしている。
はっきり言えば、心地よかった。
目が覚めると、下着が寝汗でじっとりと濡れていた。
カーテンのむこうが仄明るい。
遼は朝があまり得意なほうではなかったけれど、このときは薄闇に埋もれた部屋のあれこれのものを、ただちにくっきりと見わけることができた。